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門上武司の旅vol.10:福井『ル ジャルダン』へ。“福井キュイジーヌ”へと舵を切った世界王者の店

年間1000軒以上外食する、関西を代表するグルマン・門上武司。その食欲は、御年70歳を過ぎてなお旺盛だ。「アレが食べたい」と頭をよぎれば、もう居ても立ってもいられない。日本全国どこへでも、トランクひとつで東奔西走。拠点の関西を飛び出して、各地の美食を訪ねる旅企画「皿までひとっとび」の第10回は、福井『ル ジャルダン』へ。

世界を制して福井へ、そして今

福井駅前
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福井『ル ジャルダン』外観
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2024年に北陸新幹線が敦賀まで延伸され、福井には関東からの旅行客も多く訪れるようになった。僕の拠点である関西からは、敦賀までサンダーバードに乗り北陸新幹線に乗り換えて16分ほど。あっという間に福井だ。
駅前は再開発が進み、かつての花街・浜町にも新たな店舗が次々と登場するなど、街の様子がずいぶん変わりつつある。
この福井の街に、『ジャルダン』というレストランがあった。20年以上の歴史を持ち、福井のフランス料理界を牽引してきた一軒だが、いったん店を閉め、2022年の秋に『ル ジャルダン』としてリニューアルオープンしたのだ。

福井『ル ジャルダン』内観
2022年秋にリニューアルされた、クラッシーな雰囲気に満ちた店内。
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新たに着任したシェフは、堀内 亮さん。東京やフランスの名店で経験を積み、2022年にパリで開催された「<ル・テタンジェ賞>国際シグネチャーキュイジーヌコンクール」世界大会で、日本人で3人目となる優勝を果たした人だ。

福井『ル ジャルダン』シェフ・堀内 亮さん
京都に生まれ、東京やフランスのレストランなどで経験を積んだ堀内シェフ。シェフ就任への打診はコンクール優勝の数カ月前だった、という巡り合わせも面白い。
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僕は、彼が『ル ジャルダン』に着任してすぐの頃に、ここで食事をしたことがあった。高度な調理技術は確かに素晴らしく、大いに感動したのだが、皿の数々から漂ってくる福井の香りは薄かったように思う。
しかし、今年になり再訪したところ、彼の料理は当時の僕の印象から大きく変化していた。

福井食材とフレンチの精髄が邂逅

今回、その変化をまず感じさせてくれたのが、堀内シェフのスペシャリテ「六条大麦とイカの温かいサラダ」であった。六条大麦は、福井県が全国一の生産量を誇る農産物。イカも県産である。
イカを大麦と同じサイズにまで細かく切り、大麦とともにブイヨンで軽く火入れしてクリーミーなリゾット仕立てに。器に盛られたリゾットを覆い隠すのは、汐ウニ風味のエキューム(泡)。これは、温かいサラダなのである。

福井『ル ジャルダン』スペシャリテの「六条大麦とイカの温かいサラダ」
料理は30250円のMenu Spécialité(全7品)から。スペシャリテの「六条大麦とイカの温かいサラダ」。
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口に含むと、軽やかな汐ウニの香りが広がる。適度な塩分を効かせたバランス感覚が見事である。続いて六条大麦とイカを噛みしめてみると、サイズは同一だが異なる食感が楽しい。汐ウニの余韻の中に、イカのコクと大麦の大地の味わいが美しい一体感をもたらす。この快感に慣れた頃、皿の底に忍ばせた赤ワインビネガーのジュレが酸味のアクセントで味を引き締める。

福井『ル ジャルダン』スペシャリテの「六条大麦とイカの温かいサラダ」、持ち上げ
穀物、魚介、液体、泡と、異なるテクスチャー。ウニの香りと麦の香ばしさ。ひと皿のうちに多彩な協奏がある。
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これは、福井の食材を熟知した堀内シェフが、フレンチの高度なテクニックでその良さを最大限に引き出し、料理に着地させた一品だと感じた。「福井でしか作れない料理を作りたい、と試行錯誤するなかで完成した料理です」と語ってくれた。

わずか2年余で成果を出し、その先へ

「のどぐろの炭火焼き 九頭龍舞茸のソース」も、インパクトを感じさせる料理であった。日本海を代表する美味のひとつであるノドグロは、たっぷり脂ののった身が特長。しかし、あまりに脂が強いと過剰に前面に出てしまうことがある。「締め方と庖丁目の入れ方で、不要な脂をどの程度落としてゆくかがポイントになります」。

福井『ル ジャルダン』「のどぐろの炭火焼き 九頭龍舞茸のソース」
「のどぐろの炭火焼き 九頭龍舞茸のソース」。大野市で多く栽培され、堀内シェフも日頃から重用する九頭竜まいたけを香りのいいシェリービネガーソースに。
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さらに、シェリービネガーを使ったソースの酸味や、付合せのゴーヤの苦みなどでノドグロの脂と均衡をとる。そのバランス感覚は見事なものだ。このセンスはもちろん堀内さんに固有の才能ではあろうが、フランスにも飛び込んで修業したからこそ、ここまで育ったのではないかと推察する。
前菜の「吉川茄子のグリエ ラタトゥイユ」は、いわば分解と再構築の賜物だ。近年復活を果たした鯖江の伝統野菜、巨大な吉川ナスを焼き、同じナスをピュレ状にして添え、そこへ、ラタトゥイユでポピュラーな野菜たちのグラニテをプラスして夏らしい料理に仕立ててみせる。

福井『ル ジャルダン』「吉川茄子のグリエ ラタトゥイユ」
「吉川茄子のグリエ ラタトゥイユ」。
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コースを通じて、福井県の食材を重用しながらも、テクニックにおいては随所にフレンチの真髄が顔を出す。堀内さんならではの料理だと強く感じた。「塩麹をアレンジしたり、鯖へしこも使いこなせるようになればいいなと。興味深い福井の食材と日々格闘しています」と、目を輝かせながら話してくれた。
この2年余りの間に、堀内シェフが福井の食材や生産者といかに向き合ってきたかがよく分かる、感慨深い食事であった。そう、まだ3年も経っていないのに、これだけの成果を出しているのだ。この先の進化と成長を思うだけで、胸が高まるのを抑えがたい。

福井『ル ジャルダン』シェフ・堀内 亮さんと、門上武司さん
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各地の美食を訪ねる門上武司の旅企画「皿までひとっとび」

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writer

門上 武司

kadokamitakeshi

関西の食雑誌「あまから手帖」編集顧問。年間外食350日という生活を30年以上続けるも、いまだ胃袋健在…。ゆえに食の知識の深さはいわずもがな。
食に携わる生産者・流通・料理人・サービス・消費者をつなぎ、発信すべく、日々奔走している。