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門上武司の旅vol.18:オープン2年余で長足の進歩。見事な衣の天ぷら店、静岡『なかむら』

年間1000軒以上外食する、関西を代表するグルマン・門上武司。その食欲は、御年70歳を過ぎてなお旺盛だ。「アレが食べたい」と頭をよぎれば、もう居ても立ってもいられない。日本全国どこへでも、トランクひとつで東奔西走。拠点の関西を飛び出して、各地の美食を訪ねる旅企画「皿までひとっとび」の第18回は、静岡・焼津『なかむら』へ。

1年で激変の衣

1品目の黒ムツを口に入れた瞬間、思わず大きく笑い出しそうになるのを懸命にこらえたのであった。この『なかむら』で僕は、1年ほど前に天ぷらを食べていた。その時とは全く異なる食感に、意表を突かれたのだ。

静岡・焼津『なかむら』黒ムツ
料理は昼のおまかせコース18700円(天ぷらのみで15品ほど)から。1年前から衣が大きく進化していた黒ムツ。
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変わったのは、衣の様子だ。網目を思わせるような、立体感のあるテクスチャーが美しい。
「日々食材と向き合う中で、その食材に適した衣を微調整しながら作っています」。言葉通り、その衣と油の温度を借りて、黒ムツは大きく伸びをしたように身を膨らませ、歯を入れれば、はかなく消え去る衣とともに、身もふんわりと溶けてゆく。

静岡・焼津『なかむら』店主・中村友紀さん
店主の中村友紀さん。カウンター7席のみの店内に目を配りつつ、多彩な仕事で天ぷらを楽しませてくれる。
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「前とまるで違うね」と中村さんに感想を伝えると、「2023年5月にオープンして、1年経った頃から少しずつ流れがつかめてきたように思います」と控えめな口調で話してくれた。

静岡・焼津『なかむら』外観
訪れたのは12月初旬。まだ紅葉が美しい頃だった。
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JR焼津駅から歩いて10分弱、住宅街にある一軒家の天ぷら屋である。中村さんは、天ぷらの概念を変えたと評される新静岡の名店『てんぷら 成生(なるせ)』で7年余り修業を重ねたのちに独立したのだが、『成生』の前の1年間は焼津の鮮魚店『サスエ前田魚店』店主・前田尚毅さんのもとで魚を学んだ人だ。

前田さんは、『成生』店主の志村剛生さんと二人三脚で静岡の魚料理を牽引してきたといえる存在。『成生』で勉強したかった中村さんは、志村さんと前田さんが懇意であることを知り、まずは前田さんの魚屋へ修業に入った、という経緯だ。その真意を聞いたうえで快く引き受けた前田さんの度量と、彼が中村さんにかけた期待の大きさが偲ばれる。

静岡・焼津『なかむら』仕入れた魚介
前田さんから仕入れる魚介は、すでに魚種ごとに最良の仕事を施されてある。そこへ中村さんが料理人としての仕事を加え、この店の天ぷらが生まれる。
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「まず自分でやってみる」姿勢が生む新しさ

さて2品目。アオリイカが出た。

静岡・焼津『なかむら』アオリイカ
清らかな黄白色に揚がったアオリイカ。
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細く切ったイカを寄せて揚げてあるから、歯を入れた瞬間は生のねっとりとした歯触りではなく、噛んで解(ほど)けてゆくなかで、じんわりと甘みが押し寄せてくる按配。この触感と甘みの立ち上がりは、従来のイカの天ぷらでは味わったことがないものだ。

静岡・焼津『なかむら』タチウオ
ひとえに結んで揚げた細身のタチウオ。
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続くタチウオも秀逸。一般的には高値がつかない小さなタチウオを、前田さんは“手当て”をして店に納める。中村さんはそれを結んで揚げる。結んだ不規則な形状から、火の入り方が不均一になり、それが、小さなタチウオのひと口の中に小さな食感の差を生むのだ。この発想力と技術レベルの高さには舌を巻いた。

「親方に聞けば簡単に分かることでも、自分でチャレンジして失敗してこそ、本当に分かったと言えると思うんです。だから、まずは自分でやってみます」。食べるうちに僕は、中村さんが開店当初に話してくれた言葉を思い出していた。オープンして2年半ほどでこの成長ぶりは、見事としか言いようがない。

名伯楽二人の期待を背に

金目鯛には、山椒と八角のソースがかかっていた。スパイシーな刺激が金目鯛の旨みをグッと引き出していた。

静岡・焼津『なかむら』金目鯛
ウロコの食感と香ばしさも援用する金目鯛。
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静岡・焼津『なかむら』アジ
たたいて磯辺揚げにしたアジ。
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こうした変化球も、天ぷらの基本がきちっと守れているからこそ可能な仕事だ、と感心していると、最後に出た小アジがまた凄かった。ごく薄い衣のカリッとした歯ざわりのあと、対照的にふわっとした身がほぐれてゆく。その対比的な衣と身に共通する繊細さに、僕は唸ってしまった。

静岡・焼津『なかむら』ヤングコーン
ヤングコーンは、カウンター寿司店の手巻き寿司のように手渡しで。
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静岡・焼津『なかむら』天丼
コースの締めには、その日揚った魚と野菜を使うかき揚げの天丼。この日はタチウオ、イカ、カサゴに、蓮根、ゴボウなどの根菜を。
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「満足せず、甘えることなく、まだまだ次があると思って毎日仕事を続けるだけです」と語る中村さん。その言葉は一品一品に込められて舌から伝わる。この感動と驚きを、彼の最初の師に伝えたくなり、食べ終わるとすみやかに『なかむら』を後にして、僕は『サスエ前田魚店』に向かったのである。

静岡・焼津『なかむら』外観
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各地の美食を訪ねる
門上武司の旅企画「皿までひとっとび」

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writer

門上 武司

kadokamitakeshi

関西の食雑誌「あまから手帖」編集顧問。年間外食350日という生活を30年以上続けるも、いまだ胃袋健在…。ゆえに食の知識の深さはいわずもがな。
食に携わる生産者・流通・料理人・サービス・消費者をつなぎ、発信すべく、日々奔走している。