9割が生酒、その味わい幅広し。神戸・三宮『酒肴啐啄 酒糀家』

9割が生酒、その味わい幅広し。神戸・三宮『酒肴啐啄 酒糀家』

河宮拓郎の「ひとり居酒屋放浪記」

2023.02.20

文・撮影:河宮拓郎

「置いてる酒の9割方は生酒です」と店長。生ばかりでは呑み方が狭まりはしないか、と思う人もいるかもしれない(たとえば、この店を訪ねるまでの私)。しかし、それはおよそ杞憂に終わる。この店は長らく、料理と生酒を組み合わせ、客の舌に沿わせる手練手管を磨いてきたのだ。火入れ酒偏愛の徒にこそ薦めたい、生酒の杜へ、いざ。

目次

ほしい生酒がそこにある 燗酒1本目が6年熟成酒!? 店舗情報

ほしい生酒がそこにある

人物酒の好みを聞き出すのが上手な、『酒肴啐啄 酒糀家(しゅこうそったく さかや)』店長の屋田明仁さん(左)と、料理長の門脇弘倫さん。各地の蔵元を訪ねて築いたパイプラインを通じて、酒はすべて、蔵との直接取引で取り寄せる。

9割生酒。刻々と揃えを変える常時60種以上のラインナップゆえ、酒メニューはなく好みを伝えるスタイルで、ハナから「まかせてくださいよ」の構え。

「派手な吟醸香も発泡もフルーティも苦手で、ふだんは火入れの純米ばっかり、燗酒メインで呑んでます…(ケンカ売ってることにならないかな)」
「はいはい。燗に向いた生酒もけっこう置いてますよ」
「(おっ♡)じゃあ、1杯めは冷酒、次からは燗で」

だしの利いた菊菜お浸し、自家製ゴマ豆腐、ムネ肉の巻き寿司という口角の上がる付出しと共に出てきたのは、福岡「喜多屋」の純米大吟醸。

「喜多屋」純米大吟醸付出しと「喜多屋」純米大吟醸生酒 雄町45%磨き(90㎖650円)。吟醸香は不得手と伝えたが…と含んでみると、これがリクエスト通りの一献。気づいたら舌の上にのっていて、その軽やかさに最も見合う(と思える)甘みを口中の隅々にまで届けながら、また気づいたら居なくなっている。これ見よがしの吟醸香はもちろんなく、ああ、このくらいならアテとも合うのだなと、偏狭な毛嫌いをいさめてくれる頃合い。こういう冷酒はいいなァ。

造りに焼き・揚げ・煮物、小鍋まで、よくもこうまでバランスよく揃えられるものだと豊富な品書きに感心しながら、アテに選んだのはポテサラ、そして鯖のきずし。

店ごとの個性が滲みやすく、かつ日本酒に素敵に合うポテサラときずしは、どこへ行ってもほぼ頼んでしまう。バーでは1杯目にジントニックを頼む。その私的ルーティンの居酒屋版というところだろうか。

ポテトサラダ菜の花と鯛のポテトサラダ420円。鯛の切れっ端を燻製にして忍ばせ、菜の花のたまにピリッと鼻に抜ける辛子の香り。春を告げるような爽やかポテサラ。

きずし長崎産の天然鯖のきずし1300円。魚のコンディションと〆具合が素晴らしいことに加え、この気前のいい盛りっぷりはどうしたことか。残念ながら脂のりのいいシーズンは2月初旬で終了し、秋まで提供休止。

燗酒1本目が6年熟成酒!?

「お燗は1合で?」
「半合でもイケるんですか…?」
「基本1合からですけど、混み合ってなければできるだけ対応してます」と嬉しい返事。すんません、半合で。

現れた本日の燗初めは、宮城「船尾灯(ともしび)」特別純米無濾過生原酒の、ええっ、29BY!

「船尾灯」特別純米無濾過生原酒29BY「船尾灯」特別純米無濾過生原酒29BY(90㎖500円)。店で6年に及ぶ冷蔵熟成を施した隠し酒。ヒュルッと軽く空気を含ませて口に流すと、ぐわっと甘旨みが膨らんで、ほのかにゴマ系の香ばしい匂い。生酒の、熟成酒の燗。この酒を一発目に持ってくるとは、『酒糀家』のペースに、ハヤうまうまとのせられている。

次に頼んだのはキンメのアラ。

金目鯛金目鯛のあら炊き680円。その炊き地が素晴らしかった。蜜のようにトロリと糸引く粘度を帯びてハッとするほど甘く、その甘みはアラの表面を彩りつつ白身の旨みは消さず。木の芽の清冽な香りがキンメの身を彩る。付合せのゴボウもゴリッと噛み割れば野趣の奔流。旨い。

居酒屋料理の範疇をゆうゆうと越えていける余力を感じて、料理長・門脇さんの経歴を訊けば、名にし負う名割烹『祇園 川上』の出身と。旨くって、引き出しが多いのも当然だったか。

たとえば京都『むろまち 加地』の加地貴志さんもそうだが、割烹や料亭でホンマモンの日本料理を修めながら、ひとえに酒への愛から左党の好む料理や味に“降りてきてくれる”料理人がしばしば現れることを、酒呑みは衷心からありがたく思っているのだ。かたじけない。

「酒は天下の太平山」といえば、秋田を代表するような有名銘柄だが、大手メーカーのイメージがあり、正直こういうお店で巡り合うことはあまりなさそうな。 しかし、その酒「太平山 津月(つづき)」純米吟醸生酒の袋搾りが、ぬる燗で出てきた。

「先の杜氏さんが勇退される前の造りで、今の『太平山』とはちょっと違います。それをマイナス5℃で7年間熟成させて…」。ほろ酔い頭に数字が染みてくるのに何秒か要ったが、えっ、こっちは7年もの!

太平山 津月秋田「太平山 津月」純米吟醸生酒袋搾り(90ml650円)。蔵元の『小玉醸造』には、毎年のようにお客さんとツアーを組んで訪ねているそう。呑んでおののく2015年ものは、昭和なメーカー酒のイメージとは全く異なる、旨みと香ばしさの精緻なバランス。少し冷めてねっとり硬くなったキンメの炊き地と溶け合うとびきりの食中酒。

「もう満腹が近いんで最後の料理を頼みますけど、次に出そうと考えてくれてはるお酒と合わせるなら、グラタンと白子天ぷら、どっちが面白いです?」 「グラタンですねえ」と屋田さん。天ぷらに比べ半値に近いグラタンを推してくれるのだから誠実な。

グラタンと天狗舞淡路どりと牡蛎のグラタン870円に、「天狗舞」純米大吟醸山廃生(90㎖1500円)で締め。上燗であっても米くささを一切させず、純然たる米の芳香だけを纏う甘露の凄み。華やかなフィナーレを演出しながらも、ここまでの酒に比べて物足りなさを覚えることなど無論ない。

グラタンは牡蛎と淡路どりを大量にたたえて、とっておこうと考えていた2軒目ラーメン用の胃袋スペースをあっさり埋めてしまう。生酒堪能の良い酔いの宵、終幕。

「あまから手帖」編集部員として京阪神をうろうろしていた頃から感じていたことだが、神戸の飲食店は大阪・京都に比べて明らかに安い。 ハタチ前まで神戸っ子だった私の中には「神戸は、みやこ(=大阪・京都)に最も近い鄙(ひな)」という感覚がある。京阪神でダントツに洒落た町ゆえに、「気取りすぎず、しかしくだけすぎず、オシャレやオツの範囲で旨いもんを食べましょうや」、そういうレンジに収めたがる空気のような同調圧力が存在するのだろうか…。

というのは当て推量として、これだけ呑み食べして勘定は6000円台後半。二人でシェア基本ならひとり5000円前後でも満足できるだろう。 コストパフォーマンスを目当てにしてもいいが、私のような「嫌うわけではないが、日頃しぜんと生酒や吟醸酒を遠ざけている」タイプの酒呑みは、行く前と行った後で軽いパラダイム転換をさえもたらしてくれる一軒と言える。

目立たない表の看板を見つけたら、迷わず地下への階段を伝っていただきたい。

内観カメラが自動修整してしまっているが、アンバーな優しい灯りで居心地よし。2人までならもちろん、目隠しの皿や鉢越しに料理の手際と酒トークを楽しめるカウンター席がお薦め。

■店名
『酒肴啐啄 酒糀家』
■詳細
【住所】神戸市中央区中山手通1-3-5 B1
【電話番号】078-322-3014
【営業時間】18:00~24:00
【定休日】不定休
【お料理】造り各種1人前1500円前後、天然鯛のカマ塩焼き630円、穴子の天ぷら1800円。日本酒は90㎖400~600円前後が中心。
【公式サイト】http://shukou.com/sakaya/

Writer ライター

河宮 拓郎

河宮 拓郎

Takuo Kawamiya

食中に向く日本酒および酒呼ぶ肴を愛するが、「この酒、旨いわ!」「それ、前も同じテンションで言うてたで」を頻発させる健忘ライター。過去に取材した居酒屋は、数えていないがおそらく100軒には届かず。しかし、ロケハン(店の下見)総数はその数倍。それが「あまから手帖」。

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