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門上武司の旅vol.15:小田原の老舗ロースター『スズアコーヒー』が立ち上げたコーヒースタンド

年間1000軒以上外食する、関西を代表するグルマン・門上武司。その食欲は、御年70歳を過ぎてなお旺盛だ。「アレが食べたい」と頭をよぎれば、もう居ても立ってもいられない。日本全国どこへでも、トランクひとつで東奔西走。拠点の関西を飛び出して、各地の美食を訪ねる旅企画「皿までひとっとび」の第15回は、神奈川・小田原『スズアコーヒー店』へ。

卸売中心の店にできたスタンド

以前、箱根・強羅の宿から小田原に向かう途中で、コーヒー豆を買った記憶がよみがえってきた。店の名は『スズアコーヒー』という。卸売をメインにコーヒー豆を商う三代目店主・鈴木雄介さんとあれこれ話し、豆を購入。あとでその感想を鈴木さんに送ったりもしたのだった。
そんな回想がもたらされたのは、強羅『円かの杜』に宿泊した折。「『スズアコーヒー』がコーヒースタンドを開いたんです。中でコーヒーが飲めるそうですよ」と、宿の主人・松坂雄一さんが情報をくれたのだ。さっそく店に連絡してみると、聞いたとおり、店舗裏に小さなスタンドがオープンしているとのこと。うれしくなって、一路小田原へ向かう。

神奈川・小田原、自家焙煎卸売『スズアコーヒー』外観
国道1号線に面したコーヒー色のタイル張りビルが、自家焙煎卸売『スズアコーヒー』の店舗。
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店の入口に立ってみると、あたりの景色は数年前と変わっていない。「こんにちは」と声をかけると、スタッフの女性が裏のスタンドに案内してくれた。そこには、懐かしい鈴木さんの笑顔が待ち受けていた。

神奈川・小田原『スズアコーヒー店』外観
裏のスタンド『スズアコーヒー店』は2023年にオープン。椅子や大きなコーヒー豆缶の卓もあるが、もちろん長居のための店ではない。
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「理想の一杯を作りますよ」

「昨年、このスタンドを作ったんです」と鈴木さん。「ドリップコーヒーは、ご家庭でもある程度はプロの技を再現可能ですが、エスプレッソの抽出はなかなか難しいでしょう」と思うところを付け加える。
まずはおいしいエスプレッソを。そのために、グラインドのスピード、挽き目の細かさなどを微細に調整できるミルを購入し、エスプレッソマシンも細かなパラメータをコントロールできる機種を導入したという。

神奈川・小田原『スズアコーヒー店』エスプレッソマシン
エスプレッソマシンは、イタリアの老舗メーカー『ビクトリア・アーデュイノ』社の最新機種を使う。
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話題につられ、レストランで締めに供されるエスプレッソがおおむね頼りない現状を僕が嘆くと、「それを解決するのが僕の仕事です。門上さんの理想の一杯を作りますよ」と。頼もしいことを言ってくれるではないか。
鈴木さんが淹れてくれたエスプレッソ。たっぷりのクレマ(泡)をたたえ、砂糖を入れても保ちがいい。軽く混ぜて飲むと、唇や舌にふれるクレマのふんわり感と、濃厚で心地よい甘みや酸味。続いてそこに、優しい苦味がかぶさってくる。「まさにこれです」と、思わず声を発したほどだ。

神奈川・小田原『スズアコーヒー店』ダブルのエスプレッソ
クレマの厚みがよく分かる。エスプレッソはシングル350円、ダブル450円(写真はダブル)。
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僕は確かにこの味わいを求めていたのだと、飲んだことがないのに“思い出す”味わい。しかしそれは、鈴木さんがエスプレッソのために投じているコストや労力を思えば、自宅での再現は不可能に近いと感じた。逆に言えば、このエスプレッソを飲むためにわざわざ小田原を訪ねる値打ちがある、ということになる。

コーヒーと新たなファンをつなぐ接点に

ペーパーフィルターと銅製のドリッパーで淹れる、ドリップコーヒーもいただいた。

神奈川・小田原『スズアコーヒー店』抽出中
ドリップコーヒーは、5分以上掛けてじっくりと抽出する。
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豆は深煎りのコロンビア18g。コロンビアの精製はウオッシュドが多いが、ここはナチュラルと珍しい。使用する湯量は210ml。湯の温度は92℃。抽出法は、蒸らし1分、その後2~3回に分けてお湯をじっくり注いでいく。豆が持つ優しい酸味を感じるが、その奥からじんわり甘みが湧いてくる。心地のいい一杯である。

神奈川・小田原『スズアコーヒー店』コロンビア
コロンビア等、ストレートは500円。日替りコーヒーは350円。
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「これまでは業務用の卸売がほとんどでしたが、今後はより多くの人にコーヒーを楽しんでもらえるよう、このスタンドをどんどん活用していきます」と鈴木さん。その後も、旧店舗にある焙煎機の説明など聞きながら有益な時間を楽しみ、数種類の豆を買って店をあとにした。

神奈川・小田原『スズアコーヒー店』焙煎気
店の創業時から、焙煎機は日本最古のメーカー『富士珈琲機械製作所』製。メンテナンスしながら使っている写真の焙煎機はなんと1975年製。
神奈川・小田原『スズアコーヒー店』各種コーヒー豆
各種コーヒー豆は店頭で買えるほか、ホームページ内のオンラインショップでも。
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新たにできたスタンドは、僕と鈴木さんとの旧交を温め、また、僕が求めるエスプレッソ像についての深い示唆を与えてくれた。あのスタンドが近所にあれば週に数回は立ち寄るのにと惜しむうち、『スズアコーヒー』は背後に遠ざかっていく。

神奈川・小田原『スズアコーヒー店』店主
大正生まれの祖父が創業し、父が継いだ店を盛り立てる三代目・鈴木さん。
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各地の美食を訪ねる門上武司の旅企画「皿までひとっとび」

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