20時過ぎ、ふと立ち寄りたくなるビル上のサードプレイス。神戸『Piso』

神戸・三宮、北野坂の麓にある雑多な飲食ビルの6階に、ふと心がほどける場所がある。ちょっと遅めの仕事帰りや騒がしかった飲み会の帰りに、『Piso(ピソ)』へ足が向くのはナチュラルワインと野菜中心の1品、そして女性店主の温かいもてなしがあるから。家でもなく、職場でもない、サードプレイスの心地よさを教えてくれる。

駅前の夜の喧騒を背にエレベーターに乗り、6階へ。
『Piso』の扉を開けたとたん、空気がふわりと変わる。

それは間接照明に照らされろうそくが揺れる心地いい空間で、店主・鈴木清美さんの大きな笑顔が迎えてくれるから。

窓の外には街のド派手なネオンが。店の外と中、その強烈なコントラストが日常のノイズを遮断。だから20時を過ぎた仕事帰りや飲み会の後、身体に沁みるナチュラルワインが飲みたくなる。

そう、ここはビル上のサードプレイスだ。

神戸・三宮『Piso』店内
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神戸・三宮『Piso』扉の店名
北野坂から徒歩すぐ。「明関ビル」の6階へ。この扉が目印。
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"ありがとう"と言われる仕事がしたくて

清美さんは、某有名セレクトショップのバイヤーを経て、飲食に携わった異色の経歴の持ち主。

バイヤー時代にはバイイングで頻繁に出かけた欧州でおいしいものをたくさん食べ、舌と経験を鍛えたという。

その後は、同ビルの地下にある人気のビストロ『テラサナ』で10年間、夫の鈴木隆弘さんとともに店を切り盛り。

「スーさん(夫)の店を手伝っていたら、お客さんに“ありがとう”とか“おいしかった”って言われる仕事に憧れて。もともと料理を作るのが好きだったこともあって自分でお店をしたい、と思ったんです」と、2023年に独立したのがこちらだ。

神戸・三宮『Piso』清美さん
店主の清美さん。スタッフも女性のためか、店内は幅広い年齢層の女性客が約8割。安心して飲みに来れる場が駅近にあることがとても嬉しい。
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シンプルな料理とナチュラルワインの掛け算

若い頃、何度も渡った欧州や近年では頻繁にアジアへ出かけるなど、旅好きの清美さんの料理は多国籍。

ガレットやレンズ豆のスープといったビストロ料理から、パスタやパンコントマテといったイタリア料理、フムスやセビーチェといった中東〜中南米料理までさまざま。

野菜を中心にハーブやフルーツ、薬味の香りに満ちていて、シンプルにして、メリハリのある食感が印象的。ハッとするアイデアに満ちていて、食への愛と食いしん坊の性分が伝わってくる。

そこに、取り揃えるナチュラルワインがピタッ。

「ナチュラルワインは飲んだ翌日、身体がラクなのでいつの間にか好きになりました」と清美さん。

身体に負担の少ない一杯は、心をときほぐすための重要なピース。料理とワインを繊細に合わせることで、感覚が整いリセットされていく。

オニオングラタンスープ
神戸ポーク入りオニオングラタンスープ1800円。神戸ポークの塊を10日間塩漬けにし、3時間煮込むことでトロトロに。玉ねぎの甘みと豚の旨みが溶け合う。
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神戸・三宮『Piso』イチゴ
イチゴとストラチャテッラ1800円。季節のフルーツにミルキーなチーズ、ストラチャテッラを合わせた定番。仕上げに効かせたコショウがキリリと味を引き締める。ケヴェルツトラミネールのオレンジワインと。
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神戸・三宮『Piso』パンコントマテ
「ちょっとアテを食べたい時におすすめです」と清美さん。シンプルなバゲットにフレッシュのニンニクを塗り、生ハム、E.V.オリーブオイルをかけた「パンコントマテ」700円。ニンニクの辛味がたまらない。
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美学が貫かれた確かなスタイル

「バイヤーだった頃、当時の社長から教わったのは“衣食住は一つ”という教えでした。それが今の店作りの根幹になっているかもしれません」と微笑む清美さん。

広々としたカウンターの中央で、いつも大きく枝葉を伸ばすアセビの樹。
割れにくくてシンプルな欧州のテーブルウェア。そしてパリッと清潔な清美さんの白いユニフォーム。これはイタリアの軍隊のデッドストックのエプロンだそう。

その他、調理道具も使いやすさと美しさを兼ね備えたものを揃え、ゲストから見える箇所はスッキリ。そこかしこに、美学が貫かれている。

メニュー表もさえ排除し、メニュー名は窓に描くスタイルに。

着席したゲストが皆そろって窓を一生懸命見つめるのも、この店の微笑ましい光景だ。そしていつの間にか知らない人同士、会話に花が咲くことも。

そんな穏やかな空気に心がほどけ、また今夜も足が向く。

神戸・三宮『Piso』窓のメニュー
大きな窓を黒板代わりに利用。開業前、毎日しないといけない作業を忘れないよう窓に描いていたことをきっかけに、窓にメニューを描くようになったという。
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writer

佐藤 良子

satoryoko

料理取材に徹して20年の食ライター。歴史が好きなため、料理史の観点から見るレストラン取材がライフワーク。日々賑やかな小学生2児の母。
instagram@ryocosugar