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門上武司の旅vol.3:岐阜『そば切り すず野』へ。“和食と協調する蕎麦料理”のコース

年間1000軒以上外食する関西を代表するグルマン・門上武司。その食欲は、御年70歳を過ぎてなお旺盛だ。「アレが食べたい」と頭をよぎれば、もう居ても立っても居られない。日本全国どこへでも、トランクひとつで東奔西走。拠点の関西を飛び出して、各地の美食を訪ねる旅企画「皿までひとっとび」の第3回目は、岐阜『和食料理 そば切り すず野』へ。

『すず野』の凛とした佇まい

僕が岐阜を定期的に訪ねるようになって、もう30年ほどが経つ。通い始めたきっかけは、とある中国料理店と、アユ料理の専門店であった。

中国料理の店は、フカヒレのステーキやアユの春巻などのスペシャリテで日本の料理界に多大な影響を与えてきた『開化亭』。アユ料理専門店は、アユのなれ寿司など独創的な料理で知られる『川原町泉屋』だ。僕にとって重要な意味を持つこの2軒については、これまでにもさまざまな場で言及してきた。

そんな岐阜詣を続ける中で知り合った、この地の食いしん坊仲間が教えてくれた『和食料理 そば切り すず野』を、夏の終わりに訪ねた。これで何度目になるだろうか。今や、この店も僕を岐阜に呼び寄せる大きな引力を有する。旧い町家を改装した店内には、変わらず静謐(せいひつ)な空気が漂っていた。

『そば切り すず野』内観
華美な装飾はなく、落ち着ける『すず野』の店内。
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蕎麦が要所を締めるコース

コースの端緒を開くのは、玉子焼き。それも。ワタリガニを射込んだだし巻きである。カニの風味とちょうど拮抗するバランスで含められただしの程のよさに、主人・平野諄次さんの思いが滲むようだ。大根おろしの味の淡さも、玉子の味わいをサポートするために決め込んだものだと感じられた。

『そば切り すず野』だし巻き
シンプルに見えて、ワタリガニが射込まれた贅沢なだし巻き。
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続くは、ゴマだれに浸った冷たい蕎麦である。ゴマの香ばしい風味と深いコクが見事に同居し、自家製の実山椒オイルのピリッとした辛さがインパクトを添える。蕎麦は、ゴマだれに負けない弾力と、強靱な蕎麦の実の香りが秀逸であった。コースの中で初めて登場する蕎麦であるから、然るべき“強さ”は必要だ。
ハモの刺身は、同じハモの酒盗で食べる。繊細なハモの身に、塩気と発酵の旨みをたくわえた酒盗が加わり、日本酒を呼ぶことおびただしい。

『そば切り すず野』ゴマだれ蕎麦
コース最初の蕎麦はゴマだれと山椒の風味で。あるいは担々麺を意識しているか。
『そば切り すず野』ハモ
身とワタの旨みが渾然。酒盗を戴くハモの刺身。
『そば切り すず野』アマダイ
舞台のような器に、一夜干しのアマダイやナスの田楽、地元産の野菜・ジュウロクササゲや青ダツを使った和え物が。
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次なる海ぶどうの冷たい蕎麦をひと口、思わず背筋が伸びた。分類すれば蕎麦というジャンルに収まる料理ではあるが、主人が“和食と協調する蕎麦料理”を熟考した末に生み出した献立であるのだろう。蕎麦料理には定番が多いが、『すず野』のコースで供される蕎麦は毎月変わる。海ぶどうのプチプチ弾ける食感と爽やかさを感じる絶妙な温度で、ここまでのコースの流れに大きな“読点”を打つ力がみなぎっていた。

『そば切り すず野』スダチ蕎麦
沖縄のソーキそばによく合わされる海ぶどうを、冷たく酸味のあるスダチ蕎麦に。
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進化を続ける攻めの姿勢

蕎麦に天ぷら、は、揚げ物好きならずとも必須の取合せだ。
かき揚げは、振られた塩の加減で、食材の命がより鮮やかな味わいへと変容している。対するおろし蕎麦は、適度な大根の辛みと蕎麦の香り、心地よい喉ごしが三位一体に。コースを通じて、蕎麦の種類を追うごとに、シンプルな味わいを堪能できるよう導かれていることがはっきりと理解できる。

『そば切り すず野』かき揚げ
軽やかに揚がった、色鮮やかなかき揚げ。
『そば切り すず野』おろし蕎麦
3種の中で最もシンプルなおろし蕎麦が、料理のしんがりを務める。
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締めは白いトウモロコシのご飯。そこに白ウニがのって、淡い色合いの寿司のようだ。異なる甘みの競演が、コース終盤にまたテンションを上げてくれる。最後には以前はなかったトルコの伝統食材・カダイフを使ったデザートが供され新たな挑戦を感じた。最後まで手綱を緩めず、攻めの姿勢を崩さない主人の姿勢に大きなエールを送りたくなった。

優れた料理人は進化を止めない。そのことを、改めて痛感させられる組立てであった。平野さんの「毎回が初めてだと思って作っています」という言葉がコースの余韻となって、口中に長くたなびいていた。

『そば切り すず野』外観
ホテルなどの和食店を経て2009年に独立した平野さん。
『そば切り すず野』岐阜 善光寺
お店から徒歩5分ほどのところには「岐阜 善光寺」が。 「信長公のおもてなし」が息づく戦国城下町・岐阜として日本遺産に登録されている。
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連載「皿までひとっとび」

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writer

門上 武司

kadokamitakeshi

関西の食雑誌「あまから手帖」編集顧問。年間外食350日という生活を30年以上続けるも、いまだ胃袋健在…。ゆえに食の知識の深さはいわずもがな。
食に携わる生産者・流通・料理人・サービス・消費者をつなぎ、発信すべく、日々奔走している。