奈良『Aperçu』で食の本質に触れるイノベーティブな体験を

奈良・富雄。住宅街の路地裏に佇む一軒家が今年2月、ひっそりと小さな看板を掲げた。『Aperçu』―北海道仁木町の滞在型ワイナリー『NIKI Hills Winery』内にあるレストランを率いる永井尚樹シェフのもう一つの舞台だ。その土地の息吹を料理に昇華させてきた永井シェフは、自身の原点である奈良に店を構えるという夢を叶え、北海道のテロワールを重ねた新たな一皿を創造する。

詩的な言葉から始まるイノベーティブな味覚体験

近鉄富雄駅から徒歩6分、閑静な住宅街にひっそりと誕生したのがイノベーティブレストラン『Aperçu(アペルシュ)』だ。築62年の日本家屋の部屋に通され、庭を望む席に座ると「探求する邂逅」と題されたリーフレットが小さな畳のプレートに置かれている。頁をめくるとメニュー表にあるはずの料理名や食材の表記は一切ない。「古代の記憶」「海の響き」「時の香しき忘れ物」……綴られるのは、永井シェフが紡ぐ詩的な言葉。たゆたう言葉の響きにゲストは、これから始まる味覚の旅に想像力を巡らせる。

北海道余市郡仁木町の『NIKI Hills Winery』に『Aperçu』がオープンしたのは2022年5月。そんな北海道とは景色も文化も異なる古都・奈良に、2026年2月、新章となる『Aperçu』が産声を上げた。北海道の店とはオーナーが異なるが、奈良は永井シェフの出身地であり、もともと地元に店を構えるのが夢だった。仁木の『Aperçu』も継続して永井シェフが監督し、月に1度は戻る。2拠点に舞台があることの最大の利点は、各地のテロワールを最大限に料理へ投影できる点にあるという。仁木と奈良の歴史、食材、ワイン、酒。それぞれのフィールドで、『Aperçu』というフィルターを通し、一つのブランドへと昇華させているのだ。

Aperçu外観
見事な日本庭園を備える一軒家。砂紋も谷林さんが毎朝描くという。
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Aperçu内観
ブドウ畑、醸造所、宿泊室を備えた『NIKI Hills Winery』に比べると奈良の新店は小ぢんまりしているが、蔵や昔の建具など見どころは多い。
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オーナーでありサービスを担う谷林慎也さんと永井シェフは、大阪を代表する迎賓館と称される『リーガロイヤルホテル大阪』のフレンチレストラン『シャンボール』で研鑽を積んだ。働いた時期は違うが、相棒と呼べる旧知の仲だ。

「永井と出会えたからこそ、僕はサービスに専念しようと思えた」と20年以上の料理人経験をもつ谷林さんがサービスへ転身したことで、永井さんが描く独創的な料理の世界観を、より鮮やかにゲストに伝えている。

Aperçu永井シェフ
ホテルの料理人だった父の姿に触発され、自然と料理の道へ進んだ永井シェフ。「2歳から包丁を持ち、料理のまねごとをしていました。学生の時には、なぜその大きさに切り揃えるのか、おいしさを理論づけて考え実践するのがプロの仕事だと厳しく仕込まれました」。
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Aperçu永井シェフとオーナー谷林さん
オーナー兼サービス担当の谷林さん(右)と永井シェフは元の職場で先輩、後輩の間柄。料理人歴の長い谷林さんだからこそ、永井シェフの料理を深く理解しゲストに伝えることができる。
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40種の旬の野菜とハーブが織りなす大地の恵み

コースの中盤で供される、全て野菜だけで仕上げた北海道時代からのスペシャリテ「繋ぐ」は、キタアカリのマッシュを土台に、蕪、ケール、ビーツ、菊芋など40種類程度の旬の野菜とハーブたちが力強く芽吹いた一品。素揚げ、グリル、ソテーとそれぞれの野菜が最もおいしくなる調理法で仕上げて。口に運ぶたびに野菜の異なる食感や香りが立ち昇り、満足度の高い一皿だ。

Aperçu料理
夜22176円のコースから。30~40種の野菜とハーブだけで構成されたスペシャリテ。「オープン当初、縁の少なかった仁木町では手に入る野菜は20種類程度。生産者ひとりひとりを訪ね歩き、40種類程度まで増えていきました。こちらでは奈良近郊の生産者の野菜を軸に組み立てています」
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Aperçu料理
ランチ・ディナー共に、コースの初めに提供する「おもてなし」。最中の皮の中に自家製餡とフォアグラを詰めた、4年前の北海道オープン当初からの一品。畳プレートは創業100年余の奈良市内の老舗『ふくもと畳店』とコラボしたオリジナル。
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Aperçu料理
煙に包まれて登場するブリのスモーク。大根の臭みを抑えるため、下処理を工夫したうえで真空調理し、ゆっくり火入れしている。季節によってブリ以外にも旬の魚を用いるそう。
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Aperçu料理
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川から海、森へ還る命の循環を味わう一皿

サクラマスの鮮やかな朱色に目を奪われる一皿は「還る香り–海と川と森の回顧」と名付けられている。北海道産サクラマスを24時間冷凍し、アニサキス処理をしてからマリネし、芯温40°C手前までじっくり低温調理で火を入れていく。ゆっくりとしたタンパク質の変性により滑らかな食感に。奥のディルをまとわせた筒状に巻いた生地の中には、ヒノキを低温でさっと燃やした中で香りを纏わせたサクラマスを野菜やヘーゼルナッツなどで合わせたもの。

「海へ出たサクラマスは栄養を蓄え、その豊富な栄養を持って川へ遡上し、産卵を終え、命を終える過程で河川沿いの樹木土壌に吸収されます。ヒノキは命を終えたサクラマスの身体で作られた土で育ち、サクラマスはヒノキが守った清流で生まれる。川から海、そして森へと還る命の循環を料理で表現しました」

Aperçu料理
「北海道では5月頃に桜が咲きます。その時には桜のエッセンスを料理へ添えます」。実際の情景との邂逅やそこから生まれる感情を厨房へ持ち帰り、探究し、料理の一品へ昇華するスタイルだ。
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「森のささやき−耳を澄ますと」と称された料理は、エゾシカのジビエ料理。今も月に一度ほど仁木に足を運ぶ永井シェフは、地元でハンターとともに狩猟に同行する。音が吸い込まれていくような森の静寂の中で突如、銃声が切り裂き、鳥たちが一斉に飛び立つ。そしてまた静寂に戻る。そうした北の大地の情景を思い浮かべながらフライパンにバターとオリーブオイルを加え、ゆっくり温度を上げ約2時間かけて火入れする。驚くほどシルキーな歯触りで、かつ肉の旨みがぎゅっと凝縮されている。

付け合わせにも一切妥協しない。鹿の端肉とキノコの詰め物を、奈良県宇陀郡曽爾村のちぢみ小松菜で包んだシュー・ファルシや鳴門金時のマッシュを薄切りセロリラブでサンドしたもの。金柑の中身を抜いて赤ワイン、ブランデー、スパイスでマリネして戻したガルニチュールなど、甘味・酸味・塩味・苦味・旨味の五味が鹿肉の味の奥行きを広げ、味の表情が変化していく。

Aperçu料理
約2時間じっくり火を入れることで生まれる柔らかなテクスチャーと凝縮した旨み、余韻が見事な一皿。赤ワインと黒胡椒のソース、金柑のガルニチュールや鳴門金時とセロリラブなど、五味豊かな付け合わせで味に変化を。
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Aperçu料理
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仁木のワインや奈良の日本酒でペアリング

仁木町の『Aperçu』でも自社畑で採れたブドウから造られたワインとのペアリングに定評があるが、こちらでは『NIKI Hills Winery』のワインはもちろん奈良の地酒や余市蒸溜所限定の希少なウイスキー、さらにこの店のためだけに醸された日本酒「余白」なども揃える。デセール2種を含めた11品のすべての料理に+13200円、ハーフサイズ+9900円で最適解のペアリングがつく。

Aperçu料理
寛政8年創業、230年余の佐賀県鹿島市に蔵を構える老舗酒蔵『矢野酒造』とコラボして誕生した「余白」。エチケットの文字は永井シェフの手によるもの。
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ランチコースは夜へつなぐ“邂逅の前触れ”

3月からは新たに平日限定のランチコース「邂逅の前触れ」を始めた。「あくまでもディナー『探究する邂逅』へとつながる入り口として、Aperçuの感性の一端に触れていただく最初の扉となるコースです」と永井さん。夜のコンセプトをより軽やかに体験してもらうとともに、永井シェフをはじめ料理人たちの新たな視点や挑戦を表現する舞台でもあるという。おもてなしの最中に始まり、アミューズ、魚料理、肉料理、デザートといった6、7品程度で構成される。

例えば、舌平目のムニエルは、食べる野菜ソースやピクルスを盛り合わせ、春の芽吹きを感じさせる華麗な一皿に。またスタッフの故郷である福岡県うきは市の「吟醸豚」は、豚肉の旨みをより深めるため、酒粕と塩麹を合わせて擦り込みローストに。これらの品々から、夜の「邂逅」への期待と興味が高まることは間違いない。

Aperçu料理
ランチコース7700円から。舌平目のムニエル。中はホタテとほうれん草のムース。手前はズッキーニ、ケッパー、赤パプリカ、タマネギ、トマトをマスタードとオリーブオイル、赤ワインビネガーで和えた、食べる野菜ソース。
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Aperçu料理
吟醸酒の酒粕を飼料に混ぜて育てたブランドポーク「吟醸豚」をじっくりロースト。付け合わせは旬の芽キャベツをバターとブイヨンで炊いたものをライスペーパーで巻き、胡麻をまぶして春巻き風に。芽キャベツの葉とマスカルポーネを添えて。
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詩的な言葉と味覚で料理を深く味わい、命を戴くことで自分の命を繋ぐ。食の本質に触れる特別な体験。古都・奈良にいながらにして、皿の向こうに北海道の自然が見える。

Aperçu料理
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