
二代目のスペシャリテ──大阪『浪速割烹 㐂川』の「子持ち鱧の洋技己味澄まし椀」
ケチとは違う! 大阪料理の“始末の心”
昔から大阪の商家は「始末」を家訓としてきた。「倹約する」「無駄をしない」「物やお金を大事に使う」という意味で、それはそのまま料理屋の心構えとなる。大阪料理は“始末の心”で仕立てるもの。「断じて、ケチとは違いますねん」。大阪・法善寺横丁の『浪速割烹 㐂川』二代目・上野 修さんは言葉を続ける。
ええ食材を仕入れたら、皮も切れ端も旨い。上手いこと工夫したら、捨てるところなんてないんですよ。昔から大阪人は創意工夫が得意やから、鯛やったらアラでだしを取って、切れ端はすり身にして、と無駄にせず、食材を大事に使い尽くしてきたんです。それは、素材の持ち味をぐっと深めることに繋がるんですね。おいしくするために工夫を凝らすこと。それが大阪料理の“始末の心”やと私は思っています。
10月のコース「浪速旬膳」で煮物椀として供す「洋技己味(ようぎきまい)澄まし椀」は、子持ち鱧が主役。お椀の蓋を開けると、鱧だしの芳醇な香りが立ち上る。銀杏豆腐の上に、真っ白な子持ち鱧の真薯(しんじょ)。分厚い身に、鱧のすり身と子(卵)の塩辛入りのメレンゲを被せてあり、一口味わえば鱧の力強い旨みに陶然となる。
頭に近い身は骨切りして葛(くず)を叩きつけ、8割ほど蒸して「葛叩き」に。尾の身は薄いので、かきとってすり身にしています。塩辛にして保存した子も混ぜたメレンゲを重ねて蒸し上げました。 浮袋や胃袋は煮凝りにするし、皮は焼いてキュウリと合わせて「鱧皮のざくざく」に。これは大阪の名物料理ですね。鱧はホンマに捨てるとこがなくて、始末がいい。大阪人好みの魚ですわ。
魚介のコンソメで一椀に一体感を
修さんは、20代前半、三重県の『志摩観光ホテル』メインダイニング『ラ・メール』に修業に出る。5年間、名高い料理長・高橋忠之氏からフランス料理の薫陶を受けて、『㐂川』に入店。父であり初代の上野修三さんは、息子が身に付けたフレンチの技法を柔軟に割烹の一品に取り入れたという。
親父はこれからの和食には、洋の技法を取り入れ、和の心もって料理を仕立てる「和魂洋才(わこんようさい)」が必要だと考えていたようで。「『㐂川』は半分洋食や」なんて言われながらも、独自の割烹道を驀進(ばくしん)していました。そこに、フレンチを学んだ私が帰って来た。洋風も取り入れた『㐂川』流を一段深めるチャンス到来でしょ? その時に生まれたのが、このコンソメ仕立てのお椀です。まぁ、まんまと親父にしてやられたワケですわ(笑)。
鯛を椀種にするなら、アラからだしを取って吸い地(汁)も鯛で作る。大阪料理の“始末の心”に適った仕立てだが、そこにもうひと手間。フレンチのコンソメに倣って、玉ネギやニンジンなどの香味野菜と共に煮出し、味に奥行きを出す。卵白を使ってだしの濁りを取り除く「クラリフェ」という技法も取り入れた。かくして誕生したクリアな魚介のコンソメ椀を、修三さんは「澄まし椀」と名付けたという。
私はフレンチを学んでから和食を始めたので、どんな食材のお椀でも一番だしで仕上げるのが不思議やったんです。フレンチやったら、鴨の料理には鴨のソースを合わせますから。実は親父も同じような疑問を持っていて、すでにいろんな魚介だしを活用していました。そこにコンソメの技法を組み合わせた、いわば親子共作の煮物椀です。
昆布の危機が、新たな一手を生んだ!
修さんが二代目を継いだのは、1994年。この31年の間に、大阪の割烹には大きな危機が訪れた。2015年、突如として天然真昆布が獲れなくなったのだ。大阪のだしに真昆布は欠かせない。修さんが欲しい天然ものはほぼ入らない状態が続いていた。
魚介一つ蒸すにも、アラでだしを取るにも、真昆布は不可欠。養殖ものを使わざるを得なくなって、自分がいかに真昆布に頼っていたか痛感しました。これからは、ここぞという時にだけ真昆布を使うようにしなければと、「澄まし椀」のレシピを見直すことにしたんです。そんな時、フレンチの修業時代にクラリフェに失敗したコンソメに先輩が味噌を入れたらクリアになったこと思い出して。調べたら、昆布のうま味成分・グルタミン酸は味噌にも豊富に含まれていました。試しに昆布の代わりに味噌を加えたら、ぐっと旨みが深くなったんです。
「洋技己味澄まし椀」の吸い地はクリアだ。味噌が入っているとは、よもや思えない。一口すすっても、味噌の風味はまるで感じられないが、魚介の旨みと野菜の甘みを底上げしているのだろう。奥行きのある味わいで、余韻が長いのだ。
味噌汁を置いておいたら、上澄みは透明の液体になるでしょ? コンソメに味噌を加えたら、昆布代わりに旨みを補ってくれて、クラリフェの効率もよくなる。我ながら、なかなかスゴイ発見でしたわ(笑)。
「己味(きまい)」は、修さんの造語だという。食材の持ち味という意味だが、今回のワンデッシュならば、子持ち鱧の「己味」は、身にも子にも、骨などのアラから取るだしにもある。そのすべてを凝縮させたコンソメ椀には、フェンネルとブラックペッパーで香りを添えている。これぞ、二代目・修さんが30年かけてブラッシュアップした『浪速割烹 㐂川』不動のスペシャリテ。「カツオ昆布だしで煮物椀を仕立てる月の方が少なくなりましたわ(笑)」。真鯛に甘鯛、イサキ、貝ならハマグリ、アサリ、牡蛎も。「洋技己味澄まし椀」は季節ごとに、主役を変えてお目見えする。
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- 店名
- 浪速割烹 㐂川
- 住所
- 大阪府大阪市中央区道頓堀1-7-7
- 電話番号
- 06-6211-3030
- 営業時間
- 12:00~12:30LO(火・金~日曜)、17:00~20:30LO
- 定休日
- 月曜休、不定休あり
- 交通
- 各線なんば駅から徒歩6分、各線日本橋駅から徒歩5分
- 席数
- 1階:カウンター12席、2階:カウンター11席、個室1室(3~4名)、3階:個室1室(5~8名)
- メニュー
- 昼の浪速旬膳13200円~、夜の浪速旬膳19800円~。日本酒1合1980円。※サービス料10%別
- 外国語メニュー
- なし

writer

中本 由美子
nakamoto yumiko
青山学院大学を卒業し、料理と食の本を手掛ける東京の「旭屋出版」に入社。4年在籍した後、「あまから手帖」に憧れて関西へ。編集者として勤務し、フリーランスを経て、2010年から12年間、編集長を務める。21年、和食専門ウェブ・マガジン「和食の扉〜WA・TO・BI」を立ち上げ、25年に独立。フリーの食の編集者&記者に。産経新聞の夕刊にて「気さくな和食といいお酒」を連載中。
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