夜更けの燗酒楽園、京都・出町柳『酒とつまみ 蓮(れん)』

夜更けの燗酒楽園、京都・出町柳『酒とつまみ 蓮(れん)』

河宮拓郎の「ひとり居酒屋放浪記」

2022.12.21

文・撮影:河宮拓郎

今出川通り沿いの建物ながら目立たない入口。そこから木製の急階段を昇ったところに、出町柳が誇る燗酒の園がある。雑然としたカウンター、その向こうには眼光鋭い長髪店主。ツェッペリンやストーンズを聴きながら深更まで温い酒。タマラン。

目次

店でこそ呑みたい燗がある 黒板メニューでアテ選び 終われない酒の幸せよ 店舗情報

店でこそ呑みたい燗がある

店主の山城優さんは、いつもと変わらず燗つけ器の前に立って、ビーカーを嗅いでいる。湯を張った鍋に、厚めのガラス製計量ビーカーで、酒を温めては嗅いで、温めては嗅いで。香りが開くまでこれを繰り返すのが彼の流儀だ。金属製のちろり燗は絵になるが、このビーカーのほうが酒に柔らかく熱が入るからと愛用しているそう。ビーカー以外の道具一式は洗い物カゴに隠れて見えないし、見えたとて、道具としてそう格好のいいものではない。実用を超えて飾ること、見せることに値打ちを感じない人なのだと思う。

店主の山城優さん店主の山城優さん

酒のラインナップは、「日置桜」「天穏」「竹鶴」「辨天娘」「睡龍」などなど、名うての、かつゴリゴリの、冷酒はもちろん冷やで呑んでもバチの当たりそうな燗向けばかり。ガツンとピートの利いたアイラモルトと同じで、こういう酒はどうも家呑みに合わない。お店で、“分かった人”に燗の世話を焼いてもらいながら呑むのが、やはりいいように思うのだ。

常温酒のラインナップカウンター席のどこからでも見える、バックカウンターの高い棚に15銘柄ほど、ほか、カウンター上や店のそこここに、やはり15銘柄ほど、いずれも常温で置いてある。店の隅のクーラーにも日本酒が入っている気配はするが、中身は知らない。ここでは基本、外に出ている酒を温めてもらうことしかしないから。

とはいえ、着席すぐの1杯目だけは、どうしてもシュワッとしたものがほしい。日本酒主体の酒場が1軒目である場合、これで難儀することが多いのだけど、ここには「生酛のどぶ」のにごり酒ソーダ(600円)があるので、助かるなァとだいたい頼んでしまう。発泡系の日本酒は、特に食事中は大いに敬遠するのに、日本酒のソーダ割りは旨いと思う…のは我ながらなぜだろう。

黒板メニューでアテ選び

半合ずつで、おそらく4銘柄くらい呑みますからお任せで、と例によって店主に下駄を預け、黒板メニューを見せてもらいながら酒の供選びだ。お腹はペコペコ。食べるぞ。「今日だと、サワラの幽庵焼きと…」「ください」「あとは牡蛎の春巻きとか…」「絶対ください」。まずは2品確保。

ザルに盛られた適当な盃からいつもの花形のを選り出してスタンバイ。ぐい呑みに求めるべきは、ルックスは無論として、酒と合わさったときのさまざまな官能的触感だと思うのだが、この盃は薄く繊細なリップ、もとい口縁をしていて何かと具合がいいのだ。

などとよしなしごとを思ううちに出てきたのは、「天穏」生酛純米改良雄町(半合400円)、次いでサワラ。酒は上燗と熱燗の間くらいか、ホッとする温みと、舌を圧すようにさえ思えるほどの味の乗り。これがひと燗め!とおののきながらサワラをつつく。

サワラの幽庵焼きサワラの幽庵焼き900円。一乗寺の上等スーパー『HELP』の魚はなかなかモノがいいそうで、「特にサワラと鯛の切り身はいいんですよ」と山城さん。キャラメリゼの薄層を箸で割ると、火入れでふわふわになった真白の身が。皮は焦げているが炭化しておらず、甘い身を彩る。家庭用のガスコンロで、うまいこと焼いてくれるもんだ。小蕪のシソ漬け、そして燗酒と中和して、のっけから麗しいハーモニー。

ひとりだけの先客、独酌のお姉さんが納豆オムレツをアテにイイ空気で呑んでいるものだから、つい遠間から「燗酒、お好きですか」と尋ねてしまうと、この店で燗のおいしさに目覚めて銅のちろりを買い、ハッピーな燗ライフを楽しむようになったのだとか。「銅のちろりを錆びさせたくないから、片付けられなくなるまで酔うことがなくなりましたよ」。なるほど、それもまた燗の美徳。

続いてのアテは、待ってましたの牡蛎の春巻。岡山・日生(ひなせ)の牡蛎は、熱と油を吸って甘みを増したエキスを迸(ほとばし)らせ、「揚げ物にはやっぱりこれが」と出してくれた次の酒、「生酛のどぶ」仕11号+16のクリーミーな上燗と馴染むことおびただしい。ソーダで割っても温めても旨いどぶろく、重宝な酒だ。

京都・出町柳『酒とつまみ 蓮』牡蛎の春巻2022年秋から始めた新メニュー、牡蛎の春巻700円に、「生酛のどぶ」半合450円。生牡蛎も酢牡蛎もそれなりに旨いが、「やっぱり加熱した方が旨いッスよね」。山城さんとひとしきり。

次に頼んだのは、くさみやスジ感のないトロリの雲子ポン酢。迎える酒は「玉櫻 殿(しんがり)」だ。一口含んで、舌の奥でワッと膨らむ旨み、程のよい酸の存在を感じるが、あと口がやさしく軽い。こんな酒が「玉櫻」にあるんだと瓶の裏ラベルを読めば、アルコール分は13度。「ここへ来て低アルコールのお酒、というのはどういう組み立てで?」「いやいや、僕がいいなと思う酒をランキング順に出してるようなものなんで、大したプランは。でも、4種類呑まれるなら3つめのこのあたりで変化がついてもいい」。たしかに、一直線に濃醇方向へ突っ走るより、いまは起承転結の「転」、変化があればオヤッと思うし、実際、鈍い私も「ん?」と二度見したわけで、まんまと。でも、決してここまでの文脈を離れた酒ではなく、むしろ「13度でこの味を出せるんだ」と感心させてくれる一献だ。もちろん、うまく開花させる店主の腕にも大いに負っているわけだが。

「加水の妙を感じさせてくれる酒ですよね」。そんな山城さんの一言から、話は「店で加水する燗つけ」の難しさへと流れていく。「なんだよ、薄めちゃうの? 量ごまかしてない?」と誤解されるリスクを負って、「僕の判断で加水していいですか?」と尋ねる。ここに限らず、加水燗をやるほぼすべての店が、客に旨いと思ってほしくてわざわざこのハードルを越えるのだ。そんな店主の心中を酌(く)めずして、何が左党か酒呑みか。おっと、酔いが回ってきたようだ。

さて、結びはこの店で何度も呑んでいる、「竹鶴」の秘傳。私にとっては、先述の“店でこそ呑みたい酒”の筆頭格。いや、家で呑んでもおいしいし、値段も良心的。完璧超人のような酒なのだが、この酒に組み合えるアテをこしらえるのが難儀なのだ。冷や奴程度ではとてもとても。そこでレンコンの唐揚げを。

レンコン唐揚げ旨さと値段が見合っていない、ボリュームもたっぷりのレンコン唐揚げ450円。合わせる「竹鶴」秘傳は半合400円。

初めて食べたが、これはビアパブにおけるポテトフライの酒亭版と言えるだろうか。序盤か終盤までどこで頼んでも、どんな酒と合わせてもいいジョーカーのようなつまみ。次に来たときも頼もう。そういえば、コロナ禍の間にメニューにのぼらなくなってしまった私の中での『蓮』大名物・鯖サンド。めちゃめちゃおいしいアレも、次の機会に復活していればいいな。

終われない酒の幸せよ

さあ大団円、のはずなのだが、気がつけば燗好きのお姉さんを含む3人で話し込む流れができてしまっている。レンコンもまだ半分がた残っている…。

「あのう、まだ呑みたいって言ったら、何を出してくれます?」

「やれやれ、酒呑みは度し難し」と思いながらだろうけど、「どっちにします?」と出してくれた一升瓶は「竹鶴」の合鴨農法米(半合500円)と、「日置桜」のAutumn Leaves(枯葉)(半合450円)。どちらにしようかな、で合鴨を選ぶ。酒には申し訳ないが、お姉さんが「ちょっとこれ読んでみて」と持ち出してきた子ども向け恋愛ノベル「ジュン10歳 ちょっと初恋」の破壊力に、回し読みのみんなしてヤラレている今や、おいしいに決まっている酒がどの銘柄であろうと大きな問題ではない。

そして、合鴨でレンコンをやっつけてもまだ話は収まらず、結局、枯葉も呑んでしまった。秘傳のあとで物足りなく感じはしないかとうっすら心配したが、全くの杞憂。どちらも「な、燗酒旨いだろ?」と諄々折伏してくるモリモリのパワーを持ち、私は、半眼で「ああそうだねそうだね、旨いね」と昭和のいる・こいる師匠のように頷いていればよかったのである。付け加えるなら、呑み順は合鴨からの枯葉が、偶然ながら正解だったと思う。

店内の一角個人的には、この程度の雑然を「気にしない」ではなく「大いに歓迎する」人に薦めたい店である。積まれた本は、山城さん曰く「コロナ禍の間、暇すぎて店で1日2冊ペースで読んでいた本が溢れてしまって」。本によっては譲ってくれる可能性も。

会計は5000円台半ば過ぎ。初手からここを訪ねるのは初めてで、満腹まで食べて呑めばこれくらい、ということだろう。いつもは2軒目以降でお邪魔して、呑み主体でだいたい3000円前後。

次の客、お若いカップルが入ってきた。これから呑もうというのに、斜め前にトロンと溶けかかった出来上がりがいてはお邪魔だろうと店を出る。そうそう、2階酒場あるあるだが、ここの階段の降りは酔っているとちょっと危うい。銅のちろりの話ではないが、自己責任。始末がつけられなくなるまで呑んではいけないのだ。

木製の階段2階酒場にはもっとキケンな階段がいくらもあるが、ここも足を踏み外したら下まで一気だ。ご要慎。

今出川通りを少し行って振り返ると、闇をほんのり照らす常夜灯のように、2階窓からのアンバーな光。こういう酒場が近所にあり、かつ苛酷なコロナ禍もどうにかくぐり抜けてくれて心底ありがたいと、身勝手ながら思う。そういう身勝手が一定数集まって、店の経営を成り立たせる。「水」の字が付こうが付くまいが、商売って難しいのだろうし、当たり前だが雑文書きだって水商売だ。ブルッ。

■店名
『酒とつまみ 蓮』
■詳細
【住所】京都市左京区田中下柳町8-12 2F
【電話】なし
【営業時間】17:00~24:00
【定休日】不定休(営業日はInstagramなどでお知らせ)
【お料理】納豆オムレツ600円、エビ油のまぜそば650円、よだれ鶏500円。日本酒は90㎖400~600円前後、180㎖750円~が中心。
【Instagram】https://www.instagram.com/saketotsumami_ren/

あまから手帖/2020年2月

元気な酒蔵のチャレンジから街場で飲める店まで、「関西の地酒最前線」をまとめた一冊。 こちらは「燗推し酒場」に掲載。

Writer ライター

河宮 拓郎

河宮 拓郎

Takuo Kawamiya

食中に向く日本酒および酒呼ぶ肴を愛するが、「この酒、旨いわ!」「それ、前も同じテンションで言うてたで」を頻発させる健忘ライター。過去に取材した居酒屋は、数えていないがおそらく100軒には届かず。しかし、ロケハン(店の下見)総数はその数倍。それが「あまから手帖」。

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