門上武司の旅vol.19:トッププロの信頼厚き鮮魚店、静岡『サスエ前田魚店』

年間1000軒以上外食する、関西を代表するグルマン・門上武司。その食欲は、御年70歳を過ぎてなお旺盛だ。「アレが食べたい」と頭をよぎれば、もう居ても立ってもいられない。日本全国どこへでも、トランクひとつで東奔西走。拠点の関西を飛び出して、各地の美食を訪ねる旅企画「皿までひとっとび」の第19回は、静岡・焼津『サスエ前田魚(うお)店』へ。

ロードサイドで60年

『なかむら』に行ってきました。前とは全然違いますね。驚きました」と、我知らず大きな声で『サスエ前田魚店』店主の前田尚毅さんに伝えると、「そうでしょ! トモのこの1年の進化は素晴らしい」と満面の笑みで応えてくれた。『なかむら』店主であり、かつての弟子でもある中村友紀さんを、前田さんは「トモ」と呼ぶのだ。

静岡・焼津『サスエ前田魚店』店主・前田尚毅さん
店は創業60年余、前田さんは1974年生まれの5代目店主だ。
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『サスエ前田魚店』は焼津の鮮魚店である。ロードサイドにあり、一般のお客さんが鮮魚や造り、魚介の加工品を買いにやってくる。このような「ふつうの魚屋さん」のスタイルを長年守りつつも、今、前田さんが“仕立てる”魚には、全国の料理人から引きも切らず「うちでも使いたい」とリクエストが。店は「日本一有名な鮮魚店」の二つ名をほしいままにしているのだ。

静岡・焼津『サスエ前田魚店』看板
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静岡・焼津『サスエ前田魚店』内観
規模が大きく、イケスも備えているが、このロードサイド鮮魚店の何が特別なのかは、注意深く観察しないと分からないだろう。
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前田さんと、新静岡の天ぷら店『成生(なるせ)』の志村剛生さんがタッグを組み、天ぷらの世界に新風を吹き込んだのが2007年のこと。瞬く間に人気店となり、やがて彼らの心意気に呼応する料理人が次々と現れる。フレンチ&イタリアンの安倍川『シンプルズ』、静岡駅近くの『日本料理 FUJI』、西小川『馳走 西健一』、焼津『茶懐石 温石』、同じく焼津の天ぷら『なかむら』という錚々たる実力店の店主6人が前田さんの魚を扱い、情報が各地に広まってゆくことで、全国の食いしん坊が静岡を目指して集まるようになった。その中心にいるのが前田さんというわけだ。

静岡・焼津『サスエ前田魚店』金目鯛
鮮やかな体色、澄んだ目で美味を主張する金目鯛。キンメの干物はこの店定番の人気商品だ。
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13種の氷を使い分ける魚屋

前田さんは熱い人物である。6人の料理人の活躍もあって全国的な注目を集めていても「門上さん、今のレベルはまだまだと思っています。もっと勉強して高みにもっていきますから、楽しみにしててください」と真剣に語ってくれる姿には、こちらも胸を打たれる。

静岡・焼津『サスエ前田魚店』魚の身の掃除
締め方、さかのぼれば獲れた漁船での魚の保存方法にまでコミットする前田さんの仕事は、店で身の掃除を行う以前に、大方完了している。
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「料理は、魚が針にかかった瞬間から始まる」と考える前田さん。
彼の“仕立て”た魚に施す仕事はあまりにも多岐にわたり、とてもここに挙げきれるものではないが、そのごくごく一端に触れるならば、彼は現在、なんと13種類の氷を作り、目的ごとに使い分けているという。 氷を使うのは、温度上昇で魚の細胞膜が壊れ、水分が抜けるのを防ぐため。その氷は魚の種類、その日の水温、魚の体温などに応じて変えなければならない。溶けにくい氷からシャーベット状の氷まで、13種類必要だというのだ。

魚屋が寿司を作るなら…

話を聞きながら、店で売られているばらちらしと握り寿司を購入した。実は『なかむら』の報告と併せ、ここの寿司を食べたくて前田さんを訪ねたのだった。
「ばらちらしは、ご飯とネタが一緒になって胃袋に収まってゆくもの。例えば、天丼やパエリアと共通するイメージで作っています」とのこと。中トロ、笛吹鯛、金時鯛、しめ鯖、アジ、イクラ、卵などが折箱にみっちりと詰まって、きらびやかに食欲を刺激する。

静岡・焼津『サスエ前田魚店』ばらちらし寿司
ばらちらし寿司は、このみっちり具合で2500円と、本当に魚屋価格。
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ネタごとに味わいは異なるが、受け取る感動は同じ。魚の個性を見極め、ベストの状態で食べ手に届けるために、前田さんは最大限の仕事を尽くしている。同時に、ちらし寿司としての全体のバランスにも留意を怠らない。そのことが、無言のうちに伝わってくるのだ。この人は、いったいどれだけ魚のことを知っているのだろう。

どこから食べても感動は同じなのだが、魚種を跨げば味わいは少しずつ変わってゆく。これは全体のバランス、そしてそれぞれの魚の個性を見極めている前田さんならではの仕事だと思ってしまう。

かたやのにぎり寿司は、活け締めの金時鯛に、ミナミマグロ赤身とそのヅケ、カマトロ、活けアジ、しめ鯖に鯛など10種を擁し、このクオリティで2300円とは。ばらちらしでお腹はけっこう膨れていたが、ペロリと平らげてしまった。

静岡・焼津『サスエ前田魚店』にぎり寿司
よけいなドリップの浮きなど微塵も見せないにぎり寿司。
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先に述べた6人の腕きき料理人が、前田さんの魚を得て繰り出すハイエンドの料理は、それは素晴らしいものだろう。だが、鮮魚店が作る寿司ならこれくらいでなければ、という前田さんの矜持は、食べ手を豊かな気持ちにさせてくれるという点で、シェフたちの料理に優るとも劣らない。そう感じさせてくれるのだ。

富士山
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各地の美食を訪ねる
門上武司の旅企画「皿までひとっとび」

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writer

門上 武司

kadokamitakeshi

関西の食雑誌「あまから手帖」編集顧問。年間外食350日という生活を30年以上続けるも、いまだ胃袋健在…。ゆえに食の知識の深さはいわずもがな。
食に携わる生産者・流通・料理人・サービス・消費者をつなぎ、発信すべく、日々奔走している。