モノトーンの多彩──大阪・西天満『AUBE』の「香茸と春雨の煮込み」

大胆なモノトーンの配色。ん? これは中国料理? 香茸の滋味をたっぷりと含んだ春雨煮込みに、香味をまとった大粒の落花生漬け。シャキシャキのレンコンが食感を添えます。「中国料理で日本の四季を表現したい」。大阪・西天満『AUBE』のオーナーシェフ・東 浩司さんが仕立てる秋のワンデッシュには、日本の野菜の力がみなぎっています。

“旅する中国料理”第2章

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西天満の一角に佇む館に、3つの中国料理店がある。中華ビストロ『AZ/ビーフン東』、西洋料理の手法を取り入れたコースをワインと楽しむ『Chi-Fu(シーフ)』、ネオクラシック中華を謳うハイエンドな『AUBE』。オーナーシェフの東 浩司さんは、引き出しの多い料理人だ。

ここは祖父が台湾料理店を始めた、いわば創業の地です。翌年、東京・新橋に『ビーフン東』を開店し、父の代で大阪店と統合したため、僕は11歳から東京で過ごすことになりました。漠然と継ぐべきやろなと思って、老舗の中国料理店に修業に入ったのですが、実は弁護士の夢も捨てきれなくて…。20代前半まで、その二択の間で揺れてました。

東さんは名門校の卒業生。エリート街道を進む同級生の姿を見て、三代目を継ぐなら中国料理の世界で高みを目指そう!と決意したというが、そこからの猛進がスゴイ。自分だけの強みを身に付けるため、西洋料理の本を読み漁り、ソムリエ資格を取得。『アカデミー・デュ・ヴァン』の講師にもなり、多ジャンルのシェフとの交流も得た。実家の店で料理長を6年務めた後、2011年、30歳で独立。開業の地に選んだのは、故郷の大阪だった。

父が大阪店を復活させたがっていたし、実家と違うスタイルの店をやるなら東京じゃない方がいいと思って。『Chi-Fu』がいきなりミシュランの星をいただいて、一気に世界が広がりました。新たな中国料理のカタチに挑戦しようと、2018年、旗艦店として開いたのが『AUBE』です。
当初は“旅する中国料理”と謳って、47都道府県の各県をテーマにコースをお出ししていました。生産者を訪ね、郷土の風土に触れてインプットしたものを、日本人の感性で中国料理としてアウトプットする。刺激的な日々だったのですが、コロナ禍で旅が難しくなって…。でも、様々な生産者との繋がりは財産として残りました。

大阪・西天満の中国料理店「AUBE」
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国産野菜で四季を表現する

『AUBE』は、10品前後で構成される35000円のコースが主体。海鮮や牛肉などの高級食材を駆使しながらも、東さんは開店以来ずっと野菜料理に力を注いできたという。

開店から3年目に世界中国料理大会で3位入賞(日本人史上初!)したのですが、その時、中国人シェフの方が大胆なアレンジが許されるな、と痛感して。僕がやったら「中国料理をコピーしているヤツが創作したニセモノの料理」に見えてしまう。それなら、日本人にしかできない中国料理を作ってやろう!と。国産の食材や調味料を使って、四季を表現して…。季節感を表すのに欠かせない野菜に注力するのは必然でした。

「香茸と春雨の煮込み」は、アワビやフカヒレなど乾物を使う中国の王道煮込みを東さん流に仕立てたワンデッシュ。主役は、日本料理の秋の献立に珍重される香茸だ。その名のごとく、香りは松茸をしのぐ芳醇さ。今回は旨みの強いナラ茸を取り合わせ、2種の戻し汁に鶏ガラスープを合わせて春雨を煮込んでいる。濃密なキノコの香りと、深い滋味。その調味のカギを握るのは、日本の調味料だ。

香茸とナラ茸の乾物とその戻し汁。
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春雨煮込みを「生成り、オレンジ」で調味
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産地を訪ねる中で、多くの優れた日本の調味料に出合って。うちの厨房には、中国産よりも国産の調味料の方が多いくらいです(笑)。今回は仕上げに福岡の「ミツル醤油」の「生成り、オレンジ」を使いました。発酵前に搾った「オレンジ」は、魚醤のような力強い旨みとフレッシュな香りが格別なんですよ!

主菜と副菜を盛り合せて、表情豊かに

中国料理は、炒飯しかり、麻婆豆腐しかり、一皿の中に一つの料理を盛るスタイルが主流。「香茸と春雨の煮込み」は、2つの副菜を同居させた盛り方が特徴的だ。

日本の四季を料理で表現するために、いろんな和食店に食べに行って勉強させてもらいました。日本料理は、焼物に季節の野菜を添えたりしますよね。僕はフレンチも好きなので、一皿に主と従の料理を盛るスタイルに倣ったというのもあるのかな。ぜひ、取合せの妙を楽しんでいただけたらと思います。

つるっもちっとした春雨と鮮やかなコントラストを見せるのは、シャキシャキのレンコン。剣山のような鋭角的なカットで、食感を際立たせている。梨のようなフレッシュな甘みも印象的だ。大粒の落花生は、口に含むと複雑な香味が広がり、ほくっとした歯触りに和む。一皿の表情が実に豊かだ。

おおまさりの香味漬け
通常の1.5倍の大きさの落花生、千葉県産「おおまさり」。山椒や陳皮(乾燥ミカンの葉)などを加えた調味液に漬けて、持ち味を底上げしている。
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「柳蓮田」レンコンを醤油粕と富士酢で味付け
茨城県『野口農園』の高級レンコン「柳蓮田(やなぎはすだ)」は、15秒だけ茹でてシャキシャキ感と果物のような甘みを生かす。醤油粕と京都・宮津『富士酢』のすし酢で和えてシンプルに。
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大粒で食べ応えある「おおまさり」は、箸休め的な存在。梨みたいな食感と風味の「柳蓮田」で、一皿にアクセントを付けました。醤油粕は、もろみを搾る時に出る副産物。SDGsの観点からも、日本の伝統的な味を次代に残すという視点からも、こうした食材に注目し、大事に使っていきたいと思っています。

たかが一皿。されど一皿。その中には料理人の様々な想いが詰まっている。最後に、国産野菜で四季を表現するのに、あえて彩りを封印した理由を東さんに聞いてみた。すると、即答して一言、「香茸が主役なので」。添えの野菜が主役より目立っては、主従が逆転し、ワンデッシュの調和がとれない。だからこそのモノトーン。東さんの美意識は潔く、揺るぎない。

writer

中本 由美子

nakamoto yumiko

青山学院大学を卒業し、料理と食の本を手掛ける東京の「旭屋出版」に入社。4年在籍した後、「あまから手帖」に憧れて関西へ。編集者として勤務し、フリーランスを経て、2010年から12年間、編集長を務める。21年、和食専門ウェブ・マガジン「和食の扉〜WA・TO・BI」を立ち上げ、25年に独立。フリーの食の編集者&記者に。産経新聞の夕刊にて「気さくな和食といいお酒」を連載中。