大人のアミューズメントパーク、京都・高台寺の料亭『菊乃井 本店』へ

端正な数寄屋造りの館でいただけるのは、伝統を繋ぐために時流を取り入れた、感性を刺激する和食。料亭ならではの風雅な室礼(しつらい)も見どころです。

大正元年から続く由緒正しき料亭

京都・高台寺から歩いて5分ほどの距離、緑に包まれた料亭の創業は大正元年(1912)。創業者の祖先は豊臣秀吉の正室・北政所に仕えた茶坊主で、『菊乃井』の屋号は当時管理を任されていた名水「菊水の井」にちなんで命名されたもの。

3代目主人・村田吉弘さんが今もその水を大切に守り続け、だしはもちろんのこと、料理すべてに使っています。

『菊乃井 本店』外観
訪れたのは7月下旬。うだるような暑さの中、涼しげな色合いの暖簾や打ち水に濡れた敷石、竹林や紅葉の眩い緑が自然と涼を誘います。
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『菊乃井 本店』三代目の村田吉弘さん
和食のユネスコ無形文化遺産登録にも尽力したことでも知られている3代目主人・村田さん。科学的なアプローチでおいしさの秘密をわかりやすく紐解くなど、和食界を牽引している料理人のひとりです。
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伝統に時流を交えた柔軟な懐石料理

食事は昼夜共に、個室でいただく懐石料理のみ。器はすべて、季節ごとに誂えた特注品。「和食を未来に繋げるためには、変化も必要です」と、挑戦に意欲的な村田さんが生み出す料理は、伝統や文化を重んじながらも刺激的な提案が散りばめられています。

例えば7月なら、疫病退散を祈る祇園祭にちなんだ構成。一品目の八寸は、罪や穢れを祓う茅の輪仕立て。この時季定番の鱧寿司に添えられている黄色い欠片は、サフランで風味付けした新ショウガのシロップ漬け。サフランの独特の芳香が鱧の旨みを引き立てます。

『菊乃井 本店』の八寸
茅の輪の中に並べられた八寸は、煮アワビや青瓜雷干しゴマ酢和え、海老松風など伝統的な仕事を施した一品。それがかえって、サフランショウガの異彩なおいしさを際立てています。
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続く向付は、祇園祭期間中はキュウリを食べない風習に因んで、中央をくり抜いた青瓜を器にした粋な装いで。他にもナスを模した器に盛り付けた賀茂茄子の揚げ出しや、パプリカパウダーを振った剣先イカの一品など、おいしいもてなしの連続に、瞬く間に時間が過ぎていきます。

『菊乃井 本店』の向付(お造り)
青瓜を器にしてキュウリの葉を飾った向付。明石鯛はシンプルに造り醤油で。太刀魚の焼霜は、黄ニラなどの薬味と共に板状に固められたポン酢でいただきます。
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『菊乃井 本店』の蓋物・賀茂茄子の揚げ出し、器
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『菊乃井 本店』の蓋物・賀茂茄子の揚げ出し
見た目はまるで賀茂茄子そのもの。蓋を開けると、中は賀茂茄子の揚げ出しと海老、鷹峯唐辛子(甘とうがらしの一種)。蓋物にも遊び心が満載です。
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『菊乃井 本店』の中猪口・剣先イカの詰め物
パプリカパウダーの朱色で彩られた剣先イカの中身は、ニンニク、トマト、玉ネギと合わせたモチモチの道明寺粉。イカの旨みを生かした半透明のあんを波模様のように飾っているのは青柚子。「最後に届く柚子の香りが、きちんと和の印象に誘ってくれます」と村田さん。
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美術館のごとき贅沢な空間

「料亭は大人のアミューズメントパークです」と公言している村田さん。料亭の醍醐味は、料理だけでなく、空間の佇まいや季節の演出も含めたすべてのもてなしにある。日本文化の真髄に触れる機会にもしてほしいと話します。

数寄屋造りの名工『中村外二(そとじ)工務店』によって調えられた館は、網代天井や聚楽壁、鞍馬石の三和土(たたき)など、古き佳き大工仕事の集大成。加えて、季節や歳時に合わせた床の間の軸や花入など、さりげなく飾られた美術的価値の高い調度品などに、まるで美術館にいる心地に至ります。

「上品で美しくあれ。渋くても力強くあれ」という‟きれい寂(さ)び“を信条に掲げる料亭の風雅なもてなしは、胃も心も品よく満たしてくれます。

『菊乃井 本店』の菊の間
桜の時期も人気が高い菊の間。盛夏の頃だけは障子も敷物も部屋ごとに誂えた網代に替えて涼を演出し、祇園祭がある7月には、退魔の花と言われているヒオウギを床の間に飾ります。
『菊乃井 本店』の大広間
この日、40名まで入れる大広間の床の間には江戸時代の画家・伊藤若冲(じゃくちゅう)の「祥禽和合(しょうきんわごう)之図」が飾られていました。その隣には尾形光琳作の硯箱も。
『菊乃井 本店』の洋個室
唯一の洋個室を飾るのは、18世紀ヨーロッパの調度品。椅子はナポレオン3世が愛用していたというもの。ルネ・ラリックの照明が柔らかな光りを灯しています。
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