上等居酒屋のあるべき姿、大阪・本町『日本酒餐昧 うつつよ』

上等居酒屋のあるべき姿、大阪・本町『日本酒餐昧 うつつよ』

河宮拓郎の「ひとり居酒屋放浪記」

2022.10.13

文・撮影:河宮拓郎

大阪・本町『日本酒餐昧 うつつよ』の入口は、ビルの谷間に肩をすぼめるちんまり具合。だが夜ともなれば、日本酒好きが席を埋めて賑わう。端正な、しかし居酒屋にしかない料理に、合わせる酒は軽重あれど食中に向くもの揃い。安く売らず、高くとまらぬ大将に、舌を預ける幸せよ。

目次

付出し風前菜に、みなぎる実力 造りにコンフィ、アガる肴にアガる酒 どぶろく…造るんですか!? 店舗情報

付出し風前菜に、みなぎる実力

「これ、あの時の田淵太郎さんの盃です」と、家から持ってきたブツを店主・藤井章弘さんに披露する。もう9年近く前、本誌「あまから手帖」の取材で藤井さんと岐阜・多治見を回った折、『陶林春窯』にたまたまあったぐい呑みを「僕、この人のうつわが大好きで」と薦められて購入したもの。以来、我が晩酌のエース盃として活躍している。

その“育ち具合“を見てもらおうと持参して、店を訪れたのは秋のある日。「お、エエ感じに味がついてますね」という藤井さんの言葉をまともに取って嬉しくなってしまうのは、取材時にあれこれ話を聞いて、この人が根っからの器好きであると分かっているから。

店の酒盃はもちろん、料理を盛る皿もおおかたが作家もので、目はもちろん「手」をも楽しませてくれる。そう、この店では出てきた器を持ってみる・触ってみることをおすすめする。何かしらの快感や感興を得ることができるはずだ。

大阪・本町『日本酒餐昧 うつつよ』店主・藤井章弘さん店主の藤井章弘さん

「日替わりのおまかせ前菜3~4品と、少量ずつのお造り盛合せをお出しするまでがおきまり。あとはお好みでご注文を、というのが今のうちの流れなんですけど、よろしいですか?」

基本、調理は藤井さんひとりのお店。満席近くになったら完全アラカルトでは回らないだろう。常連にとってはややもどかしいシステムかもしれないが、私のようなたまの客なら無問題。

大阪・本町『日本酒餐昧 うつつよ』前菜4種おまかせ前菜4種。右上から時計回りに、刻み入れた花咲ガニやヤリイカがいいだしを吐く魚介のチャプチェ、鰻の肝とキュウリのざくざく、羽曳野(はびきの)いちじく・宿儺(すくな)南瓜・ツルムラサキの白和え、香りのいい枝豆は京丹波黒豆の「紫ずきん」。

むろん酒に合う、紛う方なき居酒屋の付出し。しかし、かける手間と味のレベルは割烹や料理屋のそれ。これが、創業時から変わらない藤井さんの路線なのだと思う。

酒の種類は品書きに50近く。佳き居酒屋の例に漏れず、ウラにも数十種はありそうな気配。食指を動かす見知った銘柄も多いが、前菜の詳細も分からないから「合うものを冷やで、任せます」といつものように“旨く”逃げる。逃げるが勝ちなのだから仕方ない。

出てきた酒は、『元坂(げんさか)酒造』の「酒屋 八兵衛 十五夜」純米酒(90㎖480円)。どれどれ、と含んでみると、ふうっと肩の力が抜けて、背中が少し丸くなる。米らしさはありつつ米くさくはなく、好ましくモダンな万能食中酒。幕開けに、これはいい。

造りにコンフィ、アガる肴にアガる酒

大阪・本町『日本酒餐昧 うつつよ』造り盛合せ造り盛合せ。右下から時計回りに、鳴門の漁師・村 公一さんから直送されたスズキとそのワタ。白アマダイ、ウオゼ(イボダイ)、本マグロ、明石のサワラ、宮城のタチウオ。中央が北海道の天然ブリ。どれも旨いが、スズキのワタの甘みは出色(しゅっしょく)。ここまでの5品がおきまりで3950円。と、呑み食べが好きそうなお客には小皿の馬刺し(600円)もいかがと勧められる(もちろん頼んだ)。

おきまりのハイライト、造りの盛合せに合わせていよいよと燗を頼めば、出てきたのは『白藤酒造店』の「奥能登の白菊」特別純米酒。せっかく持参したのでマイ盃でいただけば、ぬる燗でもほんのりと香ばしさが立ち、イヤハヤ、これまたアテは何でもござれの酒だなあと、5勺(しゃく)などはたちまち。ゆうに仕舞いまで通せそうだが、せっかくデキる店で呑むのだから、あえて次の酒へ。

会津産の馬刺しと一緒にやってきたのは『鈴木酒造店』の「磐城壽(いわきことぶき) 空水土(そらみずつち)」純米酒。福島市・松川町の山田錦を、山形の内陸部にある長井蔵で醸した酒は、なぜかほんのり潮の香りを感じる旨口の酒が、魚と互角の透明な甘みを備えた馬の赤身と素敵に溶け合って旨いのなんの。

さて、おきまりを終えて腹は六、七分目。ここでやめれば大人の酒だが、あいにくまだ若造で。そして、呑みながらつらつらと見ていた品書きには看過できぬ料理が多すぎる。濃い味と油っ気を求めて、第二幕。

まずは「コロナ禍の中、テイクアウト商品として考案したらウケがよくて」というサバ燻ポテトサラダだ。皮に悩ましい燻香をまとって身はしっとりのサバ。シンプルなポテサラは、甘み旨みで丸め込むようにして、酒肴としての汎用性を高める。「もうこんなん、なんぼあっても困りませんからね」と、どこかの漫才で聞いたようなセリフが脳内に響く。

大阪・本町『日本酒餐昧 うつつよ』秋鯖のくんせいポテトサラダ秋鯖のくんせいポテトサラダは880円だが、一人だからと小盛りにしてくれた。この店で最も酒を選ばない料理はこれではないかと思ってしまう。むしろ、アイラモルトやシェリーと合わせたらどんなマリアージュだろうとヨダレが。

さァきた。今日のメインと心に決めた、子持ち鮎のコンフィが。お腹のいちばん膨らんだところから。皮と身の表層は素揚げに近い火の入り。サクッと割れたところから、油でほっくり蒸された卵がワッと散る。合いの手には、酸味とポリポリ食感で口中をリセットする山くらげ。

藤井さんも、今がピークと見たか、故郷・香川、『丸尾本店』の「悦凱陣(よろこびがいじん)」を合わせてくれる。令和2年醸造、山廃純米・酵母無添加の無濾過生だ。こいつの人肌燗が、生酒っぽさを感じさせず、旨みばかりを数倍に太らせるいい塩梅。鮎と向かい合って重厚なパンチでどつき合い、そのファイトがうっとりするほど絵になっている。

大阪・本町『日本酒餐昧 うつつよ』子持ち鮎コンフィと山くらげ大ぶりだが頭まで柔らかい、子持ち鮎コンフィと山くらげ1200円。フレンチ修業も経た藤井さんであれば、たまに洋のフリカケが利いたメニューも品書きに並ぶ。「悦凱陣」(90㎖630円)は当たりが柔らかいのに超パワフル。海の向こうで活躍する二刀流の彼を思わせる柄の大きさだ。

どぶろく…造るんですか!?

ここを先途と切り上げるべき、とは分かっていても、駄目を押してしまうのが酔っぱらいの胃と脳ミソ。頼んでしまった。アジフライ。さて何を合わせてくれますか?

「ちょっと呑んでほしい酒があります」と藤井さんが出してきたのは、どぶろく。岩手・遠野でオーベルジュを営みながら、手ずから自然栽培で米を作り、その米でどぶろくを造っている料理人・佐々木要太郎さんの作だという「どぶろくスタンダード 水もと・酵母添加」。もちろん生酒だが、これを熱燗にしてしまう。「遠野ってどぶろく特区なんですよ。で、見学に行ったチーム『うつつよ』みんなでこの燗酒ばっかり呑んでました」。

遠野ねえ、まだ河童が生きてる土地だっけか、とひと口。もろみの舌ざわり、そして、やっぱり酸っぱい! 酸っぱいが、いや、これはアテを呼ぶ旨い酸っぱさだ。アジフライにあとを追わせると…。慄然、という言葉は酒食の表現にどうかと思うが、慄然。揚げ物と燗の生どぶろく、これはまずいぞ。旨すぎて、舌に覚えさせたらまずいやつだ。

やばい、まずいと独りごちながら聞けば、藤井さん、佐々木さんの造るどぶろくに心を動かされて、なんと自分でもどぶろくを造ることにしたという。現在建設中、2023年から稼働する醸造所には、アテも出す立ち呑みスペースを設けるそう。これだけ忙しそうにしていていながら苦労を増やそうという上等居酒屋の店主。その口ぶりは穏やかだが、ふつふつと燃えている。

大阪・本町『日本酒餐昧 うつつよ』の紀州あじフライ 自家製らっきょうタルタル紀州あじフライ 自家製らっきょうタルタル1400円。駄目押しにふさわしい揚げ物の食べ応えを、ちょうどいい甘酸っぱさのラッキョウのタルタルが賑やかす。どぶろくは90㎖1250円。

皿も盃もきれいに空にして、まだ浮かされているような気分。「なにか、デザートワインみたいな日本酒、ありますか?」。尋ねれば、「もちろんです」とニンマリの藤井さん。

グラッパグラスで出てきたのは「同じ佐々木さんのお酒で、自然栽培の米を米糠まで使って発酵させ、稲藁を燻して香りをつけた『権化 PEAT(ピート)』です」。こちらは米糠を使っているため税法上は日本酒を名乗れず「その他の醸造酒」扱いだが、濁酒のどぶろくと違い、搾って澄ませることができる酒だ、とざっくり説明を受ける。免許上、いろんな細かいルールがあるらしいが、なんしか呑まにゃ始まらん。

強めの酸味と、味わったことのない燻香と発酵香のミクスチャーに、酔ったまま目が覚めるような感覚。酒肴と合わせれば未知の慄然が待っていそうだが、さすがに料理はもう入らない。お勘定を。

大阪・本町『日本酒餐昧 うつつよ』米ぬか酒酒というよりは、何かのエキス。とはいえ「権化 PEAT」は、紛れもなく米の酒、米を余さず醸す酒だ。レーズンバターのような甘みのあるアテと合わせてみたい。45㎖1700円とすごい値段だが、私が身を乗り出すと分かっているから藤井さんも伺いを立てるわけで。そのあたりは主客の阿吽というやつ。先のどぶろくも同様だ。

かつての『トゥールモンド』(現『アドック』)で学んだフレンチも、ちょっと“おすまし”すれば割烹のそれになる料理のセンスも、藤井さんにとっては日本酒に仕えるための手段や道具であるのだろう。大事なのは、いい酒を美味しく呑んでもらうこと。どの居酒屋も同じ題目を謳う。でも、それを高度に達成できる人は、酔ったから言ってしまうが、とても少ない。勘定は15000円弱。終盤に高い酒が続いたし、「ひとりでこれだけ食べる人は珍しいです」と藤井さんを苦笑せしめてのこの値段。むろん安くはないが、高いとも思わないんだな、これが。二人で行ったなら、一人1万円弱くらいで充分満足できるだろう。

大阪・本町『日本酒餐昧 うつつよ』外観この目立たなさ。しかし、杉玉が吊されていなくても、日本酒党員が通りかかったら足を止め、中をのぞいてみたくなる酒の匂いがこのエントランスには漂っている。

■店名
『日本酒餐昧 うつつよ』
■詳細
【住所】大阪市中央区本町3-2-1 2F
【電話】06-6281-8322
【営業時間】17:30~21:30LO
【定休日】日曜、祝日の月曜
【お料理】讃岐もち豚スペアリブ柔らか煮1750円、紀州産白アマダイうろこ焼き2100円、地鶏手羽先クミン焼き770円。日本酒は90㎖400~680円前後が中心。※サービス料5%別。

Writer ライター

河宮 拓郎

河宮 拓郎

Takuo Kawamiya

食中に向く日本酒および酒呼ぶ肴を愛するが、「この酒、旨いわ!」「それ、前も同じテンションで言うてたで」を頻発させる健忘ライター。過去に取材した居酒屋は、数えていないがおそらく100軒には届かず。しかし、ロケハン(店の下見)総数はその数倍。それが「あまから手帖」。

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