中江有里さん【前編】映画『道草キッチン』見知らぬ土地で人生を見つめ直す

今回のゲストは、大林宣彦監督作品『風の歌が聴きたい』(1998年)以来26年ぶりに映画の主演を務めた女優・中江有里さんです。出演したのは、白羽弥仁監督が手掛けた最新作『道草キッチン』。物語の舞台となった徳島の先行上映を皮切りに順次全国公開中です。関西での上映に先立ち、作品について、食について、深掘りする機会に恵まれました。

物語の主人公は、都内で喫茶店を営んでいた50歳独身の桂木 立(りつ)。中江さん曰く、“立さん”は自身に「よく似ている」とのこと。インタビューは、ふたりの共通点を伺うところからスタート。話が進んでいくうちに、大阪出身らしいエピソードも続々飛び出しました。

これは私のアナザーストーリーだ

映画『道草キッチン』シーン1
家族や親戚がいない桂木立(中江有里)は、喫茶店を営みながら細々とでも余生をひとりで生きていこうと決めていた。そんな矢先、再開発の影響で立ち退きを余儀なくされ、店を畳むことになる。健康上の問題も重なって将来への不安を抱えるなか、突然、徳島県吉野川市から相続に関する通知が届く。
思い切って訪れた徳島の地で、会ったこともない伯父の妻がベトナム人だったことを知った立。日本で懸命に生きるベトナム人たちや様々な事情を抱えた地元の人々との出会い、ベトナム料理に向き合う時間を通して、彼女が自分の生き方を見つめ直していく姿を描く。ⓒ2025映画『道草キッチン』製作委員会

映画『道草キッチン』シーン2
ⓒ2025映画『道草キッチン』製作委員会

――年齢の近い女性を等身大で体現されていましたね。

中江有里(以下、中江):
実は私の母も喫茶店を営んでいました。いまの仕事をしていなければ、もしかしたら母と一緒にお店をやって、ゆくゆくは引き継いでいたかなと思います。これまでメディアなどでは、実家は“飲食店”としか言ってなかったので、喫茶店という設定は本当に偶然だったんです。
共感するセリフも多くて、台本を読んだとき、この作品が自分自身のアナザーストーリーみたいな気がしましたね。身近なキャラクターだったので、ナチュラルに演じられました。
映画『道草キッチン』中江有里さん
中江:
特に、お店を閉めざるを得なくなり、健康に不安もあるなかで、縁もゆかりもない徳島への移住を決断する――立さんのそういう大胆さが、単身上京して高校一年生からひとり暮らしをした自分とリンクしました。あのときは不安しかなかったけれど、子どもなりに自分の人生を変えるにはこれくらいのことをしなければ!と思っていましたし、行こうと思えるパワーがありましたね。振り返ってみても、「よくそんなことしたな」って当時の自分に対して思います(笑)。

――中江さんも立さんも一見穏やかでふんわりした雰囲気ですが、意外と強くて太い芯を持っているような印象です。

中江:
湧き上がったものを止められないタイプなんです。リスキーであっても、いままでの道が嫌だと思えば、無理!ってなっちゃう(笑)。立さんも似ていると思います。その責任を取るのも自分なので、どうせなら、自分で決断して後悔する方がいいじゃないですか。

――後悔、ないのでは?

中江:
後悔がないようにしたいなって思いながら過ごしているので、結果的には面白く生きられていると思います。
映画『道草キッチン』中江有里さん2

暮らしの一つひとつを丁寧に描く

――作中、立さんはベトナム人の叔母が残したレシピを見つけて、ベトナム料理を作ることになりますよね。料理シーンの撮影はいかがでしたか?

中江:
随分たくさん作ったんですが、振る舞うばかりであまり食べてなくて……。
私自身、普段から料理は好きなんです。生春巻きもよく作るので、料理シーンに関してそんなに苦労はなかったですね。さすがにフォーを麺から打ったことはなかったですけど(笑)。

コーヒーを淹れる作業ひとつとっても、とても丁寧に描かれています。簡単にできることはいくらでもあるけれど、あえてそれをやらない。だからこそ、化学反応の中で深みが出ている。それがこの作品の根幹だと思います。
映画『道草キッチン』シーン3
写真左:物語の終盤、立がお世話になった人たちを招いて振る舞うベトナム料理の数々。写真右:何度もフォーの試作を重ねる立。ⓒ2025映画『道草キッチン』製作委員会

――お料理以外で印象に残っているシーンはありますか?

中江:
大変さでいえば、蓮根掘りですね。腰を痛めました(苦笑)。でも、その甲斐あってか、手ずから収穫したものは本当においしかったです。何でも揃っているなかであえて労働して食べるからこそ、より一層おいしく感じたのかもしれませんね。
農家さんのご苦労を体感し、これからはもっと感謝して蓮根をいただこうと思います。

DNAレベルで欲する“大阪の味”

――料理がお好きとのことですが、得意なメニューは何ですか?

中江:
最近よく作るのは肉うどん。子どもの頃はよく食べたんですけど、東京にいるとなかなか出合うことがなくて。外では蕎麦を選びがちですし。回帰してるのかな?
おだしを取って、甘辛く肉を煮つけるのにハマってます。うどんはいろんな種類の麺を試したりして。お肉を多めに煮つけて余ったら冷凍しておくと、次に食べたくなったときに温めるだけでいいので便利です。
家でずっと仕事をしていると切れ目がないので……ごはんの時間になったら台所に立つ、それだけでリセットされます。料理は気分転換になっていいですよね。
映画『道草キッチン』中江有里さん3
中江さんのInstagramに度々登場するミックスジュースは、喫茶店を営んでいた“母の味”なのだとか。

――地元・大阪に帰ってくると必ず食べるものがあれば教えてください。

中江:
粉ものですね。たこ焼きとかお好み焼きとか、食べたくなります。お正月に妹一家の家に集まって皆で一緒にわいわい作れるのが、“粉もんの良さ”だと思います。私も幼い頃はそれがすごく楽しかったのを憶えています。

――大阪っぽいですね、たこパ(笑)!

中江:
そうそう。うちの父なんて、わざわざ大阪から東京へ来てるのにたこ焼き食べますから(笑)。私と妹以外は関東の人ばかりで、最初は「たこ焼きは食事なんですか??」って衝撃を受けてましたが、「おやつになるときもあるけれど、基本、たこ焼きは食事です」と。甥っ子・姪っ子はそういうものだとちゃんと理解しているので、しっかり“粉もん教育”されています(笑)。

――続く後編でお届けするのは、映画祭で訪れたベトナムでのこと、舞台挨拶のために再訪した徳島のグルメについて。併せて、お楽しみください。

作品データ:
【作品名】道草キッチン
12月12日(金) 京都シネマ
12月13日(土) 第七藝術劇場/元町映画館 にて上映
【公式サイト】https://michikusa-kitchen.com
【X】@mov_michikusa_k
【Instagram】@michikusa.kitchen
制作・配給:KYO+

profile

中江有里さん

女優・作家・歌手

中江有里さん

1973年大阪府生まれ。法政大学卒業。1989年、芸能界デビュー。NHK朝の連続テレビ小説『走らんか!』ヒロインで注目を集め、多くのドラマ・映画に出演。NHK BS2『週刊ブックレビュー』で長年司会を務めた。2019年から歌手活動再開。松本俊明氏とのユニット「スピン」を結成、2025年7月に『それぞれの地図』を配信リリース。著書に、小説『愛するということは』(新潮社)、『万葉と沙羅』(文藝春秋)など多数。読書好きで知られ、本にまつわる講演やエッセー・書評を多く手掛ける。最新作は『日々、タイガース 時々、本。 猛虎精読の記録』(徳間書店)。文化庁文化審議会委員。天理大学客員教授。

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椿屋

tsubakiya

映画は「ひとり、劇場で!」がモットーの映画ライター。2024年鑑賞数は267本。人生の映画ハシゴ最高記録は1日7本。各媒体で、着物・グルメ・京都ロケ地といった切り口のレビューを担当する。超大作から自主映画まで、ノンジャンルな雑食。