付出しから酔わせる、神戸・三宮の小さな和食店『きね本』
バリュアブルすぎる木箱の付出し
神戸は三宮駅の北側。生田新道と山手幹線の間にひしめく雑居ビルの中の一つ、リバーアップビルに『きね本』はある。夜風に吹かれながら、らせん階段をトントンと上がって3階へ。ちょっとレトロなアプローチがいかにも隠れ家的だ。
7席のカウンターに4席のテーブル席が一つ。小体な和食店には、旨そうなだしの香りが満ちている。 カウンターの端に腰を落ち着け、まずは瓶ビールを。ほどなくして、付出しが木箱で登場。その充実ぶりに、連れが目をまん丸くしている。「これだけで日本酒1合は飲めそうやね」。そうそう。それゆえ、品書きを眺めつつ、今夜の献立をゆっくりと組み立てられるのがいい。
私的2025年付出しアワードを選ぶなら、『きね本』の木箱入りで決まりだ。これだけ手間暇かけた6品のお値段、なんと700円。とんでもなくバリュアブルなのだ。
この夜は、タラ白子のキノコクリームが「日本酒と合いますよ~」と手招きするので、早々にまず1合。店主の倉本琢也さんにお任せすると、福岡の地酒「杜(もり)の蔵」が出てきた。穏やかな香りで、バランスがよく、1杯目にはお誂え向きの佳きセレクトだった。
牡蛎クリーム春巻にきんぴらゴボウ!?
健啖家の連れと品書きを吟味し、お造りは盛合せを。朱色の丸印が「本日のおすすめ」を教えてくれ、“燻製香る”ポテサラと、砂越(さごし)カキのクリーム春巻も。砂越は兵庫の牡蛎の名産地だ。自家製ホワイトソースとの相性は言わずもがなだが、意外だったのは、きんぴら風のゴボウとの取合せ。これが驚くほど相性抜群で、気分も、地酒のピッチも爆上げだった。
穏やかで、朴訥な倉本さんは、神戸出身の39歳。地元の料亭で8年半みっちりと会席料理を学んだ人だ。その覚えありの腕が、煮物の塩梅やお造りの庖丁仕事に生きている。高知に本店のあるカジュアル割烹『座屋(いざりや)』の神戸店では料理長も経験。イタリアンや居酒屋にも務めて料理の幅を広げ、独立の準備を始めたのは、折しもコロナ禍の中だった。
「一人でもやれる小さな店を」と現実的な選択をし、2022年、『きね本』を開店。「肩肘張らずに飲んで食べて。居酒屋みたいに楽しんでもらえたら」。控えめな口調に誠実さがにじむ。
焼物の項の朱の丸印は、サワラ。サラマンダーという焼き台で、15分かけてじっくりと焼き上げていく。それもそのはず、この立派さ! 分厚い切り身が、板皿で堂々たるブリッジを見せる。皮目に箸を入れると、ガシュッと脂が弾ける音。噛めば、閉じ込められた旨みが口中にほとばしる。
頃合いの日本酒と、締めおでん
予想の右斜め上をいく和食の一品に、実は、この夜、結構な盃を重ねてしまった。
倉本さんは日本酒党で、「強くはないんですけどね…」と言いながら、頃合いの銘柄をさりげなく勧めてくれる。奈良「篠峯」に静岡「志太泉(しだいずみ)」、岐阜「房島屋(ぼうじまや)」と、燗上がりする旨口の酒が次々出てきて、すっかり上機嫌に。
この日の白眉は、愛媛の「石鎚(いしづち)」。安定感抜群の食中酒、スタンダードの緑ラベルだ。純米吟醸らしい穏やかな香りと美しい酸。凛とした旨みがぬる燗に映えて、あともう一品!と胃が開き、おでん8種盛で締めることに。
焼きアゴと昆布のだしで、まずは牛スジをじっくりと煮る。鶏と魚介のだしも合わせ、明石ダコを炊いたら、そのすべての旨みをジャガイモや大根に吸わせるように煮込んで、寝かせること1日。何層にも重ねた旨みが、大根の芯まで染みている。意外や、玉子が半熟なのも、ニクイではないか!
おでん盛合せは、3月上旬くらいまでの提供だそう。その後は、季節の一品が充実し、締めは土鍋ご飯や稲庭うどんがオンメニューするとか。
しかし、この夜はよく飲み、よく食べた。付出しからの4品とおでん盛合せを連れとシェアし、ちょっと記憶があやしいが、おそらく日本酒は3合ずつ。お会計をすれば1人8000円でお釣りが来た! 聞けばコースを予約しても6600円~だという。ちなみに日本酒は90㎖のグラスが450円から。なるほど、多少盃を重ねすぎても安心なワケだ。
data
- 店名
- きね本
- 住所
- 兵庫県神戸市中央区中山手通1-9-6 リバーアップビル3階
- 電話番号
- 078-381-8104
- 営業時間
- 17:00〜22:00LO
- 定休日
- 不定休
- 交通
- 各線三宮駅から徒歩6分
- 席数
- カウンター7席、テーブル4席
- メニュー
- お造り1人前1650円前後、燻製香るポテトサラダ660円、豚角煮1540円。コース6600円~。瓶ビール中750円。
- 外国語メニュー
- なし
- https://www.instagram.com/kine.moto/
writer

中本 由美子
nakamoto yumiko
青山学院大学を卒業し、料理と食の本を手掛ける東京の「旭屋出版」に入社。4年在籍した後、「あまから手帖」に憧れて関西へ。編集者として勤務し、フリーランスを経て、2010年から12年間、編集長を務める。21年、和食専門ウェブ・マガジン「和食の扉〜WA・TO・BI」を立ち上げ、25年に独立。フリーの食の編集者&記者に。産経新聞の夕刊にて「気さくな和食といいお酒」を連載中。
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