サプライズは、越境──大阪『Leone吉川健太郎』の「ビエリア」

ビリヤニとパエリアのいいとこどりなので、ビエリア。“国籍のない料理”を掲げ、2025年3月、うめきたエリアに移転・新装した『Leone 吉川健太郎』の新作です。イカ墨に染まって艶めくのは、うるち米にバスマティライス、極細のパスタ。そこにグリーンソースを絡めると…。風味は一変。インドが爽快に薫ります。

国籍のない、おまかせコース

とある夏の日、『Leone吉川健太郎』オーナーシェフの吉川さんはfacebookにこんな一文を綴った。 ──唯一無二の料理を作りたいといつも思っている。それがコピーとコピーを合わせたものでも、オリジナルに敬意があって美味しければいいんじゃないかなぁ、というのが私の考え方──。 今回のワンデッシュは、スペインのパエリアとインドのビニヤニの融合だ。

僕はイタリアで修業したので、軸足はイタリアンに置いていますが、うちの料理に国籍はありません。地中海からアラビア海、インド洋を通って東南アジア、そして日本へ。“海のシルクロード”が結ぶ各エリアの食文化を融合させたおまかせコースで、ここだけの味にワクワクしていただけたらと思います。

「Leone吉川健太郎」店主・吉川健太郎さん
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吉川シェフの経歴は異色だ。イギリス史を専攻し、大学院で19世紀ヴィクトリア朝時代のコレラの歴史を研究。ロンドンにも半年滞在し、ホームスティ先のスリランカ人の家で本場のスパイス料理に触れた。就職先は、なんと宝塚歌劇団。出張が多かったため食べ歩きが趣味となり、漠然と料理人になりたいと思い立つ。知り合いのつてをたどって、料理の心得のないまま30歳で渡伊。なんとも思い切りがいい人だ。

物怖じしない性格ですし、英語が話せたんで、現地では結構可愛がってもらいました(笑)。ナポリ湾の港町・ソレントにある『クアットロ・パッシ』で1年ちょっと働いて、帰国後は東京の「DAL-MATTO(ダルマット)」のオープニングスタッフに。2006年に関西に戻って、北新地に『Leone』を開きました。和食のエッセンスを取り入れながら自分らしいイタリアンをお出ししていたのですが、数年後、医療系の接待が激減して…。ランチにスパイスカレーを始めたんです。半分やけくそですよ(笑)。でも、人気に火が付いて、僕自身も面白くなっちゃって。いろんなカレーにトライして、行き着いたのがビリヤニでした。

「Leone吉川健太郎」内観
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ビリヤニ×パエリア+αの吉川流

ビリヤニはインドの炊き込みご飯と言われるが、カレーと茹でた米を何層か重ねて蒸し上げるのが一般的だそう。ところが、行きつけのインド料理店では、スパイス風味のスープで米を炊き上げ、カレーを合わせていた。「こんな方法もアリなのか」。それが、吉川流ビリヤニ誕生のきっかけになる。

80席もある大型店なのに、やたら早くビリヤニが出てくる。30分くらいはかかるはずやのに、なんでや?と思って聞いたら、下加熱しておき、注文が入ってから炊き上げる方法を教えてくれて。インド人がやっているんだから、間違った方法とは言えないでしょう(笑)。それで僕なりのビリヤニを作るようになったんですが、ある時ふと思ったんですよ。カレーの要素を除いたら、ほぼパエリヤやんって。「フィデオ・カべージョ」という極細パスタを合わせたり、魚介のだしを使ったりして融合させたら“どこにもない料理”になると思って、定番のイカ墨パエリアを大胆にアレンジしてみました。

パスタ入りイカ墨のビエリア
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パエリアに向く粒の大きい日本米は、岐阜の「いのちの壱」。ビリヤニに欠かせないバスマティライスを合わせ、バターと太白ゴマ油で炒めてから、ムール貝のだしとイカ墨を加えて炊いておく。そこに極細パスタを加え、追いだしをして炒める。蓋をしてジリジリッと底が焼ける音を頼りに炊き上げたら、ムール貝と塩をせずに炒めたジロール茸を加えて完成だ。

ムール貝はフランスのモンサンミッシェル産です。小粒だけど、旨みが強いんですよ。これを白ワインで蒸し煮にしています。その蒸し汁がムール貝のだしですね。追いだしして炒めるのは、リゾットの手法。ジロール茸を味付けせずに加えたのは、和食の混ぜご飯のイメージで。よぉ考えたら、4カ国の料理の融合でしたね(笑)。

ムール貝とイカ墨、ジロール茸のビエリア
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グリーンソースの鮮やかな味変

モンサンミッシェルの小粒なムール貝が、驚くほど濃密な旨みだ。ジロール茸がシャクッと食感にリズムを生む。イカ墨に染まったご飯&パスタはバターのリッチな風味と貝のだしが相まって、しみじみ味わい深い。ん? でも、ビリヤニの要素が弱い。スパイスのニュアンスがまるで感じられないのだ。

グリーンソースを途中でかけて味変してもらいます。パエリアに添える、ニンニク風味のマヨネーズ「アリオリ」の変形版ですね。グリーンは、インドのミントチャツネ。フレッシュのミントにコリアンダーやエシャロット、唐辛子などをすり合わせたものです。ヨーグルトとマヨネーズを加えて仕上げました。

ビエリアのグリーンソース
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ミントの爽快さに続くのは、鮮烈な辛み。コリアンダーの香味に、ヨーグルトのまろやかな酸味が合わさって…、エキゾチックで、複雑。ヨーロッパからインド大陸へひとっ飛びしたような、鮮やかな越境的展開だ。

実はこの後にカレーもお出しします(笑)。今年の3月に北新地から移転し、店名にも自分の名前を加えて新しいスタートを切ったばかりだし、まだスタイルを決めないでいたいんです。カウンターが主体なので、お客さんのダイレクトな反応を見ながら、メニューも頻繁に変えています。「揺り戻し」と「前のめり」を繰り返しながら(笑)、オリジナルを追求していきたいと思っています。

アグレッシブで、好奇心旺盛。イギリスで出合ったインド大陸の味も、イタリア修業や食べ歩きで得た経験も、吉川シェフが掴み取って来たすべてが、ビエリアという唯一無二のワンデッシュに詰まっている。

「Leone吉川健太郎」外観
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writer

中本 由美子

nakamoto yumiko

青山学院大学を卒業し、料理と食の本を手掛ける東京の「旭屋出版」に入社。4年在籍した後、「あまから手帖」に憧れて関西へ。編集者として勤務し、フリーランスを経て、2010年から12年間、編集長を務める。21年、和食専門ウェブ・マガジン「和食の扉〜WA・TO・BI」を立ち上げ、25年に独立。フリーの食の編集者&記者に。産経新聞の夕刊にて「気さくな和食といいお酒」を連載中。