新潟を旅する〜雪の上越へ② 海の幸、日本酒、かんずり

旅の愉しみのひとつは、その土地ならではの食を満喫すること。
さらに、その土地で育まれた逸品と出逢って、新潟の旅はフィナーレを迎える。
新潟を旅する〜雪の上越へ① 映画館、朝市、リゾートホテル

日本海の幸と地酒を愉しむ

山の方ばかり向いていたけれど、上越は日本海の幸にも恵まれている。しかも米どころ、酒どころときたら、これは呑むしかないでしょう。ということで「軍ちゃん」高田店へ。
「一番大事にしているのは、海の旬なんですよ」と、店長の橋立琢磨さんが言う。橋立さんは仲買人もしていて、漁に出た船が戻ってくるのを待ち構えて、能生漁港の浜競りで仕入れてくる。だからこの店の魚はどれも新鮮で、地元の季節を舌で感じることができる。

「海の幸味処膳」
「海の幸味処膳」2750円〜についてくる焼き魚、この日はチダイ。辛口の酒がよく合う。
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品書きを眺めているだけで、自然と口角が上がる。ヒメジの一夜干しなんていかにも旨みが詰まっていそう。ぼと(幻魚)の天ぷらなんていうのもある。寿司ネタのケースには銀色に光るカガミダイのカシラや、大きなバイ貝もある。ああそれに、エビの種類の多さといったら。ドロエビ、ボタンエビ、キジエビ、甘エビ、白エビには「日本海の白い宝石」なんて書いてある。
そして、地酒の充実度たるや。店が推す「能鷹」は田中酒造が誇る淡麗辛口、越後杜氏が新潟の米と雪国の水で仕込む。他にも八恵、君の井、吟田皮、洗心、久保田に呼友、かたふね、北雪……ああ迷う。

田中酒造(上越市)の「能鷹」
軍ちゃんのイチオシ、田中酒造(上越市)の「能鷹」は清酒から大吟醸まで。全部試したい。
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迷いに迷っていると、大将の橋立知昭さんが「飲むなら『海の幸味処膳』がいいですよ」とすすめてくれた。これが、呑兵衛にはたまらない内容だった。
まず、海鮮丼はごはんと刺身が別々に出てくるところが心憎い。酒を飲むなら肴になるし、飲まない人は丼ものとして味わえばいい。ちなみにごはんは棚田米のコシヒカリ。ビバ新潟!
さて、その海鮮丼の魚のラインナップが素晴らしかった。この日は、ワラサ。紅ズワイガニ。カレイ。チダイ。カワハギ。肝。カナガシラ。いくら。タコ頭。ヤリイカ。アジ。甘エビ。マダイ。
刺し身をつまみながら一献してると、熱々の天ぷらが運ばれてきた。魚は焼き魚、煮魚、揚げ物から選べる。小鉢も茶碗蒸しも、それだけで酒が進む。

海鮮丼(上)
海鮮丼(上)1760円。二段重の下段は、錦糸卵を敷いた酢飯。まずは上段をつまみながら一杯やれば呑兵衛ご機嫌。
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「春が近づくと海藻が芽吹いてくるし、メバルやボタンエビも甘くなります」と知昭さん。これは春にも訪れたくなるなあ。
 開店と同時にどんどん埋まっていった席は、ほとんどが地元の人だ。もっきりで、グラスからこぼれるまで注いでもらってキュッと口をつける人。二人でとっくりをさしつさされつ、和やかに語らっている人。こちらももう1杯いただこうかな。

新潟のソウル調味料「かんずり」

旅の途中、町のあちこちで「かんずり」を見かけた。「かんずり」とは、妙高一帯に伝わる唐辛子を使った発酵調味料だ。「赤倉観光ホテル」では、かんずりとバターを練り込んだ「かんずりフランス」が焼かれていたし、軍ちゃんでも、かんずりとカツオの酒盗を合わせた珍味があった。高田の居酒屋で見かけたのは、かんずり入りのソーセージ。ジューシーでパンチがあり、けれどもヒーッ!となるような激しい辛さはない。旨味を引き出す調味料といった印象だ。一般家庭では味噌汁に入れたり鍋ものに添えたり。焼肉やカルボナーラなどにも合うらしい。また、味噌と合わせたりしてカスタマイズする人もいる。

「赤倉観光ホテル」の、かんずりエピとかんずりフランス
「赤倉観光ホテル」の、かんずりエピとかんずりフランス。バターの香りと爽やかな旨味(パンの種類は時季によって異なるため、詳細はお問い合わせください)。
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新井には、かんずり専門の製造会社がある。その名も「かんずり」だ。
「かんずりの基本は、唐辛子と塩。言い伝えによれば、上杉謙信公が、京都から持ち帰った南方産の唐辛子をこの地の人々に分け与えたとか。合戦に向かう将兵たちは、竹筒に入れたかんずりを口にして体をあたためたのだそうですよ」と教えてくれたのは、三代目の東條昭人さん。

「かんずり」3代目の東條昭人さん
「かんずり」3代目の東條昭人さん。店の前には巨大な唐辛子の石像が。
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熟成かんずりや、唐辛子醤油漬け
売店では、6年ものの熟成かんずりや、唐辛子醤油漬けも。火入れしていない「生かんずり」は、香りが高くレア!
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高度経済成長真っ只中の1960年代、それまでどこの家にも当たり前にあった「かんずり」が、ライフスタイルの変化とともに各家庭から消えていった。昭人さんの祖父、邦次さんはこれを憂えて、郷土の味と文化を残そうとかんずり会社を創業したのだという。 かんずりはもともと、各家庭によってレシピが異なったという。マタタビを入れたり味噌を加えたり。地元の冬の風物詩になっている「雪さらし」は邦次さんのオリジナルだ。ある寒い冬、たまたま軒先に吊るしていた唐辛子が落ちて、雪に埋もれていたらしい。口にしたら苦みがなく、アクが抜けている。「ならば、生の唐辛子を塩漬けにして、雪にさらしたらどうだろう」。創業以来続く「雪さらし」はこうして始まった。
唐辛子に塩と柚子と麹を混ぜて3年以上漬けておく。その最初の冬、塩漬けにした唐辛子を数日間雪上にまいておくのだ。「理論上は、塩蔵するだけでもアクは抜けるんですよね」と昭人さんが笑う。「それでも、先代の思いもあるし、昔からあったものをなくすわけにはいかないとも思うんです。雪晒しは、地元の風物詩でもあるし」。

塩漬けにした唐辛子
塩漬けにした唐辛子は、地元産。もともとは上杉謙信が持ち帰ったものと伝えられる。
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地元産の唐辛子は肉厚で、長さ20センチもある巨大サイズだ。寒くなる前に赤くなったものだけを収穫し、塩漬けする。一番大きく育った実からは種を取り、来年度に繋いでいく。大寒を過ぎたら天候と相談しながら雪晒しをおこなう。吹雪いたら唐辛子が飛んでいってしまうし、雨でも傷んでしまう。晴れすぎて雪がとけるのもよくない。温暖化の影響で雪が足らない年は、わざわざ標高の高いところまで運んでいくのだそうだ。

塩漬けした唐辛子
ネットの上に、塩漬けした唐辛子を、なるべく重ならないようにまく。これが難しい。
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この日は雪さらしの一般公開が行われた。
雪に埋もれた畑には、これまた半ば雪に埋もれかけたネットが敷いてある。この上に塩漬けの唐辛子をまいていくのだ。社員たちがざるから唐辛子を掴んで宙に放る。カメラ愛好会の人たちが、一斉にシャッターを切る。「こっちを向いて、一斉に高くまんべんなく蒔いてくれるかな」なんてリクエストをする人もいる。すぐ隣では、数日前に晒した唐辛子を回収している。ネットを地引網のように引いて集めるのだ。
吐く息は白く、風は冷たい。それでも、赤々とした塩漬け唐辛子が宙を舞うと、誰もが晴れやかな顔になる。カメラを向けている人たちも、唐辛子を放る社員も、笑っている。雪とともに生きる人たちは、いまここを抜ければ一日一日春に向かうのを知っているのだ。これって、希望そのものじゃないか。気がつけばこちらも一緒になって笑っていた。

雪晒し
雪晒しを終えたら、3年以上熟成させる。まろやかなかんずりになあれー。
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新潟を旅する〜雪の上越へ① 映画館、朝市、リゾートホテル

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