一口ずつ、4つの青──京都『真白』の「Sea World」

シーブルーのガラス皿に4種の背の青い魚。「晩秋の海の生態系を味わっていただきます」。京都・烏丸のイノベーティブレストラン『真白』の小霜浩之シェフは、海の問題をエンタメ性をもって伝えるこのワンデッシュに「Sea World」と名付けました。小さな魚から大型魚へ、一口ずつ4つの青をいただきます。

テーマは、海の生態系

手前左から時計回りに、コハダの幼魚・新子→イワシ→鯖→マグロ。どれも背の青い魚だ。白いラインが渦潮を思わせるブルーのガラス皿に、小さなものから円を描くように配したのには意味がある。京都のイノベーティブレストラン『真白』の小霜浩之シェフが皿の上に描いたのは、海の生態系だ。

晩秋からは近海マグロがおいしくなりますよね。エサになる鯖は、イワシやコハダなどの小魚を食べて身を肥やします。11月は海水の温度が一気に下がって、青背の魚が脂を蓄える時季。その海の生態系を一皿で表現しました。昨今、海の環境保全が問題になっていますが、どんな小さな魚でもいなくなれば生態系は崩れます。そうした問題を、小さな魚から順に食べていただくことで、さりげなく伝えられたら。といっても、難しく考えなくていいんです。4種の青魚の食べ比べを楽しみながら、少しだけ海のことに想いを馳せていただけたら充分です。

「真白」小霜浩之シェフ
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晩秋からの海は冬に向かって刻一刻と変わる。そのため、このワンデッシュの青魚の顔ぶれも、サンマやアジなど毎日違うと小霜シェフは気さくに笑う。コースは1カ月単位で考えるが、その中身はとてもフレキシブルだ。

和食の料理人さんに紹介してもらった錦市場の鮮魚店に毎朝通っています。目利きも下処理も素晴らしいので、その日ある魚を素直に使いたいと思うようになりました。僕は大阪のホテルで修業を始めて、長らくフレンチの枠組みの中で料理を作ってきましたが、素材優先で料理を考えるようになって、いろんな縛りが取れたんです。HPにも“ジャンルレス料理”と謳っていますし。自由に、楽しく、新しい料理を作っていきたい。京都に来て、随分と考え方がシンプルになりましたよ。

「Sea World」の魚
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料理に向き合う、真っ白な気持ち

小霜シェフは、「リーガロイヤルホテル大阪」で修業し、同ホテル史上最年少の33歳で、系列の福岡の『レストラン シャンボール』料理長に抜擢された。京都のフレンチ『DOUZE GOUT 12+(ドゥーズグー)』のシェフ時代はコンクールで実績も残し、2012年、芦屋に『コシモプリュス』をオープン。17年に京都に移転し、『祇園 呂色(ろいろ)』を開き、23年、『真白』で再スタートを切った。

「呂色」は漆のような深い黒を表す言葉です。そこからの心機一転という意味も込めて「真白」と名付けました。店の前に六角堂があるのですが、この六角は人間の持つ“6つの欲”を表していて、その角が取れて円満な心になりますように、という願いが込められているそうです。このレストランで6つの欲を満たして、真っ白な心で帰っていただきたい。そんな想いも込めているんですよ。

京都のイノベーティブレストラン「真白」
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『コシモプリュス』時代の小霜シェフの料理は、斬新かつ華やかで、芦屋という街によく似合っていた。対して『呂色』。カウンター主体ともてなしの形を変え、コースもグレードアップ。フランス料理にこだわらなくなったのは、この頃からだとシェフは言う。

『コシモプリュス』では“人がやらないこと”に挑んで、ビジュアル重視の映える料理を作っていました。“足し算”は充分やったな、というタイミングで京都に来て、コースのお値段を少し上げさせていただいたことで、上質な食材を扱えるようになって。皿の上がぐっとシンプルになりました。『真白』では、そこから一歩進んで、さらに素材感を立たせた独自性を追求しています。ご飯が炊き上がる直前の“煮えばな”をイメージしたリゾットもお出ししますし、京都の七谷(ななたに)鴨でラーメンも作りますよ(笑)。

山かけにガリ!? 遊び心も満載

11月のコースは、「雲丹」と書いて「うみ」と読ませる定番のアミューズから始まり、「与謝野米“季”」と謳う煮えばな風のリゾットへと続く。今回のワンデッシュは4品目。青背の魚が主役ゆえ、マグロ以外は酢〆にするが、それぞれの青魚の個性を生かした酸味のセレクトが面白い。

新子の調理
新子は塩〆してから白バルサミコ酢に10~15分漬ける。オリーブ油で保湿し、盛り付ける直前にタレを塗る。
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新子はこの時季だけの繊細な持ち味を生かして洋風の酢〆にし、木の芽を添えます。タレは甘口のシェリーを煮詰めて醤油と合わせたもの。寿司屋の煮ツメのイメージです。

イワシの調味
酢〆したイワシは、セミドライトマトとショウガのフレーバーで。
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イワシは少しクセがあるので、芳醇なロゼバルサミコ酢で20分〆ました。トマトとショウガを合わせると、青魚特有の旨みがぐっと際立ちます。マリーゴールドのスプラウトで柑橘の香りを添えています。

鯖の調理
鯖は酢〆してから皮目をバーナーで炙り、さらに藁で燻して香りを付ける。
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鯖は脂のインパクトが強いので、きりっとした酸味のカラマンシービネガーに40分漬けてます。皮目の脂の旨みを引き出したかったので、バーナーで炙ってから、藁の燻製香をまとわせ、一皿の中に変化をもたせました。あしらいのナスタチウムの葉は、ワサビに似た爽快な辛みがあるので、引き締め役です。

マグロの調味
マグロにはクミン風味のソースを巻いて。
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最後の一口はトロです。エシャロットとケッパー、粒マスタードを菜種油で繋いで、クミンでカレー風味にしたものを包んでいますが、とろっとした食感でしょう。イメージは、山かけ(笑)。オクラの新芽をあしらって、ネバネバ感も加えてみました。

一口ずつ順にいただくと、新子はピュアな旨みで、イワシは青背特有のクセを強く感じる。燻した鯖は、起承転結の“転”。カレー風味とトロの意外な相性が楽しい。その合間にチョンと付ける黒い水玉は、醤油代わりのソース。柿はガリの役割と、細部にまで遊び心が感じられる。

京都「真白」の「Sea World」
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茶色のソースはフランボワーズビネガーを煮詰めたもの。柿はマスタードオイルに浸けてから、レモン酢とオリーブ油を絡めています。京都に来て、和食の料理人と交流が生まれたことで、和食とは違うアプローチで素材を生かそうと思うようになって。今、僕が強く意識しているのは“食べ疲れない”料理。何が主役なのかを明確にして、同系色で仕立てることも増えました。面白いことに、同じ色の食材同士ってケンカしないんですよ。

「新しい料理を考えるのが楽しくて」と小霜シェフは破顔する。「Sea World」はエンタメ性の高いワンデッシュだ。だからこそ、難しくなく、海の問題を食べ手に届けることができる。その加減の巧さに、50代になった小霜シェフの円熟味がある。

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writer

中本 由美子

nakamoto yumiko

青山学院大学を卒業し、料理と食の本を手掛ける東京の「旭屋出版」に入社。4年在籍した後、「あまから手帖」に憧れて関西へ。編集者として勤務し、フリーランスを経て、2010年から12年間、編集長を務める。21年、和食専門ウェブ・マガジン「和食の扉〜WA・TO・BI」を立ち上げ、25年に独立。フリーの食の編集者&記者に。産経新聞の夕刊にて「気さくな和食といいお酒」を連載中。