裏路地で“繁盛しすぎ”を避ける主の居酒屋。大阪『地酒屋 いわ月』

裏路地で“繁盛しすぎ”を避ける主の居酒屋。大阪『地酒屋 いわ月』

河宮拓郎の「ひとり居酒屋放浪記」

2023.08.28

文・撮影:河宮拓郎

数年前に料理一皿だけの取材で訪ね、ついでにランチを一度食べたっきり。だが、そのなめろう定食を食べた時点で「呑みに来ればきっともっと最高だ」と判ってはいた。大阪の天満駅から3分もかからないのに秘境じみたその店は、たしかに最高だったが、同時に「なぜ?」が溢れてやまぬ、不思議な居酒屋だったのだ。

目次

酒呑みには割烹以上に有り難い店、されど…。 “思うところ”の帰着点が左党の桃源郷 店舗情報

酒呑みには割烹以上に有り難い店、されど…。

『いわ月』常温酒カウンター上は常温酒の杜。揃えは冷酒を加えて常時70~80種。「東西バランスよく。マニアックな造りの蔵にはやっぱり惹かれがちですね」と自身もよく呑む主の岩月泰樹さん。「ランチ営業は深酒防止に役立ってます」

『いわ月』メニュー小さな字でみっちりの品書き。料理名だけのメニューに混じって「いろいろと野菜を炒める。850円」と書いてあれば、「ん?」と思うだろう。そういうくすぐりも上手い。

L字カウンターの、2席だけの短辺に陣取り、さて…と老眼泣かせの品書きを眺め渡してすぐ、うん、やはりここがいい店に違いない、と判りはした。したのだが…。

付出し、モロヘイヤとなめこと長芋のぬる和えのしばらく後に出てきた注文1品目、なめろう。非常に細かく、しかし過度ではないキワキワのところまで叩かれている。箸でひとかけ摘まんだだけで、刻み込まれた薬味の香りがフワンと立ち、旬魚(この日はシマアジ)の練った旨みと身の食感の二つながらを十全に伝えてくれる。
お次の、庖丁仕事も麗しい丸ナスのミョウガ煮を前にして、おお、この割烹並みに手の込んだ世界観の料理でもって好きに呑ませてくれるのかと、50過ぎのおっさんをしてウッキウキな気分にさせてくれる。

半合ずつのおまかせとしてもらった酒は、1杯目が茨城「森嶋」雄町純米大吟醸・瓶燗火入。伝えた好みの通り、ラムネ香は一切せず、潮の香りとも相性のいい酸味ふくよかな一杯だ。なめろうの強い旨みに舌が慣れ、酒が少々押されムード…というところで干上がって、次が秋田「五風十雨(ごふうじゅうう)」純米吟醸。ぬる燗が、おそらくここイチの塩梅。一杯目の余韻を受けつつ、主題を徐々に力強く展開していくような呑みごたえを醸す。

腹に入れた酒食すべてを書き出すと誰も読まない紙幅となるので写真に添えるとして、なんしか最後まで、この調子で一気通貫。いわゆる居酒屋より上の料理が出てくる。そこへ、酒に料理の邪魔をさせたくない割烹では出てこない、がっぷり四つの酒を添わせてくれる。控えめに言って「こんな店があって有り難い」と酒呑みが冥利の手を合わせたくなる一軒だと思う。なのに――。

『いわ月』なめろうなめろう980円。スダチによる味変は終盤にちょっとでいい、と思えるくらい出来上がった味わい。追いかけてきた酒は「五風十雨(ごふうじゅうう)」純米吟醸90㎖600円。

『いわ月』丸ナスのミョウガ煮丸ナスのミョウガ煮900円。だしの旨みと、ナスならではの瑞々しい果実味がバランスをとって、そこへミョウガの涼しい香味。

『いわ月』付き出し、たこポテ、ふりったー、豆腐上左/付出し、モロヘイヤとなめこと長芋のぬる和えに、「森嶋」雄町純米大吟醸・瓶燗火入90㎖600円。
上右/たこポテ580円。お好みソース味に驚くが、大ぶりなタコ足とポテサラにこれが馴染む。
下左/万願寺カツオミンチ詰めふりったー800円。神奈川「丹沢山 秀峰」純米90㎖550円の熱めのぬる燗がハマる。
下右/ワサビちょいのせが旨い「豆腐を焼く。」600円に、上燗近くの兵庫「竹泉」生酛純米酒 幸の鳥 一火 兵庫錦90㎖600円。

“思うところ”の帰着点が左党の桃源郷

18時から3時間、いつもながらの長っ尻をした私の他に、お客は先からやっていて程なく帰った先輩ひとりきり。ラストオーダーは21時と聞いたが、そのちょい前に来たお若いのは、店主が頭を下げると暖簾をくぐったところでUターンして帰っていった。「んんん?」と、モヤモヤが湧いてくる。なぜこの店が満席じゃないんだ?

賑やかな天神橋筋商店街から、蛍光灯で照らされた細路地を20mばかり入ったところ。発見も簡単ではない。
「商店街に申し訳程度に出してる案内でもけっこう見つかっちゃうので、最近もっと目立たなくしたんです。」と岩月さん。そうか、その志向か。

「石垣島マラソンに走ったことがあるんですけど。はじめ調子に乗って飛ばしてしまって、後で大後悔。頑張りすぎるのはよくないですよ」
もちろん、マラソンに懲りたのみで店の過ぎたる繁盛を避けるようになるわけもなく、きっと今に至るまでさまざまの“思うところ”を経て、岩月さんの今宵の立ち姿があるのだろう。

勝手を言えば、当日「行けます?」と気安く訊けるとびきりの店がある、これは呑兵衛にとっては幸せの柱のようなもので、その柱4本ほどであずまやを建て、そこでチビチビやっていられれば、日々の幸福は成るのだ。ここの主はどうも、左党の柱となる店のありようを、努めて維持しているらしい。

締めは鰻と青ネギの炒飯に、奈良「長龍」の「ふた穂」雄町特別純米2014年醸造。「瓶内低温熟成だから、熟れすぎてなくてちょうどいいかなと」。もちろん、ちょうどよかった。最後の最後、岩月さんが“弱冠”42歳と聞いて仰天する。どれだけの密度で“思うところ”を積み重ねて、彼はここに居るのだろうと。

『いわ月』炒飯鰻と青ネギの炒飯1480円に、「ふた穂」雄町特別純米2014年醸造90㎖550円。食べたいと思ったものだけを頼んだ結果、この日頼んだ1000円以上の料理はこれだけ。言わずもがな、タマラン炭水化物アテ。

勘定は8000円台後半。たんまり食べて呑んだ満足感に比して安い。客を絞る代わりに単価を上げて…という思惑でもないのは嬉しいけど、呑み助を甘やかしすぎてはいないか。
まあよし。主の思いは思いとして、こちとらはただ、すばらしい柱を一本もらったのだ。微力ながらせいぜい磨いて、あずまやを立派に支えてもらおう。

『いわ月』店主・岩月さん辻調時代から居酒屋を志していた岩月さん。「料理もちゃんと勉強しておこう」と大阪の有名割烹で10年(!)修業したが、その間は賄い作りを大いに工夫して楽しんでいたそう。店は昼夜ともほぼワンオペゆえ、お客の波によっては早仕舞いも。

■店名
『地酒屋 いわ月』
■詳細
【住所】大阪市北区天神橋4-6-19
【電話番号】06-7892-7172
【Facebook】https://www.facebook.com/jizakeya.iwatsuki

Writer ライター

河宮 拓郎

河宮 拓郎

Takuo Kawamiya

食中に向く日本酒および酒呼ぶ肴を愛するが、「この酒、旨いわ!」「それ、前も同じテンションで言うてたで」を頻発させる健忘ライター。過去に取材した居酒屋は、数えていないがおそらく100軒には届かず。しかし、ロケハン(店の下見)総数はその数倍。それが「あまから手帖」。

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