付出しから酔わせる、神戸・三宮の小さな和食店『きね本』

神戸・三宮の雑居ビルにひそりと暖簾を掲げる、小さな和食店『きね本』。品書きの赤丸印を頼りに、お造り、ポテサラ、焼物…と6品ほど。頃合いが揃う日本酒を3合飲んでも、お会計は8000円弱の巻。木箱に小鉢がぎっしり詰まった付出しだけで、1合は飲めますぞ。

バリュアブルすぎる木箱の付出し

神戸は三宮駅の北側。生田新道と山手幹線の間にひしめく雑居ビルの中の一つ、リバーアップビルに『きね本』はある。夜風に吹かれながら、らせん階段をトントンと上がって3階へ。ちょっとレトロなアプローチがいかにも隠れ家的だ。

神戸・三宮「きね本」店内
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7席のカウンターに4席のテーブル席が一つ。小体な和食店には、旨そうなだしの香りが満ちている。 カウンターの端に腰を落ち着け、まずは瓶ビールを。ほどなくして、付出しが木箱で登場。その充実ぶりに、連れが目をまん丸くしている。「これだけで日本酒1合は飲めそうやね」。そうそう。それゆえ、品書きを眺めつつ、今夜の献立をゆっくりと組み立てられるのがいい。

三宮「きね本」の付き出し
右手前から時計回りに、海老芋唐揚げカニ身あん、ミカンのコンポート、鉄火巻、タラ白子のキノコクリームソース、水菜と薄揚げ、牛カッパのお浸し。京野菜の炊合せは、堀川ゴボウ、聖護院カブラ、金時ニンジン、京しろ菜。酒器は、倉本さんの同級生のガラス作家・藤原三和子さん作。
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私的2025年付出しアワードを選ぶなら、『きね本』の木箱入りで決まりだ。これだけ手間暇かけた6品のお値段、なんと700円。とんでもなくバリュアブルなのだ。

この夜は、タラ白子のキノコクリームが「日本酒と合いますよ~」と手招きするので、早々にまず1合。店主の倉本琢也さんにお任せすると、福岡の地酒「杜(もり)の蔵」が出てきた。穏やかな香りで、バランスがよく、1杯目にはお誂え向きの佳きセレクトだった。

牡蛎クリーム春巻にきんぴらゴボウ!?

健啖家の連れと品書きを吟味し、お造りは盛合せを。朱色の丸印が「本日のおすすめ」を教えてくれ、“燻製香る”ポテサラと、砂越(さごし)カキのクリーム春巻も。砂越は兵庫の牡蛎の名産地だ。自家製ホワイトソースとの相性は言わずもがなだが、意外だったのは、きんぴら風のゴボウとの取合せ。これが驚くほど相性抜群で、気分も、地酒のピッチも爆上げだった。

三宮「きね本」の砂越カキのクリーム春巻
砂越カキのクリーム春巻2本1650円。
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穏やかで、朴訥な倉本さんは、神戸出身の39歳。地元の料亭で8年半みっちりと会席料理を学んだ人だ。その覚えありの腕が、煮物の塩梅やお造りの庖丁仕事に生きている。高知に本店のあるカジュアル割烹『座屋(いざりや)』の神戸店では料理長も経験。イタリアンや居酒屋にも務めて料理の幅を広げ、独立の準備を始めたのは、折しもコロナ禍の中だった。

「一人でもやれる小さな店を」と現実的な選択をし、2022年、『きね本』を開店。「肩肘張らずに飲んで食べて。居酒屋みたいに楽しんでもらえたら」。控えめな口調に誠実さがにじむ。

「きね本」店主の倉本琢也さん
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焼物の項の朱の丸印は、サワラ。サラマンダーという焼き台で、15分かけてじっくりと焼き上げていく。それもそのはず、この立派さ! 分厚い切り身が、板皿で堂々たるブリッジを見せる。皮目に箸を入れると、ガシュッと脂が弾ける音。噛めば、閉じ込められた旨みが口中にほとばしる。

「きね本」のサワラの塩焼き
淡路産サワラの塩焼き1650円。2人で充分満足な食べ応えだ。
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頃合いの日本酒と、締めおでん

予想の右斜め上をいく和食の一品に、実は、この夜、結構な盃を重ねてしまった。
倉本さんは日本酒党で、「強くはないんですけどね…」と言いながら、頃合いの銘柄をさりげなく勧めてくれる。奈良「篠峯」に静岡「志太泉(しだいずみ)」、岐阜「房島屋(ぼうじまや)」と、燗上がりする旨口の酒が次々出てきて、すっかり上機嫌に。

「石鎚」純米吟醸
愛媛県『石鎚酒造』の蔵元がイチオシとHPにも記する「石鎚 純米吟醸 緑ラベル」。1合1200円。
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この日の白眉は、愛媛の「石鎚(いしづち)」。安定感抜群の食中酒、スタンダードの緑ラベルだ。純米吟醸らしい穏やかな香りと美しい酸。凛とした旨みがぬる燗に映えて、あともう一品!と胃が開き、おでん8種盛で締めることに。

焼きアゴと昆布のだしで、まずは牛スジをじっくりと煮る。鶏と魚介のだしも合わせ、明石ダコを炊いたら、そのすべての旨みをジャガイモや大根に吸わせるように煮込んで、寝かせること1日。何層にも重ねた旨みが、大根の芯まで染みている。意外や、玉子が半熟なのも、ニクイではないか!

「きね本」のおでん盛合せ
おでん盛合せ1320円は、玉子、コンニャク、じゃがいも、ちくわ、大根、明石ダコに牛スジ、絹厚揚げの8種盛。
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おでん盛合せは、3月上旬くらいまでの提供だそう。その後は、季節の一品が充実し、締めは土鍋ご飯や稲庭うどんがオンメニューするとか。

しかし、この夜はよく飲み、よく食べた。付出しからの4品とおでん盛合せを連れとシェアし、ちょっと記憶があやしいが、おそらく日本酒は3合ずつ。お会計をすれば1人8000円でお釣りが来た! 聞けばコースを予約しても6600円~だという。ちなみに日本酒は90㎖のグラスが450円から。なるほど、多少盃を重ねすぎても安心なワケだ。

writer

中本 由美子

nakamoto yumiko

青山学院大学を卒業し、料理と食の本を手掛ける東京の「旭屋出版」に入社。4年在籍した後、「あまから手帖」に憧れて関西へ。編集者として勤務し、フリーランスを経て、2010年から12年間、編集長を務める。21年、和食専門ウェブ・マガジン「和食の扉〜WA・TO・BI」を立ち上げ、25年に独立。フリーの食の編集者&記者に。産経新聞の夕刊にて「気さくな和食といいお酒」を連載中。