「酒選びは大将に委ねて吉」の京都・御所南『うまいもんや いっしょう』

「酒選びは大将に委ねて吉」の京都・御所南『うまいもんや いっしょう』

河宮拓郎の「ひとり居酒屋放浪記」

2022.08.31

文・撮影:河宮拓郎

夜はひっそりとする御幸町(ごこまち)通り沿いに、大小の杉玉を下げる酒亭があります。軒先の品書きには丸っこい筆跡に朱墨のアクセント。名は体を表すが、表構えが既に「うまいもんや」の体を表しています。 ここではアテを決めたら、酒選びは主にお任せ。その酒食の一期一会に大きな値打ちがあります。

目次

口明けは穏やかな純米大吟醸で ここへ来たなら、の造り盛合せ アドリブで酒選び、がスゴイ 店舗情報

カウンターにとりついて、酒は何にしようかと考える。
考えたところで、今夜も今夜とて清水さんのセレクトにお任せ、という流れになってしまうだろうし、この店で幸せに呑み食いするためには、それがほぼ最善手だと分かってはいる。が、せめて初めの一杯くらいはイニシアチブをとるのだ。少なくとも、とるような素振りを見せるのだ。

京都市役所近く『うまいもんや いっしょう』店主の清水学さん

寿司店などで修業して2012年に自店を開いた店主・清水 学さん。いかにも旨いもんを呑み食べさせてくれそうな笑顔でしょう。果たしてその通り。

口明けは穏やかな純米大吟醸で

「この、デート・セブンてどんな酒です?」と尋ねるに、「デート…? ああ、DATE SEVEN(伊達セブン)ですね」と出鼻をくじかれる物知らず。

聞けば、宮城にある7つの酒蔵がタッグを組み、年替わりのリーダーを決めて、その年限りのスペシャルな酒を分業で醸すという企画もの。 「今年からはリーダーを2蔵に増やしたんです。『川敬(かわけい)商店』が醸す『黄金澤(こがねざわ)スタイル』と、蔵元『佐浦』による『浦霞スタイル』。どっちも47%精米の純米大吟醸。呑み比べてみます?」。

純米大吟醸なら食前にちょうどだし、清水さんが私にラムネの香りふんぷんたる発泡系を薦めるとも思えない。ので、返事は「はい」だ。

京都市役所近く『うまいもんや いっしょう』の「DATE SEVEN」飲み比べ純米・食中酒好きのオッサン左党なら、ジャケ買いならぬジャケ避けしそうな「DATE SEVEN」だが、香りも甘みも穏やかで序盤戦には悪くない。60㎖ずつの飲み比べで1500円。

きらびやかなラベルを纏った四合瓶に多少ギクリとしつつも、冷酒でちびり。

「黄金澤スタイル」はリンゴのような甘酸っぱさ、「浦霞スタイル」は柑橘系の酸味が利いて華やかだが、両者とも予想したよりしっとり落ち着いた味。付出しの赤どりの袱紗(ふくさ)焼き、アジと長イモ素麺の酢の物と合わせても違和を感じない。

京都市役所近く『うまいもんや いっしょう』付出し付出しは2品。この日はアジと長イモ素麺の酢の物(左)と赤どりの袱紗焼き(右)。ボリュームがあるため、酒さえ頼んでおけば、アテをじっくり選び調理を待つ間を埋めてくれる。

「宮城らしい火入れですよね。すっきりとして、優しくて」と清水さん。ふんふんと相づちを打ちながら、内心「こういう味わいを宮城らしいというのか。覚えておいて、どこかで利いた風な口を叩いてやろう」と半可通。
あ、でも記憶の片隅にある『浦霞』の大定番「禅」も、たしかにこれに通じる、人の好さそうな丸い酒だったな。

気がつけば、BGMは「レディオ ガ・ガ」。クイーンで二番目に好きな曲だ。続いてハワード・ジョーンズの「ホワット・イズ・ラブ?」、さらにフィル・コリンズの…。

「適当な有線流してるだけですよ」と清水さんは言う。前に来たときは延々と80年代ヒット邦楽だったし、アイドル特集だった日もあった。懐かしい曲を聴きながら呑む酒は旨いに決まっているが、それを聞こえよがしではなく、会話の合間に気づく程度の“適当な”音量で流すのが、かえってアラフィフ・オバフィフ殺しのキモだろう。

ここへ来たなら、の造り盛合せ

さて、順調に殺されながらアテ呑み本編へ。まずはここへ来たなら、の造り盛合せ。1人前を頼むと、今日は11種がほぼ1カンずつ。

京都市役所近く『うまいもんや いっしょう』造り盛合せ造り盛合せ1人前1800円。佐賀の〆鯖、静岡の金目鯛、和歌山・箕島(みのしま)の鱧、ヅケにした北海道の甘エビなど、全国チームだ。器は清水さん手製の立杭焼。内側のみ粉引を施して使い勝手を高めてある。

1カンと言っても、おのおの口福のボリューム感を楽しめるぼってりの厚切り。しかもビワマス、金目鯛、鱧、カマスは、炙った皮目をこちらに向けて「旨そうだろ」と背中で語る。

これにどんな酒が合うかって? 店主にしか分かるわけがない。早くもイニシアチブ返上。いいところ、見繕ってくださいな。

「うちで初めて入れた北海道の酒なんですけど」と、多くを語らず、のニュアンスで出てきたのは『上川大雪(かみかわたいせつ)酒造』の「十勝 純米」。

ご近所の『日本酒Bar あさくら』と「京都Sake Project」を結成し、「平安日本酒フェスティバル」を立ち上げたほどの酒マニア・清水さんが、これまでは扱わなかった、そして初めて扱う道産子の酒。いかに、と含んでみれば、えっ? 淡麗にも程があるサラサラ具合で、一気に喉へ流れてしまう。

京都市役所近く『うまいもんや いっしょう』の「十勝  純米」酒造りを休止していた三重の酒蔵を北海道・上川町に移し、2020年から醸造を開始したばかりの『上川大雪酒造』。純米酒は、地元の米と水にこだわる蔵のスタンダードだ。90ml 600円。

これでは淡路の鯛の円熟味に組み合えないかな、と少し落胆しながら、今度は口中に留めて酒を温めてみる。

と、おや、しずしずと好ましく旨みが開き始める。開いてしまえば、先ほどまでのするするは堅持しつつ、舌を撫でる味わいの厚みがにわかに増して、マグロに〆鯖に、そして明石のタコにも、がっぷり四つではなく、“若隆景のおっつけ”のようにピンポイントのニクい攻めを光らせる。

アドリブで酒選び、がスゴイ

私の好みもあって、これまでこの店で合わせてもらう酒は“アテとがっぷり四つに組み合う系”が大多数であったように思う。

今日、珍しくこんな酒が出てきたのは、もちろん清水さんの気まぐれかもしれないし、たまたま私が目をつけた「DATE SEVEN」からの流れに乗って、この客が普段呑みつけない酒を提案してみよう、ということかも、あるいは単純に、酷暑の候ゆえ涼やかな酒を、という配慮だったかもしれない。

でも、その「なぜ」をことさらに尋ねるのは、茶室に招かれた客が「私は今どんなもてなしを受けているんでしょう?」と、ちくいち尋ねるのと同様、野暮なことだろう。

京都市役所近く『うまいもんや いっしょう』の日本酒店の至るところに棚があり、小上がりにも一升瓶の島。冷蔵庫にも酒はたくさんあるが、この店ではどうしても、常温の酒をどう呑むかが主題になる。

京都市役所近く『うまいもんや いっしょう』の酒メニュー向こうは透けないが、アクリルより粋な感じの杉板パーティション。燗・冷や愛が隠しようもなく滲む酒メニューには、1合600円と超手頃な「萩の露」本醸造も。

「いい店」の「いい」ところは、店によって様々だ。

レストランにはレストラン、バーにはバーのもてなしの流儀があり、その中で、店主は趣向を凝らして独自のスタイルを編み出し、「この店に来なければこの楽しみはない」をお客に思い知らせ、虜にしていく。

『いっしょう』における「この楽しみ」は、客の立ち居振る舞いや、偶発的なアテ選びからも、その日にしか成立しない酒食の取合せを、優秀なジャズメンのようにアドリブで組み立ててみせる店主の手腕、それを(意識できようができまいが)存分に享受できることにある…。

などとムズカシイ勿体に、もう酔いの回り始めた呑兵衛はもちろん頓着しない。好き勝手に、傍若無人に、食べたいものを食べるのみだ。このあと私は、ぼんじりのスモーク、イカと納豆のかき揚げ、キンメのカマ焼きと濃ゆいところを連打していくのだが、清水さんが合わせる酒やいかに。

次回、ますます酒マスターの本領発揮となる後半へ続く。

京都市役所近く『うまいもんや いっしょう』軒先煌々と、ではなく、ほの明るい白熱球でアンバーに照らし出される『うまいもんや いっしょう』の軒先。割烹のようにシュッとしていない、いや、シュッとさせまいという思いを酌むのはうがち過ぎか。

■店名
『うまいもんや いっしょう』
■詳細
【住所】京都市中京区御幸町通二条下ル西側
【電話】075-231-1711
【営業時間】18:00~22:00LO
【定休日】水曜、月1回不定休。
【お料理】タコの炙りネギまみれ1200円、賀茂ナス揚げだし950円、穴子白焼き1800円。日本酒は90mℓ600~700円前後が中心。

あまから手帖/2022年5月号

京都のリアル

「舞妓はんの昼ごはん」、夜1万円くらいまでで京都の今を楽しめるお店など、京都人や京都ツウがリアルに行きたいお店を掲載。

Writer ライター

河宮 拓郎

河宮 拓郎

Takuo Kawamiya

食中に向く日本酒および酒呼ぶ肴を愛するが、「この酒、旨いわ!」「それ、前も同じテンションで言うてたで」を頻発させる健忘ライター。過去に取材した居酒屋は、数えていないがおそらく100軒には届かず。しかし、ロケハン(店の下見)総数はその数倍。それが「あまから手帖」。

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