『山ばな 平八茶屋』文豪や美食家が愛した、京都・山紫水明の地に佇む料亭

鯖街道の呼び名で親しまれている若狭街道沿いの茶屋として安土桃山時代に創業。京都御所からちょうど一里(約4km)の距離にある山端で、旅人はお茶を飲み、名物の麦飯とろろ汁をかき込んで精をつけ、旅路を急いだのだとか。代々の主人は、明治の文豪・夏目漱石、美食家として知られた北大路魯山人とも交流。時の粋人たちが愛した風格漂う佇まいを今に伝えています。

鯖街道沿いで京都屈指の歴史を誇る

京都『山ばな 平八茶屋』庭
庭園は夜はライトアップされる。流れる水の音で涼やかな心地に。
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御食国(みけつくに)として都の食文化を支えた若狭と京都を結び、海産物や塩を運ぶ重要なルートだった若狭街道沿いで創業。初代の名が平八だったため、“平八のお茶屋さん”の名が浸透し、そのまま屋号になったそうです。昭和半ばに山口県萩市の禅寺から譲り受けた騎牛門(きぎゅうもん)をくぐると、目の前には約600坪の広さを誇る庭園が広がります。

春は桜やツツジ、秋には紅葉、四季折々の表情が楽しめる庭には、邸内に湧く井戸水が流れています。そんな風流な庭を囲むように、高野川が一望できる大広間や宿泊もできる客室が並んでいます。夏目漱石の「虞美人草」や「門」には店名が登場しており、魯山人が愛した数奇屋造の個室で食事を楽しむことも可能です。

庭の一隅にはユニークな施設もあります。現代では滅多にお目にかかれない“かま風呂”です。これはいわば“日本古式の蒸し風呂(和風サウナ)”で、大きなかまくら型の竈の中は55~60度に保たれていて、程よい湿気が満ちる内部にはむしろが敷かれています。そこに陶器の枕を持って入り、静かに横になると自然に汗が出てきます。

「二日酔いや神経痛、肩こりなどに効能があると言われています。お食事と共に楽しんでいただきたい、当家の名物です」と、21代目当主の園部晋吾さんは話します。

京都『山ばな 平八茶屋』かま風呂
宿泊せずとも利用できるかま風呂は、壬申の乱で傷を負った大海人皇子(後の天武天皇)が八瀬に逃げ隠れた際、村人が土のムロを造り、温め治療を施したのが始まりと言われる。お食事、または、ご宿泊のお客様のみ別途料金で入浴できる。一人2200円、要予約。※サービス料別
京都『山ばな 平八茶屋』座敷
障子を取り払い、開放感あふれる空間になった大広間から、魯山人が好んだ「奥の間」まで、様々なタイプの座敷がある。
京都『山ばな 平八茶屋』騎牛門
『山ばな 平八茶屋』が創業した頃に造営されたと推測される、シンボル的存在の騎牛門。昭和27年の移築以降、何度も修理を重ねてきたが老朽化が進んだため、令和3年から4年にかけて大改修を実施。屋根を杉皮から銅板に葺き替えた。
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“ぐじ”と麦飯とろろ汁、昔ながらの2大名物を

京都の日本料理には欠かせない“ぐじ”(日本海揚がりの赤甘鯛)と、麦飯とろろ汁が『山ばな 平八茶屋』の2大名物。これらが一度に味わえるコース料理がおすすめの「若狭懐石」です。珍味で幕を開ける「若狭懐石」は8品のお料理に麦飯とろろ汁と水物がつきます。

「身がやわらかく、ぐじぐじしていることからその名で呼ばれるようになったと言われるほど、ぐじは水分が多く、クセも少しあるので、そのまま食べてもおいしいとは言い難い。そんな身に塩を当てると、余分な水分は抜け、もっちりとした食感に変化します。塩の効果でタンパク質がアミノ酸に変わるからなのですが、ただその塩加減が実に難しい。職人さんの腕の見せどころなんです」。

名物のぐじ料理は若狭焼。ウロコをつけたまま、遠火でじっくりと火を入れて、うろこを逆立てないように焼き上げます。キツネ色になるまで焼いたウロコはサクサク。脂の乗った身と相まって箸を進ませます。

京都『山ばな 平八茶屋』八寸
「若狭懐石」16500円より。夏の八寸。右上から時計回りに、鱧寿司と酢取りミョウガ、万願寺トウガラシの焼きびたし、鱧の子寄せ、白ズイキの胡麻かけ。中央はミニトマトをだしで煮てほおずきに見立てたもの。
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京都『山ばな 平八茶屋』若狭焼
ウロコをつけたまま火入れする、ぐじの若狭焼。ぐじの身には塩を当て、1日以上寝かせてから焼いている。
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コースの最後に提供されるのが、創業時から受け継ぐ麦飯とろろ汁。保存性が高いつくね芋は、昔から滋養食材として珍重されてきました。なかでも丹波産のつくね芋は色が白くてキメが細かく、京菓子の材料としても重宝されています。

京都『山ばな 平八茶屋』麦飯とろろ汁
のど越しがよく、サラサラッと食べられる麦飯とろろ汁。消化が良く滋養豊富で、「旅人にとっては理想的な食事であることが後々わかりました」と園部さん。
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つくね芋は丁寧にすりおろしたあと、直径50cmもある大すり鉢でのばしていきます。北海道礼文島の香深浜で採れた天然利尻昆布と、鹿児島県枕崎産の本枯節カツオ節で仕込む秘伝のだしを混ぜながら、ゆっくり伸ばします。なめらかに、粘りが出てきたところに加えるのが隠し味の白味噌。まろやかな風味が楽しめます。

「創業の頃、白米は年貢として納められていて庶民の口には入らなかったので、当家では栄養価の高い麦飯にすりおろした山芋を掛けてお出ししていました。今は、大粒の岡山県産の朝日米に麦を混ぜています」。

栄養価が高く、吸収が良い麦飯とろろ汁。大原名物で京都三大漬物にも数えられる発酵食品、生しば漬けも添えられます。一緒に味わうと互いを引き立て合う、良き相棒です。

「400年以上にわたって店を続けて来られたのは、変わらないようでいて、実はいろいろ変えているから。時代と共に人の嗜好は変わるし、気候が変われば食材の味も変わるのだから、変えて当然。例えば、だしの取り方を数値化する、座敷はすべてテーブル席にする。けれども守るべきものは守る。この見極めが大事なのだと思っています」。

京都『山ばな 平八茶屋』騎牛門裏
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