洒落て、タコ焼き──大阪『上方中華 新瓊』の「タコの叉焼」
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大阪の食文化が薫る中国料理を
真昆布の一大消費地だった大阪には、昆布を器に見立てた「昆布舟」という郷土料理があった。塩鯖のアラだしを使った「船場汁」は商家のまかない料理。『上方中華 新瓊』店主の新谷亮人さんは、2022年の開店以来、関西の古い料理を紐解き、独自の中国料理へと昇華させてきた。“上方中華”という誰の足跡もない独自の道を歩み始めて、来春、4年目を迎える。
僕の実家は中国料理店を営んでいたので、物心ついた時には両親と同じ道を行こうと思っていました。京都の『青冥(チンミン)』に就職し、台湾でも働かせてもらったのですが、その時、地元の厨師に聞かれたんです。「日本人なのに、なぜ中国料理をやるのか?」。29歳で独立して、江坂に『中国菜 老饕(ラオタオ)』を開き、必死に中国料理と向き合って15年が経った頃、その言葉がふと頭に蘇ってきたんです。
大阪生まれの日本人として、中国料理をやる意味を追求しよう。新谷さんは中崎町への移転を決意し、屋号を改め、コースで勝負することに。フカヒレのスープを昆布舟で供したり、中国料理の技法を用いて美しい船場汁を仕立てたり。江戸期に花開いた大阪の食文化が薫る知的な料理は、ガストロノミーとして出色で、瞬く間にグルマンの注目を集めた。ところが、だ。今回のワンデッシュで表現したのは、なんとタコ焼きだった!
“上方中華”ってどんな料理?というのを伝えるため、初めは古典的な郷土料理を題材にしていました。有難いことに、ある程度は認知していただいて。3年目に入ったあたりから、もっと肩の力を抜いてもいいのかな、と思うようになりました。お客様もその方が楽しいでしょうし。タコ焼きは誰もが知る大阪のソウルフードです。こういう庶民的な料理を、僕なりの中国料理に仕立ててこその“上方中華”。実は移転前からずーっと密かに考え続けていたんですよ。
タコ焼きからの、タコせん!?
構想3年以上。かくして生まれた『新瓊』流のタコ焼きが、今回のワンデッシュだ。タコで叉焼を作り、炭火で香ばしく焼いて一口大に。4切れを一皿に盛り合わせ、そのうち2切れにはカツオ節と青海苔をまぶす。マヨネーズの代わりは、レモングラスのような香りの木姜油(ムージャンユ)にナンプラーと卵黄を合わせたソース。ん? これは何? 薄いせんぺいのようなものが添えられている。
この料理は、タコせんのイメージです。タコ焼きをエビせんで挟んだアレです(笑)。チップスは、剣先イカで作っています。もち米と合わせて昆布だしでくたくたに炊いて、フードプロセッサーにかけて薄くのばして。低温のオーブンで乾燥させてから、150℃で揚げています。マヨネーズ風のソースを絡めて、カツオ節、青海苔も一緒にこのイカせんと食べていただくと…、どうです? タコせんっぽいでしょう(笑)。
なるほど、確かに! いやいや、それにしてはクリエイティビティな味。タコの叉焼は、ほんのり温かく、レアな火入れなのに驚くほど柔らかい。ウスターソースを思わせる味は表面だけにまとわせてあり、中からしっかりとタコの持ち味が感じられる。1切れはそのまま堪能し、2切れ目にカツオ節や青海苔をまとわせてパクリ。ムフッと笑いがこみあげてくる。なるほど、タコ焼きを彷彿とさせる味だ。
タコを分かりやすく中華風にしょうと思った時に、まず頭に浮かんだのが広東風の叉焼です。タコ焼きのソースのニュアンス、香ばしさをどう表現するか、かなり試行錯誤しました。叉焼醤(ジャン)に2時間漬け、120℃でギリギリの火入れをして。炭火で焼いて香ばしさをプラスしています。豚の叉焼は塩で味を決めるのですが、タコの場合は醤油ベースの方がいいと気が付いて。ようやく満足のいく叉焼ができたんですよ。
“上方中華”の向かう先
3切れ目にレモングラスの香るマヨネーズを付けて、4切れ目はイカせんと共に。随分シュッとしたタコせんだと思いながら、笑いが止まらない。一途で生真面目な新谷さんに、こんな諧謔(かいぎゃく)があったとは!
僕は大阪人ですから(笑)。笑わせてなんぼ、という気質もありますよ! この一品はコースの2品目にお出しするのですが、1品目は伝統野菜など大阪の旬菜を一口ずつ味わっていただき、店の方向性を示します。次の2品目は、心を掴む一品をお出ししたい。コースの構成はきれいにまとめたくなるものですが、ジャンキーなテイストも盛り込んで、ちょっと外した方が面白いかな、と。序盤にクスッと笑える一品があったら、緊張もほぐれて、その後のコースをリラックスして楽しんでいただけると思うんですよ。
新谷さんは、割烹や料亭の店主が集う「大阪料理会」という勉強会に昨年から参加している。大阪料理は、食材を無駄にせず、創意をもって使い切る工夫を凝らす“始末の心”で仕立てるもの。その学びは、タコの料理にも生かされているようだ。
「タコの叉焼」には足だけを使うので、胴身が残ります。これを叉焼包(チャーシューパオ)にしようと考えて。結構苦戦しましたが、いいところまで来たので、もうすぐお出しできると思います。僕は、タコ叉焼を流行らせたいんですよ。いろんなジャンルの料理人に真似してもらって、どこかで商品化もされて…。そうして広まったら、大阪の中国料理界に貢献できると思うんです。“上方中華”は商標登録していますが、8年で期限が切れます。その時、タコ叉焼発祥の店として知られるようになっていたら…面白いんですけどねぇ。
「3年間はきれいにやってきて、これからはもっと大阪的エンタメ性を追求したい」と、新谷さんは真っすぐな目で語った。クリエイティブと、大阪らしいユーモアを融合させて──。“上方中華”はこの先、きっともっと面白くなる。
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- 店名
- 上方中華 新瓊
- 住所
- 大阪府大阪市北区中崎1-4-21
- 電話番号
- 06-7410-6334
- 営業時間
- 12:00~13:00入店(火~土曜)、17:00~21:00入店
- 定休日
- 日曜、不定休あり
- 交通
- 大阪メトロ谷町線中崎町駅から徒歩1分
- 席数
- カウンター8席、個室1室(4~6名)
- メニュー
- ランチコース8800円、ディナーコース24200・41800円。グラスワイン1650円~。※サービス料は昼3%、夜6%別。
- 外国語メニュー
- あり

writer

中本 由美子
nakamoto yumiko
青山学院大学を卒業し、料理と食の本を手掛ける東京の「旭屋出版」に入社。4年在籍した後、「あまから手帖」に憧れて関西へ。編集者として勤務し、フリーランスを経て、2010年から12年間、編集長を務める。21年、和食専門ウェブ・マガジン「和食の扉〜WA・TO・BI」を立ち上げ、25年に独立。フリーの食の編集者&記者に。産経新聞の夕刊にて「気さくな和食といいお酒」を連載中。
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