大阪・新町『ぼっかけや』で、信州づくしの蕎麦前を

おまかせ酒菜五種盛りに鴨焼き、岩魚の塩焼き、天ぷらも2種食べて、蕎麦をたぐって締める。長野の地ビールと地酒も堪能して、お値段1人10000円ちょっと。大阪・新町の『ぼっかけや』で、信州づくしの蕎麦飲みの巻。

酒も、アテも、蕎麦も信州づくし

たまには蕎麦前で一杯やりたいな。そんな時、私の足が向かうのは、大阪・新町。『ぼっかけや』は、酒も肴も、もちろん蕎麦も“信州づくし”だ。

大阪「ぼっかけや」外観と店内
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樽谷昌明さんは、京都の大学在学中、割烹でのアルバイトで飲食業に興味を持つ。卒業後、そのまま就職して5年働き、一時はサラリーマンを経験。「和食と蕎麦と酒を楽しむ店をやりたい」という夢が捨てきれず、蕎麦屋でのアルバイトを経て、2004年、『ぼっかけや』を開いた。

和食の心得はあったが、なんと蕎麦は独学。食べ歩きと全国の蕎麦の産地を訪ねる中で、少しずつ腕を磨いたという。開店から2年が経った頃、長野県北安曇(あずみ)郡(現・信州大野市)の八坂の蕎麦の実に出合う。「持ち帰って蕎麦を打って、コレや!と思いました」。

大阪「ぼっかけや」店主・樽谷昌明さん
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八坂と八ヶ岳の蕎麦畑と契約し、今も年に数回の信州通いを続けている。「風土や食文化にも惹かれるようになって、すっかり長野が好きになりました」。現地で出合った食材や酒をどんどん取り入れ、信州の郷土の味が楽しめる大阪でも希少な蕎麦屋となった。

口開けの一杯が「よなよなエール」の生ビールというのがいい。今や全国区となった長野の地ビールだが、生はやっぱり格別だ。アテは、おまかせ酒菜五種盛りから。信州サーモンの昆布〆に、山椒の利いた穴子の煮こごりも付いて1人前1200円とお値打ちだ。

大阪「ぼっかけや」のおまかせ酒菜五種盛り
とある春の日は、ワサビ花芽のお浸しに、私の大好物・くらかけ豆を使った香ばしい浸し豆、ホウレン草とシメジのクルミ和えも。
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ねっとりと舌に絡みつくような信州サーモンの旨みが日本酒を誘うから、長野の地酒「帰山」の超辛口純米吟醸を冷やで1杯。キレの良さが心地よく、盛りのいい5種の“酒菜”がすいすいと胃に収まっていく。

地酒がぐいぐい進む充実の蕎麦前

八ヶ岳の麓で育つ岩魚の塩焼きは、じっくり30分かけて焼き上げてくれるから、早々にオーダーするべしだ。その間に蕎麦前といえばの、鴨をつまむ。

茨城の『西崎ファーム』が有機飼料で平飼いする「かすみ鴨」は、シンプルな串焼きと粗挽きのつくねの2種がある。2人ならどっちも頼んで正解だが、独酌の場合は1本ずつ盛り合わせてくれるのが嬉しい。

大阪「ぼっかけや」の鴨串焼とつくね焼
鴨串焼・鴨つくね焼各1本390円。
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その鴨の品のいい野性味と合わせて、樽谷さんが推すのは「居谷里(いやり)」の生酛純米。大町市にある『北安醸造』は、「うちの八坂の蕎麦畑に一番近い酒蔵なんですよ」。無濾過生原酒ゆえボディ感があり、きれいな酸がぬる燗に映える旨口の酒だ。

日本酒「居谷里」
長野県が開発した酒造好適米「ひとごこち」を伝統的な生酛造りで。「居谷里」1合950円。
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そこへ、きたきた! 岩魚の串焼きの登場で、信州モードは爆上がりだ。がぶっと噛り付く野趣がたまらない。川魚の清らかな香りに、酸の立った地酒。どちらも長野の清流が育んだ味、合わないワケがない。

『ぼっかけや』の岩魚塩焼き
岩魚塩焼き680円。
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『ぼっかけや』は天ぷらも充実しているので、クラフトビールにちょいと浮気して、南信州ビールで迎え撃つ。有明の天然芝エビは、塩をぱらりと振っていただくかき揚げ風。「つまみ天ぬき」の“天ぬき”とは、天ぷら蕎麦の蕎麦抜きだ。芝エビとゴボウのかき揚げ衣が、かけそばのつゆを吸って、ほっこり旨い。こっちは地酒もよいぞと、熱燗でもう1合。

大阪「ぼっかけや」の天ぷら
右が芝海老、奥がつまみ天ぬきで、どちらも680円。
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長野名物「クルミだれ蕎麦」をたぐって満腹

長野の地ビール2杯に、地酒を連れと二人で3合。心地よい酔いに包まれたところで、締めの蕎麦へ。「長野はクルミの名産地なので」と、樽谷さんがオススメするのは、クルミだれ蕎麦。宗田ガツオの本枯れ節に真昆布、原木椎茸の旨みもたっぷり加えたそばつゆに、生のクルミをすり潰して合わせ、コクがぐっと増している。

生粉打ちの十割蕎麦は、細かめと粗挽きの蕎麦粉をブレンドしているのだそう。もっちりとした食感とやさしい甘みが樽谷さんの蕎麦の特長だ。

「ぼっかけや」のクルミだれそば
クルミだれそば1300円。生クルミのすりおろしを合わせたそばつゆは、クリーミーでコク豊か。
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不思議なもので、蕎麦をたぐると、繊細な味わいを甘受しようと、酔った頭がシャキッとする(ような気がする)。とろっとしっかりめの蕎麦湯で、食後の余韻を楽しむのもまた蕎麦飲みの口福だ。

これだけ飲んで食べて、1人1万円ちょっと。すっかり信州モードになって店を後にすれば、酔顔に夜風が心地よい。いつか安曇野で見た北アルプスの山並みが、脳裏にふと浮かんできた。

writer

中本 由美子

nakamoto yumiko

青山学院大学を卒業し、料理と食の本を手掛ける東京の「旭屋出版」に入社。4年在籍した後、「あまから手帖」に憧れて関西へ。編集者として勤務し、フリーランスを経て、2010年から12年間、編集長を務める。21年、和食専門ウェブ・マガジン「和食の扉〜WA・TO・BI」を立ち上げ、25年に独立。フリーの食の編集者&記者に。産経新聞の夕刊にて「気さくな和食といいお酒」を連載中。