
客が客をもてなす、メニューのない狭小日本酒カフェ『SAKE Cafe ハンナ』【後編】
河宮拓郎の「ひとり居酒屋放浪記」
さんざん長っ尻をしてしまったため、とても1回に収まらなかった『ハンナ』滞在の記。新たなお客を迎え、酒も話も盛り上がりつつ、穴ぐらカフェでの酔っ払い談義はまだまだ続くのである。
※前編はこちら
「待たせます」「待ちます」、呼吸の妙
「次、何にしはります?」と候補の滋賀酒4本がドドドン。呑んだことがない火入れの純米大吟醸「浅茅生(あさぢを)」あんのん(写真左)を。大吟とは思えない存在感のある苦と渋が、サラリの中にも程よい硬さを醸す。むろん(?)吟醸香は控えめ。
『ハンナ』の酒は、店主・ハンナさんご出身の滋賀のものが中心。クーラーのなかに30~40本、カウンターに並べた常温が20本前後か。
好みやリクエストを伝えると、「普段、どんなお酒呑んではります? お好きな銘柄は?」などと反対尋問を行いながら、ハンナさんはクーラーをガチャガチャかき分け、酒探しの旅に出る。狭小のキッチンで身をさばきつつ一升瓶をあちらへこちらへ、まあまあの重労働ならん。
2011年の開店から干支ひとまわり。今や酒もフードも品書きはないので、一見客・常連客の別なく店主・ハンナさんにお任せとなるのが必定。もちろん、食べたいもの、好きな酒のタイプなど相談しながら。
たったひとりでこの作業を人数分こなしながらの調理なので、「待たせます!」とハンナさんはキッパリ言うし、「待てん人は、ここは無理」とお客も笑っている。
そもそも“こういう”店でフードをジャンジャン頼むのはKYだと思うし、どうだろう、私が通常のペースで呑み食べしている限り、そう遅いと思うこともなかった。
ただし、「待つなあ…」と思わなかったのには、他の理由もある。客席で、また客席とハンナさんの間で、とにかく話が盛り上がるので、手持ち無沙汰を感じるいとまがないのだ。
この日の話題に上ったのは「京都人とは」「祇園祭の時期はヒマ」「WBC」「六冠成った藤井聡太」「青森の酒」「核融合」「ザ・ブルーハーツ」「安東水軍と元寇」などなど。
そうこうするうち、90年代に一世を風靡した、誰でも知っている某バンドの元メンバーさんが90歳のお父さんを伴ってやってきたり、私から遠い席で呑んでいたお二人が、祇園の某有名料理屋のご主人&番頭さんだと判ったり、イベントの発生ピッチがまあ短いこと。
常にその怒濤に押し流されている感覚で、ゆえに、酒こそ減るがアテはそうサクサクとは減らないのである。
「箸先で延々とつまめるアテを何か」と頼んだら出てきた、優しい甘旨みのキノコの塩麹和え350円。そういえば、消化や通じによさそうなつまみしか食べていないな。これもハンナさんの導きだろうか。
竜宮城、土産は愉しき酔い心地
そしてふと、腕時計を見るのだ。そこには、ちょっと信じられない時刻が表示されている。たしかに、長っ尻をした自覚はある、それにしても時間が経ちすぎてはいないか。そういう時刻だ。そして、あれー…と独りごちる自分は、まあ見事に出来上がっている。
この竜宮城感覚は、通りに面した開放的な店では滅多と得られない。東西の細路地から、北へ3歩、西へ1歩、の2ターンを要するロケーション、穴ぐら的、もしくは潜水艦的な程よい閉塞感を漂わせる店の造り、さらに、夜が更けるほどにノッてくる雑談のボルテージが、時を忘れさせるのだろう。
「祇園で、もっとここより安くてお客さんが入りやすい物件もあったんですけど、“ちょっと奥まってる”という一点でここにしました。目立つのが苦手なもので」とあくまで控えめな乙姫・ハンナさん。お客は浦島太郎の役どころだが、じき鯛やヒラメの役にも回ることになる。うぶなお客をあやしながら、DIYで燗をつけ、料理の注文を待たされる、くらいの“舞い踊り”を覚えて初めて、ここでは一人前なのだろう。
愉しさに浮かれ、明らかに量を過ごしての勘定は8000円ほど。繰り返すが、私が呑みすぎたのだ。お恥ずかしい。3品つまんで3~4杯呑んで、くらいなら、おそらく5000円あたりで落着しよう。
最後に。ここの閉店時刻は24時である。よし超えることがあったとしても、それはハンナさんの裁量であり、24時に閉まったからといって文句を言ってはいけないし、閉店が見えている頃合いに予約なしで訪ねるのはマナー違反かそれに近い。為念。
そのほかにいただいた日本酒(燗酒)はこちら。
(左)秋田「まんさくの花 真人(まなびと)」生酛純米。ぬる燗を含めば、家に帰り着いて靴紐を解く時のような、寛がせてくれる旨みがいい。さて、そろそろ、いや、もうだいぶ酔っているぞ…。
(右)「YUHO PIANO」。「遊穂」の定番・純米吟醸無濾過生原酒、その醪(もろみ)に2種類の音楽を聴かせて味わいの変化を楽しむ、というマニアックな酒。モーツァルト、ベートーベンの順に呑んでみる。確かに違うが、ホントにこれ、音の作用だけで違うの?
(左)「天明」の福島『曙酒造』で修業し、2021年、生家の『浪乃音酒造』に戻った中井充也さんが醸す新シリーズ「Te to Te(てとて)」純米吟醸生酒。軽やかフルーティーな若々しい一本。
(右)トドメの燗は「北島」純米吟醸 辛口完全発酵火入。滋賀酒で燗はお門違いかと思いきや、この酒はイケるのだ。しかし。よく写真が撮れたな、というくらいこの時点ではもう酔い酔いだった。
■店名
『SAKE Cafe ハンナ』
■詳細
【住所】京都市下京区四条通木屋町下ル船頭町203
【電話番号】075-351-0705
【Facebook】https://m.facebook.com/profile.php?id=508601189226005&__tn__
【公式ブログ】https://ameblo.jp/hannarihutatabi/
【Instagram】https://www.instagram.com/sayurihanna/
【Twitter】https://mobile.twitter.com/hannarihanna
Writer ライター

河宮 拓郎
Takuo Kawamiya