会心のビアンコ──神戸『リストランテ ハナタニ』の「白いサラダ」

主役はカブ。イカを添え、味付けは塩とオリーブ油のみ。神戸・三宮の『リストランテ ハナタニ』の10月のコースは、ビアンコ(白)なワンデッシュで幕を開けます。シンプルすぎて、はて、どんな味なのか? 逆に想像が付かないという不思議。「“引く”ことで、意外な野菜の美しさを表現したい」。50歳になったばかりの花谷和宏シェフが放つ“会心の一撃”です。

主役はカブで、イカは調味料⁉

「白いサラダ」の要素は、カブとイカと、塩とオリーブ油。それだけだ。全体を混ぜ合せて一口。千切りのカブのシャキシャキに目を瞠(みは)った次の瞬間、イカのねっとり感とあいまって、はかなく口の中で何かが溶けた。

カブのゼリーです。スロージューサーにかけて繊維を取り除き、ジュースだけを抽出しました。昆布だしと合わせて、塩味を少し付けて固めています。ほんのり甘いカブの風味を感じていただけたらと思って。イカと同じ形に切り出したのは、僕の遊び心。千切りの方は、水に浸して減圧調理器にかけました。透明感が増して、よりシャキッと仕上がるんですよ。

カブのゼリーとイカ
左がカブのぜりー。右がイカ。透明感に違いがあるが、一瞬、どっちがイカ?となるほど似せているのが面白い。
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まずイカを盛って天日塩を振り、オリーブ油をかけてカブのゼリーを重ねる。千切りのカブをこんもりとのせ、粒感のある天日塩をかけたら完成というシンプルさ。
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千切りのカブが放つのは、青さと甘さだ。カチッと歯に塩が当たる。噛めば、驚くほどの力強い旨み。イカが纏(まと)うオリーブ油の風味が、一皿に抑揚を生む。ソースもドレッシングもないサラダだが、物足りなさはみじんもない。「長く咀嚼して、口の中で完成する料理です」という花谷和宏シェフの勧めに従って噛み続けると、淡さの中から素材感が際立ってくる。五感が研ぎ澄まされていくような不思議な感覚だ。

主役はカブで、イカは調味料の立ち位置です(笑)。僕はイカがすごく好きなんですよ。野菜の素材感を立たせながら、旨みも感じさせて、独特のねばりでつなぎ役にもなってくれます。天日塩は2種類使っていて、イカには馴染むような粒子の細かい塩。千切りカブの上からは粒感のある塩をかけています。淡路島の『塩職人ヤマシタ』に出合って、塩を調味料ではなく、食材として捉えるようになりました。白一色の美しさがいいでしょう。自信作なので、10月はコースの最初にお出ししています。カブの甘みが増す1月にもコースに組み込む予定です。

『塩職人ヤマシタ』の天日塩
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テクノロジーを、ひとりの相棒として

「リストランテ ハナタニ」内観
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『リストランテ ハナタニ』は、2024年にカウンターを一新。食器も新調し、新たなフェーズに入った。オステリアとして2011年にオープンし、16年にリストランテに。36歳で独立した花谷シェフは、50歳になった。HPにこんなフレーズがある。“テクノロジーも、ひとりの相棒として”。実は23年、厨房を大改修し、様々な機器を導入。花谷シェフは約1年間、ワンオペの調理に挑んだ。その英断が、このワンデッシュを生んだという。

人を育てるのは大切なこと。そう思って、10年以上走ってきました。リストランテというジャンルに縛られて、手数の多い料理をお出ししていたのですが…。年齢を重ねる中で、味を重ねることに魅力を感じなくなって。「引いていこう」と思ったんです。でも、シンプルな料理は、切り方や塩の加減、火入れなど、一つ違えばまったく別物になってしまう。その微妙な感覚をスタッフと共有し、明確に指示を出すのは難しいんです。一人でやるからこそ、挑める境地がある。そのために、テクノロジーを相棒にしようと考えました。

『リストランテ ハナタニ』の「白いサラダ」
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「白いサラダ」はまさに引き算のワンデッシュだ。2つの素材それぞれに、テクノロジーの力を借りて最適な調理を施している。その結果、際立ったのは素材感。カブとイカの相性のよさ、食感の心地よさ。静止画のような美しさの中に、花谷シェフの熱量がたぎっている。

現代は、旨みが溢れているでしょう。濃い味が横行しすぎていますよね。僕は逆張りのクセがあるので(笑)、今こそ野菜や!と思ったんです。例えば、オクラの断面や冬瓜の透明感。野菜ってキレイじゃないですか。その素材感を表現したい。料理はおいしいだけじゃなく美しくないと、というのが僕の考え。その上で、お客様の期待をいい意味で裏切りたい。食材の掛合せで想像以上の味わいを生み出したいと思っています。

神戸・ハンター坂『リストランテ ハナタニ』
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50歳からは、より自由に、奔放に!

『リストランテ ハナタニ』には、昼夜共に3つのコースがある。メインの肉料理が違うだけで、その他は同じ。これほどシンプルなワンデッシュから始まるコースは、その後、どう展開していくのだろう。

2皿目は、岐阜『BON DABON』のペルシュウ(生ハム)の“定食”です。ご飯を添え、鳥取の地酒「久米桜(くめざくら)」を小さなグラスでお出しします。冬瓜とサワラで池を描いた一品、ポルチーニのリゾットと続き、ウサギと銀杏、ミモレットの手延べパスタへ。マシンを使わないので、めっちゃ手間がかかるんですけど、小さな起泡が入ることで心地よい歯切れが生まれます。肉料理の後は、今月から始めたパフェ。栗で仕立てています。

面白い! 説明を聞いているだけで心が躍るようだが、日本酒党としては気になるのが「久米桜」。酵母を使わず醸すインディーズな酒だ。ナチュラルワインを思わせる軽快さと、虚を突くような酸。まさかイタリアンで、この酒に出合うなんて。穏やかな風貌や語り口とは裏腹に、花谷シェフは大胆で奔放な人だ。

「リストランテ ハナタニ」オーナーシェフ・花谷和宏さん
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え? そうですか?(笑) あまりにおいしかったので、お客さんにぜひ知ってもらいたかったんですよ。11月に「久米桜」とのコラボディナーも開催します。杜氏の三輪智成さんは型にはまらない面白い人で。僕の周りにはそういう方が集まってくるんですよ(笑)。最近よく思うんですが、オステリアをやっていた頃の方が、僕の料理は個性的だった。テクニックが身について、遊び心がなくなってしまったのかも。これからは枠に縛られず、もっと自由に弾けますよ!

リストランテに転向したのも、「しっくりくるものが変わってきたので」カウンターや食器を一新したのも、ワンオペに挑戦したのも40代。蒔いた種は、これからきっと開花する。「50歳になるのが楽しみやったんですよ!」。花谷シェフは会心の笑顔を見せた。

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writer

中本 由美子

nakamoto yumiko

青山学院大学を卒業し、料理と食の本を手掛ける東京の「旭屋出版」に入社。4年在籍した後、「あまから手帖」に憧れて関西へ。編集者として勤務し、フリーランスを経て、2010年から12年間、編集長を務める。21年、和食専門ウェブ・マガジン「和食の扉〜WA・TO・BI」を立ち上げ、25年に独立。フリーの食の編集者&記者に。産経新聞の夕刊にて「気さくな和食といいお酒」を連載中。