逆転の定番──京都『にしぶち飯店』の「フカヒレの白湯スープ煮込み」

コースの山場に土鍋で臨場感たっぷりに登場するのは、フカヒレの白湯(パイタン)スープ煮込み。京都・東山の中国料理店『にしぶち飯店』定番のワンデッシュですが、ん? 以前とは姿が違う!? 「王道のよさに改めて気が付いて」。西淵健太郎さんは、焼いて香ばしく仕上げた名物を封印し、白湯で煮上げる上海風に。その背景には、気仙沼の上質なフカヒレとの出合いがありました。

カウンター割烹的中国料理

ブルーチーズと味わう叉焼あり、燕(つばめ)の巣を詰めた手羽先あり。鱧やぐじ、筍など、京料理を彩る旬の食材で季節感も備えたコースには、中国料理+αの魅力がある。
京都は東山の小路に暖簾を掲げたのが2013年。『にしぶち飯店』店主の西淵健太郎さんは、京都きっての名割烹『祇園さゝ木』で和食を学んだ異色の中国料理人だ。

学生時代、京都の町中華でバイトを始めたのが、料理人になるきっかけです。18歳でホテルに就職して、5年間、中国料理を学びました。季節感のある料理を作りたいと思うようになって、幸運にも『祇園さゝ木』への入店が叶ったんです! 6年間、割烹の仕事を学ばせてもらって、29歳の時に独立しました。

京都「にしぶち飯店」の外観
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『祇園さゝ木』店主の佐々木 浩さんは、割烹の革命児と称されている。ピザ窯を導入したり、自ら中華鍋を振ってズワイガニの炒飯を仕立てたり。和食の枠組みにとらわれない自由闊達なコースには、フカヒレ煮込みも。インパクトある新しいおいしさを繰り出し続ける佐々木さんの薫陶を受け、西淵さんは刺激的な日々を過ごした。

おやっさんの目は、いつ何時もお客様に向けられています。喜ばせたい!というパッションに溢れた方で。常にアンテナを張っていて、新しい発想があふれ出てくる。それでいて、本質的な部分もとても大切にされていました。『祇園さゝ木』で学んだからこそ、旬の食材を取り入れた季節感のある中国料理を目指せたんだと思います。ライブ感のあるカウンターでのもてなしも、おやっさんの真骨頂で。独立した今も、その背中をずっと追いかけています。

京都「にしぶち飯店」のカウンター
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サメの町・気仙沼を訪ねて

味わいは中華ながら、先付からお造りへと続くコースは、さながら会席のよう。その中で盛大な湯気と共に土鍋で供されるフカヒレ煮込みは、『にしぶち飯店』の見せ場の一つだ。長らく定番として愛されたその姿は、焼き目の付いた姿煮込み。スープはクリアな上湯(シャンタン)だった。ところが今、目の前にあるのは山盛りの立体的な姿。グツグツと煮立っているスープは白濁している。

「にしぶち飯店」のフカヒレの白湯スープ煮込み
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長らくフカヒレを煮込んでから香ばしく焼いて、上湯と共に土鍋でお出ししていたのですが、ある時、王道の白湯スープ煮込みを食べて目が覚めるような思いがしたんです。今までも、鱧やカニを合わせたり、スープもその時々で少しずつ工夫していましたけど、ここまで大胆に変えたのは初めてで。さすがに勇気がいりました(笑)。でも、定番こそ磨くべきだと今は思っていて。そうしないと、僕もスタッフも成長しないですから。

西淵さんは2年前、サメの町として知られる気仙沼を訪ねた。ヨシキリザメの漁獲量は日本一。実に8割が気仙沼で水揚げされている。フカヒレとして長らく取引されてきた「原ヒレ」は、強い寒風にさらして天日干しにし、旨みを凝縮させたもので、湯で戻して掃除するのは料理人の仕事だった。西原さんが懇意にする『石渡商店』は、その手間を省き、さらに品質を高めようと、生の状態で余計な皮や骨、肉を取り除く「素むき」を開発。今や世界に広がる画期的な製法となった。

「石渡商店」のフカヒレ
宮城県気仙沼の『石渡商店』の「素むき」フカヒレ。
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『石渡商店』の工場を訪ねると、手作業で一つずつ「素むき」をされていて。その光景に感動しました。天日干しは気候に左右されますが、ここでは世界に一つしかない機械を開発して、乾燥も工場内で行われています。以前から、真っ白で美しく、品質の高いフカヒレだと思っていたのですが、生産の現場を見て、社長のお話を聞いたことで、僕の中でストーリーのある食材になりました。想いをのせて、お客様に届けたいと思ったことも、定番をブラッシュアップしたきっかけの一つです。

「にしぶち飯店」のフカヒレの下処理
『石渡商店』のフカヒレを戻した状態。「素むき」により皮や骨が取り除かれている。
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「にしぶち飯店」のフカヒレの下処理
下処理したフカヒレをほぐし、上湯と醤油・オイスターソースなどで3~4時間煮込むとこの状態に。
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作り続けるおいしさもある

「フカヒレの白湯スープ煮込み」を味わうと、1本ずつの繊維感の滑らかさに驚く。食感にリズムを生むのは、モヤシと黄ニラ。上湯と割った白湯は思いのほか軽やかな味わいで、フカヒレの素材感を強調している。そこに、黒酢をとろーっと。こっくりとしたコクと、深みのある酸味が加わり、陶然となるような味変だ。頬を緩めながら一気に完食し、顔を上げると西淵さんが満面の笑みを浮かべていた。

フカヒレの白湯スープ煮込みに黒酢をかける
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人に喜んでもらうのって、幸せなことですよね。僕の場合、そのツールが料理だったワケで。独立した当初は、季節感のある中国料理で変化を楽しんでもらおうと努めていたのですが、40代になった今は、中国料理は“食べたい時が旬”なのかな、と考えるようになって。「ここに来たら必ずあの味が食べられる」と、お客さんに喜んでもらえるのって大事なことですよね。これからも、現状に満足せず、定番を磨き続けたいと思っています。

『にちぶち飯店』は年間120日も休みがあるという。8月は丸1カ月も休む。その時間があるからこそ、常にフレッシュな状態で料理と向き合い、カウンターに立つことができるのだと西淵さんは言う。

京都「にしぶち飯店」店主・西淵健太郎さん
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仕事に繋がるような休暇の取り方ではなくて…。ねぶた祭を見たり、チリに釣りに行ったり(笑)。自分をフラットにする時間です。そうでないと、日々の仕事がルーティンになって、現状に飽きてしまいそうで…。長い休暇の中で、自分が食べ手になることで得るものが多いんですよ。営業を続ける日常の延長では、定番のよさを再認識できなかったかもしれません。これから歳を重ねていく中で、いろんな人と出会って、いろんなものを見て、もっと自分自身の幅を広げていきたいですね。

今年は開業から12年、ちょうど干支を一巡りしたことになる。「作り続けるおいしさがある」と西淵さんは言う。フカヒレのワンデッシュは、この先また姿を変えることもあるだろう。ブラッシュアップを重ねながら、『にしぶち飯店』の定番であり続ける。

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writer

中本 由美子

nakamoto yumiko

青山学院大学を卒業し、料理と食の本を手掛ける東京の「旭屋出版」に入社。4年在籍した後、「あまから手帖」に憧れて関西へ。編集者として勤務し、フリーランスを経て、2010年から12年間、編集長を務める。21年、和食専門ウェブ・マガジン「和食の扉〜WA・TO・BI」を立ち上げ、25年に独立。フリーの食の編集者&記者に。産経新聞の夕刊にて「気さくな和食といいお酒」を連載中。