
紙の上に、バーテンダーの語りを残していく。
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バーの取材に立ち会い、マスターの語りに耳を傾ける。連載を通して、残しておかなければ消えてしまう歴史や人の「語り」について考えた。
記さなければ消えてしまう「語り」
前職で社史の編纂をしていた私は、企業の歴史を資料で追い、関係者にヒアリングをして記録することを繰り返していた。創業から現在まで数々の選択、分岐点があり、「もしひとつでも何かが異なれば、今の姿はないのかもしれない」と想像しては、じんわりとした感動を味わった。長い歴史があるというのは、ほんとうに尊いことだと思う。
一方で社史は、その名のとおり「会社」が主人公で、歴史の語り手だ。限られたページ数の中で取捨選択するしかないことも相まって、記述は大枠の出来事が残り、どうしてもそこから「個人の語り」がこぼれ落ちる。「〇〇年〇〇をした」という記述の背景にどういう人たちがいて、どういう思いで携わったのか。声の多くは、紙の上に記すことができない。
誰かが話し、聞き取り、記さなければ無くなっていってしまうものがある。すべて拾い上げることはできないと分かっていても、編纂作業の中でそのことがずっと気になっていた。
吉田バーの店内。
本誌の最終ページにある連載「クロージング・タイム」では、ライターの大竹聡さんが様々なバーを訪れ、マスターの話を聞き、店で過ごした時間について記していく。今回訪れたのは1931年創業の「吉田バー」。古いものがぎゅっと詰め込まれた店内で、三代続く継承の物語に耳を傾けた。店の歴史と、個人の語りと、大竹さんの体験が絡み合っている原稿が届き、そこに人の声や体温があることに、なんだか嬉しくなってしまう。
社史は社史で、企業のあゆみを次代へ引き継いでいくという意義のある仕事だった。いまは雑誌で、人から人へと手渡されてきたものを、肌で感じられる場に立ち会っている。語り手がつくったお酒も歴史の一部で、それが直接体の中に入って染み込んでいくというのもまたいい。食の雑誌ならではで、この連載の醍醐味であると感じている。
■店名
『吉田バー』
■詳細
【住所】大阪府大阪市中央区難波2-4-6
【電話番号】06-6213-1385
【営業時間】19 :00~21:00
【定休日】火、金曜のみ営業

『あまから手帖2023年4月号 日本酒の味』
Writer ライター

あまから手帖 編集部
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