門上武司の旅vol.13: 地元の幸と旨い肉で最良のひと皿に。岡山市『ラボッカ』

年間1000軒以上外食する、関西を代表するグルマン・門上武司。その食欲は、御年70歳を過ぎてなお旺盛だ。「アレが食べたい」と頭をよぎれば、もう居ても立ってもいられない。日本全国どこへでも、トランクひとつで東奔西走。拠点の関西を飛び出して、各地の美食を訪ねる旅企画「皿までひとっとび」の第13回は、岡山市『ラボッカ』へ。

待ちわびた訪問、即決のメイン

岡山市『イタリア料理ラボッカ』外観
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滋賀・南草津の著名な精肉店『サカエヤ』の代表である新保吉伸さんから「岡山へ行ったら『ラボッカ』に行ってみるといいですよ」と聞いたとき、偶然にも、僕は近々にその店を訪ねる二度目の予定を組んでいた。
ほかの食いしん坊たちからもこの店の噂は耳にしていたから大いに楽しみにしていたのだが、そのときは体調不良で計画は頓挫したのだった。
こうした経緯もあり、今回ようやく店を訪ねることになった僕の期待は膨らむばかりであった。

しっかりした建物の1階。入ると左手にカウンター、奥に中庭のグリーンが鮮やかである。
カウンターに腰を据え、長島弘樹シェフと言葉を交わす。「今日は『サカエヤ』さんから北海道『十勝若牛』のリブロースが入っていますよ」と表情も豊かに。これは自信ありだと直感し、間髪を入れず「お願いします」。
メインはこれで決まり。今回はそこからメニューを決めてゆくことにした。

岡山市『イタリア料理ラボッカ』カウンター
イタリアのトスカーナ州・エミリアロマーナ州・ピエモンテ州の料理店で修業し、帰国後は岡山市内のイタリア料理店で料理長を務めたのち独立した長島シェフ。オープンは2015年。計18席ほどの寛げる空間だ。
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瀬戸内の幸をイタリアの精緻な技で

始まりはハモ。セモリナ粉の衣でフリットにし、そこに千両なすとヨーグルトのソース。衣はとてもきめ細やかで、歯を入れた瞬間に香ばしさを感じるもの。その衣で閉じ込められたハモの、凝縮感のある味わいが素晴らしい。

岡山市『イタリア料理ラボッカ』ハモ
料理は、訪ねた9月のディナーコース8800円(全8品)から。ハモのセモリナ粉のフリット ヨーグルトとハーブのソース。
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ハモを揚げるといえば、夏に割烹などで食べさせてくれる好物のハモフライを思い浮かべてしまう僕だが、印象は大きく異なる。衣にヨーグルトの酸味とパクチーサラダの野趣が絡むことで、ハモの味わいがより豊かになっている。千両なすのふくよかさも素敵。
日本の食材に、イタリア料理の真骨頂の技が凝らされたひと皿だと感じられた。

岡山市『イタリア料理ラボッカ』パスタ
穴子とズッキーニのバジルソース シャラティエッリ。
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続いては、穴子とズッキーニのバジルソース シャラティエッリである。もちもち食感の極太パスタ、シャラティエッリと、そのパスタと同形状に切られたズッキーニの食感違いが面白く、また、柔らかな穴子に清涼なバジルが融和して喉を通るときの、旨みの膨らみも見事である。

岡山市『イタリア料理ラボッカ』火入れ
集中して肉を焼く長島シェフ。
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瀬戸内の食材2種を活かした献立で、僕の食欲と長島シェフの料理への好奇心はますます高揚してゆく。パスタを食べている間にシェフがキッチンでメインの肉を焼く、その匂いに刺激を受けた胃袋も、もっと食べたい、早く食べたいと声をあげている。

豪快、繊細な火入れの凄みに驚嘆

火入れの香りでさんざん魅了された末に、サーブされた十勝若牛。その茶褐色の表面から放たれる芳香と、口に入れた時の「ガリっ」と表現したくなる硬質な歯応えで、さらにテンションが上がる。さらに歯を入れたとたん、凝縮された香ばしさと旨みが解き放たれたように爆ぜる。その衝撃的な体験に、知らず歓声を発していた。

岡山市『イタリア料理ラボッカ』十勝若牛
十勝若牛リブロースのビステッカとルーコラのサラダ(プラス3300円)。通常より若い14カ月齢で食肉にするホルスタインは非常にあっさりしているが、『サカエヤ』独自の熟成により旨みがのる。
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高温で一気に表面を焼き上げ、途中でグリルパンに流れ出る脂は切ってゆく。脂が媒介となって、シェフが考える火入れの温度管理ができなくなることを防ぐのだ。その丁寧かつスピーディな工程あっての、凄みのある焼き色だ。

岡山市『イタリア料理ラボッカ』火入れカット2
グリルパンだけで一気に火を入れるので、焼いている間は焦げているのではと心配になるが、食べればこの肉にベストの火入れだと分かる。
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低温調理や、何度も休ませながら全体にじっくり火を入れてゆくモダンなスタイルとは異なるが、イタリアのビステッカとは、もともとこのような味わいが基本なのだろうと想像がかき立てられる。この肉の付合せとして、ルーコラのサラダをシンプルにとどめ置く潔さも嬉しい。
「地元の食材の活かし方や、『サカエヤ』さんの牛肉のベストな火入れ方法などについて、数軒の仲間と意見交換する場を設けているんです」と長島シェフが話してくれた。そうした交流は、いつか料理のみにとどまらない地域の活性化につながってゆくだろう。
「よき食事の時間を過ごした」。「ラボッカ」をあとにしたとき、その感慨のみで満たされている、幸せな自分を感じることができた。

各地の美食を訪ねる門上武司の旅企画「皿までひとっとび」

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writer

門上 武司

kadokamitakeshi

関西の食雑誌「あまから手帖」編集顧問。年間外食350日という生活を30年以上続けるも、いまだ胃袋健在…。ゆえに食の知識の深さはいわずもがな。
食に携わる生産者・流通・料理人・サービス・消費者をつなぎ、発信すべく、日々奔走している。