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門上武司の旅vol.11:地元愛に溢れ「福井前」の芽生えを感じさせる寿司店、福井『鮨処 海月』

年間1000軒以上外食する、関西を代表するグルマン・門上武司。その食欲は、御年70歳を過ぎてなお旺盛だ。「アレが食べたい」と頭をよぎれば、もう居ても立ってもいられない。日本全国どこへでも、トランクひとつで東奔西走。拠点の関西を飛び出して、各地の美食を訪ねる旅企画「皿までひとっとび」の第11回は、福井『鮨処 海月(くらげ)』へ。

越前の幸が海女から、漁師から

福井駅前
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福井市『鮨処 海月(くらげ)』外観
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「三国町安島の海女さんから直接届けてもらう『汐(しお)ウニ』です」。豆皿にちょんと盛ったそれをカウンター越しに出しながら、『寿司処 海月』の主人・郷 北斗(ごう ほくと)さんが教えてくれた。

福井市『鮨処 海月(くらげ)』主人・郷 北斗(ごう ほくと)さん
手ずから汐ウニを出してくれる、店主の郷 北斗さん。
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小ぶりなバフンウニの卵巣を塩漬けにして熟成させる汐ウニといえば、福井名産の珍味である。この店の汐ウニは、信頼する海女さんが獲り、その手で加工したものだ。箸にほんのひとつまみを口に入れるだけで、潮が香る強靱でまろやかな塩味の後から、ハチミツを思わせる衝撃的な甘さが追いかけてくる。

福井市『鮨処 海月(くらげ)』汐ウニ
懇意の海女さんが丹精した汐ウニ。ひとつのウニから作られる汐ウニは、わずか1g程度だという。
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聞けばアワビも、三国町安島の漁師さんと直接の取り引きだという。
2018年に移転。さらに2022年にリニューアルを果たしたカウンター8席のみの店は、福井駅から5分ほどの場所。「できるだけ福井の食材を使おうと思っています。大阪で修業しましたが、やはりこの街が好きですし、福井のみなさんにお世話になって育ちましたので、恩返しのつもりで寿司を握っています」。照れくさそうに微苦笑交じりで話す姿が頼もしい。

福井市『鮨処 海月(くらげ)』カウンター
店はカウンター8席のみ。すぐ向こうにいる郷さんとの話も弾む。
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寿司飯の米は、福井産の「日本晴(にっぽんばれ)」の古米と県内産の別品種をブレンドして使う。酢は小浜の老舗『とば屋酢店』の米酢に県外の赤酢を少しブレンド、塩は越前海岸の『志野製塩所』の薪火で焚きあげる海塩を使うなど、可能な限り県産の食材を使うのである。
「極端な話、仮に明石の鯛が福井の鯛より優れていたとしても、福井にお越しになる方には福井の鯛を召し上がっていただきたいと思うんです。もちろん、福井の鯛には絶対の自信を持っていますが(笑)」。その言葉に、この福井の地で寿司屋を営む郷さんの覚悟が凛々しく滲んでいるように思えた。

福井を強く感じさせる寿司屋

初めに、九頭竜川天然鮎の酢締めを。いま福井で寿司を食べているのだ、という醍醐味を強く感じる。

福井市『鮨処 海月(くらげ)』九頭竜川天然鮎の酢締め
料理は16500円の越山若水コースから。手の込んだ造形をこともなげに握る、繊細な輝きの九頭竜川天然鮎の酢締め。
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真イカには庖丁目を入れて立体的に成形することで、噛んだときにほどける快感と心地よい粘りが生まれ、そこから身に備わる甘みが口中へ広がってゆく。

福井市『鮨処 海月(くらげ)』真イカ
濃やかな庖丁仕事で食感に変化が生まれる、真イカ。
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レンコダイは塩と酢の〆具合が程よく、小浜を代表する味、小鯛の笹漬けを彷彿とさせる、考え抜かれた1カンだ。

福井市『鮨処 海月(くらげ)』レンコダイ
浅い〆具合の身が庖丁目からほどけて旨みを放つ、レンコダイ。
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川の恵み、川エビとゴリの炊合せは、酒を呼ぶつまみとしても優秀。「寿司とアテをとり混ぜて出すのが僕のスタイルです」とも語る。

福井市『鮨処 海月(くらげ)』川エビとゴリの炊合せ
にぎりの合間で舌を変えてくれる、川エビとゴリの炊合せ。
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巻き寿司は、これまた福井で名うての味、坂井『谷口屋』の「竹田の油あげ」を主役に据えた意欲作。「この油揚げをおいしく食べていただきたくて考えた巻き寿司なんです」と福井愛を強調する。

福井市『鮨処 海月(くらげ)』「竹田の油あげ」
「竹田の油あげ」が具の断面の半分近くを占める、太巻き。
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まな板に、ソウダガツオ、ノドグロ、甘鯛、カンパチ、赤ウニと、福井の食材を並べて見せてくれるプレゼンテーション。それぞれの食材について、とれた場所やその土地の特徴をしっかり説明してくれるから、ただ「おいしい!」にのみとどまらない食体験に心が躍る。

福井市『鮨処 海月(くらげ)』
福井の幸と、その質の高さを実感させてくれるプレゼンテーション。
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店主に感じる「福井前」の芽生え

「海月」で寿司を食べ、いちばん強く感じたのは、郷さんが「福井で寿司屋を営む意義と意味」を考え続けているということだ。
独立して12年。温暖化をはじめ、魚介をとりまく環境はかなりの速度で変化している。この時代の中で全国の料理人が、資源としての食材の管理や流通などについて深く考え始めている。
「僕たちのような魚に携わる料理人は、もっといろいろなことを学び、その知識や思いを漁師さんや魚屋さんたちと共有しながら、魚介を起点に福井全体の食のレベルが上げていかなければと思っています」。2024年に北陸新幹線が敦賀まで延伸され、県外・北陸エリア外からのお客が増えたことにも大いに刺激を受けているようである。

福井市『鮨処 海月(くらげ)』主人・郷 北斗さん
寿司職人であった父親のあとを追ってこの道へ入った郷さん。
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郷さんの言葉や行動からは、彼や彼と同様に熱い思いを抱く料理人の輪が、福井で、また各地で拡がりつつあるのだろうと推察できた。寿司には「江戸前」という、それこそ江戸時代からの一大ブランドがある。一方でいま、僕は郷さんの寿司から「福井前」の力強い芽生えを感じることができるし、その成長を確信してもいる。

各地の美食を訪ねる門上武司の旅企画

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writer

門上 武司

kadokamitakeshi

関西の食雑誌「あまから手帖」編集顧問。年間外食350日という生活を30年以上続けるも、いまだ胃袋健在…。ゆえに食の知識の深さはいわずもがな。
食に携わる生産者・流通・料理人・サービス・消費者をつなぎ、発信すべく、日々奔走している。