レトロな新梅田食道街も愉しい、70年以上続く鴨の炭火焼き鳥をめがけて。大阪『とり平 総本店』

戦後復興の熱気が残る新梅田食道街で、1952年から3代にわたり暖簾を掲げる『とり平 総本店』。物資の少ない時代に、あえて高級食材・合鴨を看板に据えた先見性は今もなお健在。熟練の技術で焼き上げる串は、早い、安い、旨いの三拍子。駅改札もスグゆえに、仕事帰りの一杯や飲み会帰りの口直し、2軒目・3軒目に最適だ。

鴨の焼き鳥という挑戦

JRの高架下に飲食店が連なり、多くの人が行き交う「新梅田食道街」。戦後の復興が急ピッチで進む1950(昭和25)年にわずか18店舗から始まったという、ハシゴ酒の聖地だ。小さな道に店が並ぶ様子から“食堂”ならぬ“食道”と名づけたアイディアに、関西人のユーモアが垣間見える。

大阪・梅田『とり平 総本店』入口
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そんな高架下の横丁の誕生からわずか2年後に創業した炭火焼き鳥専門店が『とり平 総本店』。
まだ物資の少なかった時代に、初代が河内発祥と言われていた高級食材の合鴨に目をつけ、鴨を中心とした焼き鳥を提供。当時は焼きスズメやニワトリが一般的だったというから、さぞかし斬新だっただろう。

そうした経緯から、今なお着席すると“突き出し”として出てくるのが、看板である鴨モモ肉と皮のタレ焼き。鴨らしい力強い旨みと弾むような歯触り、ほとばしる肉汁。そこに絡む、継ぎ足しのタレの旨さに誰もが唸る。

大阪・梅田『とり平 総本店』焼鳥
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大阪・梅田『とり平 総本店』お通し
口直しの大根おろし、お好みでつけるカットレモンと辛子がまずは登場。そしてすぐに鴨もも肉と皮の突き出しがサーヴされる。角ハイボール660円。
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近火の強火が美味を生む

おいしさの理由は、炭台が満杯になるまで炭を詰め、近火の強火によって熱を逃さずに串をさっと焼き上げる熟練の技術。
火が入りやすく、さらにあれこれ食べられるように串は小さめ。女性にとってもありがたい。

一般的には1皿2串が標準だが、1串ずつ違うものをいろいろ食べたいならば、ぜひ「おまかせ」を注文するべし。
鮮度抜群の心臓と肝にはじまり、ミンチと野菜を組み合わせた串などを1串ずつ出してくれて、途中で「もう少し食べられますか?ストップしますか?」と聞いてくれる。

大阪・梅田『とり平 総本店』タレ
創業以来継ぎ足して作る秘伝のタレも美味の理由。
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大阪・梅田『とり平 総本店』「おまかせ」メニュー
「おまかせ」より、鶏の肝と心臓(写真上)。鶏ミンチを詰めたピーマンとミニトマト、大葉を練りこんだ鶏ミンチのつくねは塩焼きで(写真下)。普段は焼き上がる度に提供してくれる。「おまかせ」はだいたい12本で2800円が目安。
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笑いと粋が宿る、メニュー名にも注目

壁に掲げられたメニュー表にも注目を。リズミカルな謎のネーミングは初代が「お客さんと会話が生まれるように」と考案したもの。
例えば「ネオ・ドンドン」は心臓、「ネオ・ボンボン」はボンジリ、「ネオ・ピンピン」は背肝、「ネオ・ゴールドダイヤ」は玉ひも、「ネオ・ネオホルモン」は鴨の腹の皮。
聞くまでは想像もつかないのに、そう説明を受けるとなんとなくイメージがつくから思わず笑ってしまう。カウンター越しにある、70年以上続く関西人のツカミの遊び心に心をつかまれる。

大衆焼き鳥では珍しい鴨メニューは、先の突き出しや「ネオ・ネオホルモン」「砂ずり」「合鴨ロース」「合鴨もも焼き」が。
古くは太閤秀吉が飼育を奨励し、大阪城東部から河内、松原一帯にかけて盛んになった大阪産合鴨のエピソードを含め、店の歴史やメニュー名のネタ、そして早い・安い・旨いの三拍子が揃うため、他府県から訪れるお客さんを案内するのもお勧めだ。

「焼き鳥」だけのメニューには専門店としての矜持を感じずにはいられない。普段使いならば、改札スグの立地から、ちょっと遅い仕事終わりや2軒目・3軒目のハシゴ酒、飲み会帰りの口直しにぴったり。女性のおひとり様も多くて入りやすいのも覚えておきたい。

大阪・梅田『とり平 総本店』メニュー表
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大阪・梅田『とり平 総本店』暖簾と女性客
女性客や一人客も多いため気軽に入りやすいうえに、串数本とお酒数杯という、短い滞在でも温かく迎えてくれる。
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大阪・梅田『とり平 総本店』とり平の看板と食道街
「新梅田食道街」の中だけでも総本店、本店、中店の3軒があるため、満席でも、どこか空いている姉妹店に案内してくれる。
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特集:20時からの楽しみ

1軒目のあと、もう1軒くらい行きたいなと思う、そんな時間。 仕事帰りに、遅掛けの食事を食べる、そんな時間。 コロナ前ほど遅くまで飲み歩かなくなったけれど、それでも時計が20時なら、家に帰ってしまうのはもったいない。 20時以降の楽しみをお届けします。

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writer

佐藤 良子

satoryoko

料理取材に徹して20年の食ライター。歴史が好きなため、料理史の観点から見るレストラン取材がライフワーク。日々賑やかな小学生2児の母。
instagram@ryocosugar