神戸『えみり堂』の野球カステラ【シェアしたい和菓子②】

みんなで同じものを平等に分け合い楽しむことができる手土産も、もちろん良いけれど、みんな違って、みんなで楽しめる手土産というのも素敵だと思う。

神戸の下町には、子どもたちが「取り合い」をするほど愛されてきた和菓子がある。

今回は兵庫県神戸市兵庫区、神戸高速鉄道大開駅から程近い、手焼き煎餅店『えみり堂』の「野球カステラ」を紹介したい。

袋を開ける前から始まる楽しみ

えみり堂「野球カステラ」
野球カステラ 1袋350円。
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透明な袋に詰められた12個の一口カステラ。
バット、ボール、グローブ、帽子、審判のインジケーター、キャッチャーマスク、キャッチャーミット、——野球にまつわる7種類のアイテムが、ふっくらとしたフォルムで行儀良く並んでいる。

手焼き煎餅職人の店主・絵三子さんと姉の眞由美さんの思い出のおやつでもある。

袋詰めを担当するのは、姉の眞由美さん。
まず下半分に7種すべてを1個ずつ、残りの5個はバランスを見ながらランダムに詰める。「子どもの頃は量り売りで、アイテムに偏りがあったんです。全種類揃ってたらいいのにって思ってたから」。自分がかつて抱いた想いも、袋に詰めている。

えみり堂「野球カステラ」手持ち
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袋を開けると、ふわんと広がるハチミツの香り。
兵庫県産小麦粉をはじめ、できるだけ国産の材料を使い、全て手作業で焼き上げる。いい意味でリッチ過ぎない、もう一つ、また一つと手が伸びる飽きのこない味わいは、普段着のおやつにぴったりだ。

ノールックで口に放り込むのではなく、とにかく見倒してから食べる。
攻守でアイテムを揃えて取り合うのも面白い。

食べもので遊ぶのはダメと分かっていても、抗うのが難しいくらい楽しいおやつだ。

えみり堂「野球カステラ」
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取り合えるほど仲良しな人と、分け合いたい

絵三子さん自身、「知らない人がいることを知らなかった」ほど、当たり前の存在だったという野球カステラは、神戸のなかでも兵庫区、長田区、中央区あたりに局地的に根付く下町文化だそうだ。
ずっと通っていた東山商店街の手焼き煎餅の老舗・楠堂がなくなると知り、「この町から身近なおやつがなくなるのは嫌だ」と職人の道へ。

修行先の『手焼き煎餅おおたに』とは焼き型のサイズも違う上、子どもの頃から親しんできた思い出の味もある。自分の店で出す野球カステラはレシピを一から見直したが、受け継いだ昭和の雰囲気は残したかったという。だからだろうか、絵三子さんの野球カステラは、「昔よく食べた、好きだった味に似ている」と言われることも多い。

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店を始めると、それぞれに野球カステラや手焼き煎餅の思い出を持つ客が訪れるようになった。

「私たち姉妹も取り合いながら食べていましたが、お客さんの中には『バットしか食べなかった』という人や、『バリ』と呼ばれるはみ出た生地を落とすのが子どもの頃のお手伝いだったという元手焼き煎餅職人さんも。私たちが知らなかったお店のことや、お話を聞かせてもらって、それを私たちもお客さんに知ってもらいたくてお話ししています」と、笑三子さん。。

下校中の子どもたちが「めっちゃいい匂いする〜」と鼻をヒクつかせ、「ちょっとおいで」と手招きする光景は、まさに昭和だ。

この和菓子は「シェア=分け合う」というより「取り合う」方が似合うのかもしれない。
しかし、下町の記憶とともに、次の世代へと「シェアしたい=伝えたい」和菓子には違いない。

えみり堂「野球カステラ」
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writer

かがたにのりこ

kagataninoriko

月に2度、あんこを炊くあんこ熱愛ライター。各種媒体での和菓子に関するインタビュー記事やコラムを執筆。ライティングの他にも、あんこの食べ比べワークショップや、和菓子イベントのコーディネート、商品プロデュースなど活動は多岐にわたる。