門上武司の旅vol.15:小田原の老舗ロースター『スズアコーヒー』が立ち上げたコーヒースタンド
卸売中心の店にできたスタンド
以前、箱根・強羅の宿から小田原に向かう途中で、コーヒー豆を買った記憶がよみがえってきた。店の名は『スズアコーヒー』という。卸売をメインにコーヒー豆を商う三代目店主・鈴木雄介さんとあれこれ話し、豆を購入。あとでその感想を鈴木さんに送ったりもしたのだった。
そんな回想がもたらされたのは、強羅『円かの杜』に宿泊した折。「『スズアコーヒー』がコーヒースタンドを開いたんです。中でコーヒーが飲めるそうですよ」と、宿の主人・松坂雄一さんが情報をくれたのだ。さっそく店に連絡してみると、聞いたとおり、店舗裏に小さなスタンドがオープンしているとのこと。うれしくなって、一路小田原へ向かう。
店の入口に立ってみると、あたりの景色は数年前と変わっていない。「こんにちは」と声をかけると、スタッフの女性が裏のスタンドに案内してくれた。そこには、懐かしい鈴木さんの笑顔が待ち受けていた。
「理想の一杯を作りますよ」
「昨年、このスタンドを作ったんです」と鈴木さん。「ドリップコーヒーは、ご家庭でもある程度はプロの技を再現可能ですが、エスプレッソの抽出はなかなか難しいでしょう」と思うところを付け加える。
まずはおいしいエスプレッソを。そのために、グラインドのスピード、挽き目の細かさなどを微細に調整できるミルを購入し、エスプレッソマシンも細かなパラメータをコントロールできる機種を導入したという。
話題につられ、レストランで締めに供されるエスプレッソがおおむね頼りない現状を僕が嘆くと、「それを解決するのが僕の仕事です。門上さんの理想の一杯を作りますよ」と。頼もしいことを言ってくれるではないか。
鈴木さんが淹れてくれたエスプレッソ。たっぷりのクレマ(泡)をたたえ、砂糖を入れても保ちがいい。軽く混ぜて飲むと、唇や舌にふれるクレマのふんわり感と、濃厚で心地よい甘みや酸味。続いてそこに、優しい苦味がかぶさってくる。「まさにこれです」と、思わず声を発したほどだ。
僕は確かにこの味わいを求めていたのだと、飲んだことがないのに“思い出す”味わい。しかしそれは、鈴木さんがエスプレッソのために投じているコストや労力を思えば、自宅での再現は不可能に近いと感じた。逆に言えば、このエスプレッソを飲むためにわざわざ小田原を訪ねる値打ちがある、ということになる。
コーヒーと新たなファンをつなぐ接点に
ペーパーフィルターと銅製のドリッパーで淹れる、ドリップコーヒーもいただいた。
豆は深煎りのコロンビア18g。コロンビアの精製はウオッシュドが多いが、ここはナチュラルと珍しい。使用する湯量は210ml。湯の温度は92℃。抽出法は、蒸らし1分、その後2~3回に分けてお湯をじっくり注いでいく。豆が持つ優しい酸味を感じるが、その奥からじんわり甘みが湧いてくる。心地のいい一杯である。
「これまでは業務用の卸売がほとんどでしたが、今後はより多くの人にコーヒーを楽しんでもらえるよう、このスタンドをどんどん活用していきます」と鈴木さん。その後も、旧店舗にある焙煎機の説明など聞きながら有益な時間を楽しみ、数種類の豆を買って店をあとにした。
新たにできたスタンドは、僕と鈴木さんとの旧交を温め、また、僕が求めるエスプレッソ像についての深い示唆を与えてくれた。あのスタンドが近所にあれば週に数回は立ち寄るのにと惜しむうち、『スズアコーヒー』は背後に遠ざかっていく。
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- 店名
- スズアコーヒー店
- 住所
- 神奈川県小田原市本町2丁目9−22
- 電話番号
- 0465-22-4561
- 営業時間
- 9:30~17:00
- 定休日
- 土・日曜、祝日
- 交通
- 各線小田原駅から徒歩15分
- メニュー
- 日替りコーヒー350円、ストレートコーヒー500円、エスプレッソ350円(シングル)~。
- https://www.instagram.com/suzuacoffee/

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