舞茸ポタージュの秘密──大阪『和洋遊膳 中村』の「セコガニ変わり真薯椀」
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和洋に遊ぶ、愉しい品書き
『和洋遊膳 中村』のカウンターで品書きを眺める時間が好きだ。横長の紙にぎっしりと連なる旨そうな文字。旬の魚介と野菜の一品をそれぞれ決めてからが悩ましい。“和洋”と屋号に謳うだけあって、どんな仕立てなのだろう?と思う料理名が次から次へと目に飛び込んでくる。
物心ついた時から食べるのが大好きやったんですよ。僕は奈良の十津川村で生まれ育って、川で魚を釣ったら石を組んで焼いて食べてましたし、友達が来たら缶詰でフルーツゼリーを作って振舞ったり。サラリーマンより料理人の方が向いていると思ったので、調理師学校に行って。フレンチのシェフに憧れて、『志摩観光ホテル』に就職したんです。
時は1980年代初頭。19歳の中村正明さんは、伝説の料理長・高橋忠之さんが采配を振るうメインダイニング『ラ・メール』に配属された。偉大な師のもと、フランス料理の基礎を学ぶこと5年。突然、転機がやってきた。高橋シェフは、スウェーデン大使館の公邸料理人に中村さんを推挙したのだ。
高橋さんは厳格な方でしたけど、出張に同行させてもらうことも多く、可愛がっていただいていたんだと思います。でも、「スウェーデンに行かないか?」とお声がけいただいた時、僕はまだ24歳ですよ。異国やし、公邸料理人は僕一人だけで、現地ではとにかく必死でした。大使のご家族の3度の食事はもちろん、パーティーがあればケーキも自家製。焼き鳥も焼いたし、寿司も握ったし。パン粉で糠(ぬか)を作って漬物を漬けたり、うどんも豚まんも生地から手作りで。やり出したら凝るタイプなんで(笑)。起きてる時間は料理しかしない。そんな3年間でした。
ヒントは“固まらない”茶碗蒸し
27歳で帰国した中村さんを待っていたのは、さらなる転機だった。『志摩観光ホテル』時代の先輩である上野 修さんから声がかかり、『浪速割烹 㐂川(きがわ)』に入店。もう一人の師・上野修三さんと運命の出会いを果たす。1995年、西心斎橋に開いた『和洋遊膳 中村』は、この5年の割烹での経験が礎になっている。
大使館では和食のご要望が多くて、独学で作っていたのですが、ちゃんと学べたらなと思って。当時の『㐂川』は大親父(上野修三さん)が“洋菜”を始めていて、僕でも少しは役に立つかなと思ったんですが…、全然ダメでした(笑)。和食の基礎がないですから。ものすごく忙しい店やったし、仕入れによって毎日品書きは変わるし。その上、大親父は何かひらめいたら、開店直前でも料理の内容を変えたりするんですよ。まさに時代の先を行く人で、和食の幅はここまで広げてもいいのか!と目が開かれる思いでした。
フランス料理店での修業と、公邸料理人としての経験。そこに割烹で体得した和食の技術が加わっての独立。枠にとらわれず、和洋に遊ぶ品書きは、『㐂川』イズムを中村さん流に昇華させたものだ。独自性を磨いて30年。品書きは新陳代謝を繰り返している。その中に「舞茸の変わり椀」が加わったのは、約2年前のことだ。
舞茸をポタージュ風にしてお椀にしたら面白いかなと思って。だしでトマトと焼いた舞茸を煮出し、ミキサーにかけて「すり流し」にするのですが、実はそこにスゴイ発見が潜んでいるんですよ! 茶碗蒸しに舞茸を入れると固まらないって、聞いたことありません? 舞茸には卵のたんぱく質を分解する酵素があるんです。それを逆手にとって、舞茸のすり流しに卵黄を溶き混ぜて、ゆっくり加熱したら、なんといい感じにとろみが付いたんですよ。
逆転の発想で、インパクトを創る
2年前の初お披露目は鱧バージョンだった。鱧のすり身で水牛のモッツァレラチーズを包み、砕いたおかきを衣にして揚げる。中からとろけ出てビヨ~ンと伸びるモッツアレラに驚きながら食して、驚愕。舞茸のすり流しの濃密な風味に、おかき衣で香ばしさを添え、チーズのまろやかさと鱧の力強さが相まって…。これでもかと旨みを重ねた斬新な一椀。それをセコガニでアレンジしたのが、今回のワンデッシュだ。
このお椀の中には、3つのうま味成分が入っているんです。トマトとチーズのグルタミン酸、カニのイノシン酸に、キノコのグアニル酸。うま味を重ねて相乗効果を狙っています。せっかくセコガニを使ったので、カニ真薯揚げの上に足の身をのせて、プチプチの外子もトッピングして。さらにカニの存在感を立たせるために、思い切ってお椀の蓋の上に甲羅をのせてお出しします(笑)。
その遊び心には、もはや脱帽だ。甲羅を外してから蓋を開ければ、セコガニの印象は倍増、いや10倍にも増す。見た目のインパクトに隣客の視線も釘付けで、座が盛り上がること間違いなしだ。お椀といえば日本料理の華で、格調高く供すのが定石だが、それさえも逆手に取ってしまう。なんというユーモア! 中村さんの発想はずば抜けている。
料理の本や雑誌を見るのも好きだし、外食しても何か盗めないかなーといつも考えてます(笑)。夢で見た料理がヒントになったりもするんですよ。「コレ、いただきや!」と思ったら、やってみないと気が済まない。完成するまで何カ月でも試作し続けるので、うちのスタッフは「食べ飽きた~」と思ってるでしょうね(笑)。
中村さんは、好奇心と探究心の塊のような人だ。いつも何か新しいことにチャレンジしている。『和洋遊膳 中村』の品書きには、そのエネルギーが漲っている。きっと今もまた、試作を繰り返していることだろう。年が明けたら、新たなワンデッシュが誕生しているに違いない。
data
- 店名
- 和洋遊膳 中村
- 住所
- 大阪府大阪市中央区西心斎橋2-3-22
- 電話番号
- 06-6212-9217
- 営業時間
- 17:00~22:00LO
- 定休日
- 日曜、第1月曜
- 交通
- 各線なんば駅から徒歩8分
- 席数
- カウンター12席、個室2室(2~6名。※間仕切りを外すと最大12名まで)
- メニュー
- 造り盛合せ3300円~、シーフードカレー(小)2200円、コース13200円(前日までに要予約)。グラスワイン990円~、日本酒グラス1100円~。※テーブルチャージ1000円。
- 外国語メニュー
- なし
- 公式サイト
- https://kc2k200.gorp.jp/

writer

中本 由美子
nakamoto yumiko
青山学院大学を卒業し、料理と食の本を手掛ける東京の「旭屋出版」に入社。4年在籍した後、「あまから手帖」に憧れて関西へ。編集者として勤務し、フリーランスを経て、2010年から12年間、編集長を務める。21年、和食専門ウェブ・マガジン「和食の扉〜WA・TO・BI」を立ち上げ、25年に独立。フリーの食の編集者&記者に。産経新聞の夕刊にて「気さくな和食といいお酒」を連載中。
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