仔豚が、真珠──神戸『Ngam Ngam Hou』の「プレミアム点心三種」

神戸・六甲道『Ngam Ngam Hou(アムアムホウ)』は、四川料理と並んで点心が名物です。開店から17年、香港で“現地の今”を吸収し、生地とあんの最適解を追求し続ける店主・松本 明さんの自信作は「プレミアム点心三種」。アワビのシュウマイに、XO醤風味の伊勢エビの蒸し餃子。豪華な海鮮を助演に、可愛い仔豚が真珠のような光沢を放ちます。

ワンオペ、孤高の点心師

四川料理と点心を看板に、神戸・六甲道に『Ngam Ngam Hou』を開いたのが2008年。以来17年、店主の松本 明さんは、ワンオペ調理を続けている。その仕事量たるや、すさまじい。調味料はほとんど自家製。名物「スペシャル点心三種」の中でもとりわけ人気の「豚肉と芽菜(ヤーツァイ)かわいい仔豚の点心」だけでも、驚くほど手間がかかっている。

豚肉と芽菜(ヤーツァイ)の点心
生地は、もち米粉と米粉。豚ミンチと四川省の漬物・ヤーツァイに花椒(ファージャオ)の刺激的な風味を利かせたあんを芯にして丸め、仔豚の形に。
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仔豚の点心の手順
生地の一部を紅色に染めて鼻と耳を作り、黒ゴマで目を付ける。
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四川省で出合った「豬兒粑」を僕なりにアレンジしたものです。直訳すると「仔豚ちゃんのお餅」という意味です。本来は、柏餅のように丸い団子を葉っぱで包んだ素朴なものですが、「せっかくだから見た目も仔豚ちゃんにしたら面白いかな」と思って。初めは形だけでしたけど、生地を一部ピンクに染めて鼻や耳も付けるようになりました。僕は凝り性なんですよ。50代になって、黒ゴマで目を付けるのに、ちょっとピントが合いにくくなりましたけど(笑)。

豚肉と芽菜(ヤーツァイ)かわいい仔豚の点心
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蒸したての生地は真珠のような光沢で、むちっと噛み応えがある。花椒の爽快な風味がふわっと鼻に抜けると、次の瞬間、肉汁とあいまって口の中に広がるのは、鋭角的な刺激。可愛い顔して、お腹の中は“辛辣”だ。その後から、ヤーツァイの発酵による旨みが追いかけてくる。

開店以来ずっと作り続けていますが、点心は奥が深い。生地もあんも多種多彩やし、組合せは無限大。タピオカ粉やコーンスターチ…と粉の種類や配合を調整しながら生地を作り、あんとの相性を図るのが、点心師の腕の見せ所です。手間数も多いので、志す人がなかなか出てこない。出てきても、続かない。それで、ずーっとワンオペなんです。

現地のリアルな“今”を伝えたい

四川料理と点心を看板にしたのは、「初めの修業店で習ったのがこの2つだったので」。調理師学校で中国料理を専攻し、卒業後は神戸の四川料理店に入店。点心師でもあった台湾人シェフのもとで仕事を覚え、一念発起、中国へ。四川省や広東省、香港でも経験を積み、32歳で独立を果たした。実は松本さんが中国料理人を志したのは、なんと小学生の時だったという。

「Ngam Ngam Hou」店主・松本 明さん
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僕の点心のルーツは、おばあちゃんの水餃子。満州にいた頃、現地で覚えたレシピなので、もちろん皮から手作り。皮が余ったら、黒砂糖を混ぜて甘い点心にしたり。粘度遊びみたいな感覚で(笑)、僕もよく手伝いました。あれは小学4年生くらいだったかな。「豆板醤を買ってきて」と言われて、お使いから帰ってきたら「味見してみ」と。めっちゃ辛かったんですけど、「これが豆板醤の味や」って。そういう教育だったから、中国料理に自然と興味が湧いたんだと思います。

開店以来17年、松本さんは毎年、本場の味に触れるため海を渡っている。中国料理の流行発信地であった香港には、とりわけ熱心に通った。2010年には、中国で調理師免許も取得。広東語が話せる強みを生かして、気になる店を訪ねてはスタッフに話しかけ、厨房に入れてもらったり、レシピを教わったり。行動力と探究心をフル稼働させ、“現地の今”を吸収してきた。

初めて中国に行った時、「日本で覚えた料理と全然違う!」と驚いたんです。僕は現地のリアルな味を伝えたい。そのためには実際に見て食べて、聞かないと。訪ねるたびに新しい味に出合うから、帰国したら厨房にこもって試作の日々です。ここ数年は、妻の故郷の大連によく行きますが、おばあちゃんの水餃子がまたおいしくて。手伝いながら作り方を教わりました。中国には、まだまだ知らない点心が山ほどある。うちは定期的に点心祭をやっているので、常にアンテナを張っていないと、ネタが尽きちゃうんですよ。

『Ngam Ngam Hou』外観
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「点心は小宇宙」という美学

ポルチーニのあんを包んだキノコ型の饅頭に、白鳥を象った雲南ハム入りの大根パイ。定番の小籠包やエビ餃子などの他に、多彩な点心がメニューを彩る。その中から、松本さんが「プレミアム点心三種」に選んだのは、「まるごとアワビのせシュウマイ」。可愛らしい小粒のアワビが豚とエビのあんとあいまって、口の中に幸せな旨みが溢れる。

「かわいい仔豚」ばかり出るので(笑)、ご馳走点心もありますよ、と組み合わせたら大好評で。アワビのシュウマイは、スライスであんをくるんだり、大きなアワビをのせたりといろいろですが、僕なりに一口の完成度を高めたのが今の形です。そのために小粒のアワビを探しまくったんですよ! 小さくとも存在感があるように、オイスターソースや醤油などできっちり煮込んでいます。

小粒のアワビのオイスターソース煮込み
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もう一つは、「伊勢海老と帆立貝柱の蒸し餃子 XO醤風味」。ホウレン草で着色した緑の皮は、むちっとした食感が心地よい。ブリッと弾力ある伊勢エビには自家製XO醤のリッチな旨みをまとわせてあり、あんは帆立貝にエビを少し。海鮮の重奏を楽しみながら、点心とは贅沢な一口のご馳走だと知る。

ホウレン草入りの蒸し餃子の皮
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浮き粉と片栗粉の生地に、ホウレン草のピュレ入りの熱湯を加えて練り合わせています。透明感とむちっとした食感がポイントですね。アワビのシュウマイの方は、皮を感じないくらい薄くするのが理想です。点心は調和が大事なので、あんを少し変えたら、皮も変えないといけない。ブラッシュアップに終わりがないんですよね。でも、楽しいんですよ。70歳までは続けたいな、と思っています。

「点心は小宇宙」と松本さんは言う。生地とあんを軸にした一口の点心には、宇宙のような美しい秩序がある。大げさな表現のようだが、現地の風を吸収し、厨房で一人ブラッシュアップを重ねてきた17年の日々が、松本さんの言葉に説得力をもたらせている。

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writer

中本 由美子

nakamoto yumiko

青山学院大学を卒業し、料理と食の本を手掛ける東京の「旭屋出版」に入社。4年在籍した後、「あまから手帖」に憧れて関西へ。編集者として勤務し、フリーランスを経て、2010年から12年間、編集長を務める。21年、和食専門ウェブ・マガジン「和食の扉〜WA・TO・BI」を立ち上げ、25年に独立。フリーの食の編集者&記者に。産経新聞の夕刊にて「気さくな和食といいお酒」を連載中。