静謐の中に情熱迸るコース料理。大阪・堂島『Le progrès』

近年マンションやホテルなどの建設ラッシュの堂島浜エリア。ここに2022年8月にオープンしたフランス料理店『Le progress(ル プログレ)』がある。堂島川沿いの、ともすると見落としそうになるシックな外観。しかしこういう場所にこそ名店は潜んでいる。

季節の輪郭を描く、コース料理

1人で全ての料理を担当するシェフの梅谷宜伸さん。
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シェフの梅谷宜伸さんは、大阪を代表するグランメゾン、中之島の『レストラン ヴァリエ』で長年2番手を任された人物だ。正統派のフランス料理の技術を身に付けて独立を果たした実力派。流れるように供されるコースの1皿ごとにハッと心を掴まれる。どの料理も存分に引き出された香りや旨みによって季節の輪郭がはっきりと描かれている。

夜15400円のコースから。メニューは主に単語表記のみで表現されている。こちらは「秋刀魚 薩摩芋 無花果」。こんがり香ばしいサンマの皮目としっとり脂がのった身の部分。品よくコク深いサンマの内臓のリエット。すだちを添えて。
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例えば取材時のディナーメニューの「秋刀魚 薩摩芋 無花果」と記された皿。
脂がのって身厚なサンマのグリルと、内臓部分はタマネギとタイムやオリーブを合わせてリエットに。土台には蒸したサツマイモに西京味噌を塗って、間のリエットとつなぐ。トップにはイチジクの赤ワイン煮と赤しその新芽と黒コショウをあしらって。日本の秋の風物詩、サンマの塩焼きを思い起こさせつつも、決して和食ではない着地点。そのプレゼンテーションの絶妙さが印象的だ。

「牛テールスープ 蓮根 パプリカ オリーブ」器にスープが注がれるとふくよかな香りが立ち上る。まずはその香りがご馳走。ゲストを楽しませる仕掛けにテーブルも盛り上がる。
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マネージャーの磯口 武さんがテーブルで注いでくれたのは熱々の牛テールスープ。じっくり時間を掛けて煮詰めた、けれどもすっきりと雑味なく透き通ったスープの香りに食欲をそそられる。ひと口含めばその滋味深さにうっとり、目を瞑る。器の中には、レンコン、オリーブ、パプリカ、スープを取ったテールのほぐし身も炒め合わせて潜んでいる。
それぞれ食感のある野菜たちを具として、バジルオイルをほんの少し垂らす。温かいテールスープを注いで味わう仕立て。深まる秋と、大地の実りを感じさせるひと皿だ。

この日のメインの肉料理。「京鴨肉 フォアグラ 生姜 オレンジ」。
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火入れの見事さをお伝えしたく、あえて側面からご覧いただきたいのがこの日の肉料理の京鴨のローストだ。表面はしっかり焼き目を付けた鴨肉の、深紅の断面の中にグッと旨みと肉汁が封じ込められている。ワイン必須の一皿ゆえにソムリエの磯口さんに相談を。グラス、ボトルだけでなく料理に合わせてセレクトされたワインペアリングもある。
肉料理はそろそろ、篠山産の鹿などジビエも入荷に応じて。またシェフの出身地が兵庫県三田市ということで、今後は地元の三田牛も取り入れてみたいと構想中だ。

本格フレンチを様々なシーンで

元の職場で同僚だった長年の付き合いの2人。左がマネージャー磯口さん右が梅谷シェフ。2人はまるで兄弟のような仲のよさで、息もぴったり。
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クラシックを学び、旨みを存分に引き出すが、決して重たくはないコース。食材の合わせ方も意表を突く物であったり、時には醤油や西京味噌など和の調味料もアクセント的に取り入れるなど端々まで梅谷シェフのセンスが光っている。
また店内にはカウンター席もあり、実はおひとりさま利用も歓迎とのこと。グランメゾン級の料理を出す店なのに、誰かを無理に誘わずとも1人で気兼ねなく訪ねられるのはありがたい。一方フロアのテーブル席は、記念日デートや接待などにもぴったりのシックな雰囲気。エリア的にも喧騒を離れた落ち着いた場所で、まだ30代のお二人がタッグを組んで粛々と表現する、しみじみ旨い料理と心地良いサービス。自分へのご褒美に、女子会に会食にと、様々な場面で重宝しそうな隠れ家的一軒だ。

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