親子で積み重ねる、京都『本家 月餅家直正』の菓子づくり
焼いて生まれた看板銘菓
近江大津で両替商を営んでいた初代は、商売の転機を求めて京都へ移り菓子づくりを始めた。当時は上用饅頭などの蒸し菓子が主流だったが、着物の懐へ入れて持ち帰ると潰れやすいことに着目。「焼けば持ち運びやすいのでは」と考え、生まれたのが「月餅」だった。
現在よく知られる中国菓子の月餅とは異なり、京都ならではの和菓子として発展。炭火を使った窯で焼き上げた菓子は、花街の旦那衆の間で評判となり、やがて店を代表する存在になったという。
屋号「直正」は、創業当初の「月餅家」から改められたもの。包装紙に描かれた鴨川や千鳥の意匠も受け継がれ、時代に合わせて少しずつ姿を変えながらも、店の歴史を静かに物語っている。
日々の微調整が味を支える
「変わらない味」は、同じ作り方を繰り返すだけでは生まれない。
その日の湿度や気温を確かめながら餡の炊き上がりや仕上げのタイミングを細かく調整する。北海道産を中心に仕入れる小豆も、その時々の状態を見極めながら炊き方を変える。「生菓子だから生きた菓子」。店主の言葉には、素材と向き合う姿勢が凝縮されていた。
だからこそ発送もしない。翌日には生地が硬くなり、本来の状態ではなくなるからだ。冷蔵や冷凍も試したが納得できる品質には戻らず、店頭販売だけを貫いている。
便利さより、おいしい状態で味わってもらうこと。その積み重ねが、長く暖簾を守ってきた理由でもある。
日々の仕事が味を支える
「納得できる仕上がりは、毎日の積み重ねから生まれる」。
そう考える六代目の木村公一さんが大切にしているのは、その日の素材と向き合うこと。小豆の状態はもちろん、気温や湿度によっても仕上がりは変わるため、毎日様子を見ながら炊き方や火加減を細かく調整する。
「生きた菓子だから、その日その日で違うんです」。
長年積み重ねてきた経験を頼りに、その日の最適な仕上がりを見極めていく。
派手な変化を追い求めるのではなく、目の前の素材に真摯に向き合い、一つひとつ丁寧に仕立てる。その積み重ねが、店の菓子づくりの土台になっている。
先代との対話が育てた味
木村さんは名古屋で修業を積み、店へ戻った。当初は先代と月餅の大きさや餡の硬さを巡って何度も意見を交わしたという。
「親父は小さいほうがいいと言ってましたが、僕は物足りないと思っていたんです」。
互いに譲らず、それでも最後は生地と餡の調和を第一に考えながら現在の形へと近づけていった。振り返れば、その衝突こそが菓子を育ててきた大事な時間だった。
「いいものを作りたいからぶつかる。血のつながりがあるからこそできる、意味のある喧嘩でした」と木村さんは笑う。
一方で「先代にもっと教えてもらえばよかった」という思いも残る。その経験があるからこそ、息子には十分に伝えたい。「どう橋渡しをするかを考えている」と語る表情には、次代への期待がにじんでいた。
今は製菓学校で学んだ息子と、同じように意見を交わす日々だという。
二つの看板を支える職人技
「月餅」と並び、多くの人が目当てに訪れるのが「わらび餅」だ。戦前から作られてきたと伝わる一品で、今では看板商品の一つに数えられる。
国産の本わらび粉を使った生地は、時間をかけて丁寧に練り上げる。中にはこし餡を包み、店で煎り直した香ばしいきな粉をたっぷりまとわせる。素材はシンプルだからこそ、ごまかしは利かない。溶けてしまいそうなやわらかな生地に、こし餡の甘みときな粉の香ばしさが重なり、一つの味わいとしてまとまるよう仕上げている。
湿度の影響を受けやすく、梅雨時はとりわけ神経を使うという。当日が消費期限なのも、最も良い状態で味わってほしいという考えから。発送を断る理由もそこにある。
店名を冠した「月餅」もまた、代々受け継がれる看板菓子だ。現店主の代でひと回り大きくなり、餡も生地との一体感を考えて少しずつ見直してきた。「手が変われば、大きさも変わる」と話すように、菓子には作り手の個性も映し出される。それでも目指すのは、代が替わっても「また食べたい」と思ってもらえる一つの味である。
ひと口に込める素材の風味
「わらび餅」も人気だが、京都土産ならこちらもおすすめというのが「やき栗」と「十三里」。
「やき栗」は白餡に刻んだ栗を合わせ、栗そのものの風味をしっかり感じられる一品。栗好きからの支持も厚く、好んで選ぶ人も多いのだそう。
また「十三里」はさつま芋のほくほくとした食感を残し、黒ごまの香ばしさが味わいに奥行きを添える。どちらも卵を使ったやさしい口当たりで、甘さは控えめ。あっさりとした後味が心地よく、一口、また一口と食べ進めたくなる。
「手作り感や不ぞろい感を大切にしたい」と、一つひとつを手で仕上げているのは木村さんの息子・航太郎さん。上等さを競うのではなく、日々のお茶請けとして親しめる味わいが形に表れている。
日持ちは四日間。気軽につまめて、もう一つと手が伸びる菓子にファンも少なくない。
未完成だからこそ作り続ける
近年はSNSをきっかけに訪れる人が増え「わらび餅」を目当てに来店する客も少なくない。その一方で店主は、「ほかの和菓子も見てもらえたらうれしい」と本音を漏らす。
餡を主役に据え、季節の生菓子や焼き菓子まで一つひとつ丁寧に仕立てる。それらすべてが、この店の菓子づくりを形づくっているからだ。
毎朝、天気予報を見ながら息子と相談し、その日の製造数を決める。余らせても足りなくてもいけない。その判断もまた、経験と感覚を積み重ねてきた職人の仕事である。
「何でもかんでも未完成ですね。もっとおいしくならへんかなって思うんです。」
二百年以上続く暖簾の先にも、完成という言葉はない。先代から受け取った思いを胸に、そして次の世代へ受け渡すために。今日も親子は言葉を交わし、菓子と向き合い続けている。
data
- 店名
- 本家 月餅家直正
- 住所
- 京都府京都市中京区上大阪町530-1
- 電話番号
- 075-231-0175
- 営業時間
- 10:30〜17:00 ※わらび餅の販売は12: 30〜、予約(10:30〜可)が望ましい
- 定休日
- 木曜、月1回第3水曜
- 交通
- 地下鉄東西線「京都市役所前駅」から徒歩4分
- メニュー
- わらび餅(3個)940円、月もち(1個)190円、十三里・やき栗(8個・紙包み)1,200円
recommend






