門上武司の旅vol.14:木が香る設え、水素調理の割烹料理、露天風呂。箱根の旅館『円かの杜』
contents
“木の気”に満ちた強羅の宿
箱根を訪ねるたびに感じるのは、東京からの絶妙な距離である。
新幹線なら小田原で下車。そこからレンタカーを借りて1時間ほど走れば、外資系のホテルや歴史ある宿、小体な旅館などが程よく点在する強羅の温泉地に着く。周辺には仙石原『ポーラ美術館』や彫刻の森『箱根 彫刻の森美術館』、小涌谷『岡田美術館』(ここは和・中・韓の美術・工芸品が揃う僕のお気に入り)など惹かれる美術館が多く、知的好奇心をも充たしてくれる。
豊かな旅情がありながら、遠すぎない。この位置関係を関西に求めるならどこだろうと考えるのだが、なかなか思い浮かばない。温泉なら有馬だが、少しイメージが違う。そんな箱根・強羅の『円かの杜』。
ゆったりと水車が回るアプローチを抜けて館内に入った途端、木材使いの豪華さに圧倒される。質の良い木材が内装に、調度にふんだんに使われ、しかもそれらには、飛騨の職人が丹念に凝らした意匠が施されている。木の発する気が身体を包み込んでくれる、そんな感覚に満たされる空間である。
この“木の気”は、客室に入っても変わらずに漂っている。それをたっぷりと吸い込みながら、荷解きもそこそこに部屋付きの露天風呂につかり、しばし日常を忘れる。風呂は半分が屋内にあり、そこから露天へと繋がる凝った造り。これまた、非日常の旅情を盛り上げてくれる。
「水素調理」グリルが夕餉の名物
夕食である。
食事は宿泊プランによって、部屋出し、個室の食事処、館内の『立場割烹 むげん』を利用できる。今回、僕は個室で吉川幸司料理長の手になるコース(1泊2食付き・1名43000円~)に舌鼓を打った。
カマスの若狭焼きに続いて、ハモと松茸の土瓶蒸しの香りとコクに舌鼓を打ち、メインのと言える近江牛サーロインのステーキへ。滋賀・南草津の精肉店『サカエヤ』が手当てをした熟成肉だ。外側はサクッとした食感を醸し、内側はしっとり、噛むほどに品よく湧く肉汁で、肉の味わいがどんどん深まってゆく。
このステーキの精緻な火入れを可能にしているのが、「水素調理機」だ。ボンベから引いた水素ガスを高温で燃焼させるコンロで、例えば魚なら皮目はパリッと、中はジューシーに火が入る。いま注目を集める新たな調理器具だ。
『円かの杜』ではこの水素調理機をいち早く導入。総料理長の柴尾良太さんは、どのような食材が向いているのか、温度帯をどう調整すれば火入れがうまくいくかなど研鑽を重ねてきた。水素調理は、いまや『円かの杜』を象徴するキーワードにさえなっている。
もし予算に余裕があれば、館内『立場割烹 むげん』での、1日6名限定の食事プラン(1泊2食付き・1名78000円~)を試してほしい。水素調理によるグリル料理をより深く堪能できるはずだ。
ちなみに、僕が泊まった日に『むげん』での食事プランで供された水素調理によるグリル料理は、近江牛サーロインに加え、徳島県の村 公一さんという著名な漁師から送られてきた、通称“村スズキ”であった。特別に食べさせてもらうと、皮目の心地よい歯応えに続き、ふっくら焼かれた身の豊潤な味わいに、気持ちがウキウキした。
温泉、お粥、幸せな旅館の朝
朝、目を覚ますと、身体がリラックスしているのが分かる。冷たい水を飲み、部屋の露天風呂に身体を沈めると、この新しい日に向き合うためのスイッチが入るようだ。
朝ごはんも個室の食事処で。白ごはんか粥かを選べたので、なんとなくお粥にした。この空気の中で、より身体に優しいものを無意識に求めたのかもしれない。湯豆腐あり、焼き魚あり、味噌汁、サラダ、だし巻きなど、日本の朝食の王道を味わう。僕のふだんの朝ごはんはほぼパン。このような朝食は貴重である。
たかだか一泊二日。ではあるが、「旅館」という日本独自のスタイルが、世界の超高級リゾートや、昨今人気を集めるオーベルジュなどと同列には優劣を語れない、ある意味で孤高の存在であると、僕はそんなことを考え、この強羅の宿で過ごす時間の贅沢さを噛み締めたのだ。
data
- 店名
- 円かの杜
- 住所
- 神奈川県足柄下郡箱根町強羅 1320-862
- 電話番号
- 0460-82-4100
- 営業時間
- チェックイン15:00~18:00、チェックアウト~11:00
- 料金
- 1泊2食付き・1名43000円~。
- 交通
- 伊豆箱根バス「上強羅入口」から徒歩6分
- 席数
- 20室

writer

門上 武司
kadokamitakeshi
関西の食雑誌「あまから手帖」編集顧問。年間外食350日という生活を30年以上続けるも、いまだ胃袋健在…。ゆえに食の知識の深さはいわずもがな。
食に携わる生産者・流通・料理人・サービス・消費者をつなぎ、発信すべく、日々奔走している。
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