煮えたぎる海──芦屋『オステリア・オ・ジラソーレ』の「瀬戸内グラティナート」

芦屋で『オステリア・オ・ジラソーレ』を営む杉原一禎(かずよし)シェフは、関西におけるナポリ料理の伝道師です。開業から23年、その視線は今、目の前の海に注がれています。2025年の渾身の一作は、グラタン風と名付けたワンデッシュ。「平均水深38mと浅い瀬戸内海を丸ごと煮立てたら」という想像から生まれた、杉原ワールドをご覧あれ!

テーマは“瀬戸内ナポリ料理”

それは、関西イタリアン界に地方料理の波が押し寄せる前だった。2002年、芦屋にナポリ料理を謳う『オステリア・オ・ジラソーレ』が誕生。杉原一禎シェフが手掛ける皿には、南イタリアの潮の香と大地の力が漂っていた。

釣りが好きやったんで、海の近くで働きたかったんですよ。地元・西宮のイタリアンで5年半修業した後、1997年にナポリ湾に面したカンパーナ州に渡りました。5世代続くレストランの古典的な料理から、前衛的なクリエーション、マンマの皿や郷土の菓子までを学んで。かなり刺激的な5年間を過ごしました。帰国を決めた時は、自分の店を開きたい!という想いが膨らんで張り裂けそうでした(笑)。

兵庫・芦屋「オステリア・オ・ジラソーレ」
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ナポリ料理ってどんなイタリアン? まずはその理解を得るために、ナポリ人は“葉っぱ食い”と呼ばれるほど豊富な野菜料理や、ディープな魚介の皿を展開。全国の名産地の海鮮を駆使し、日本で作るナポリ料理を深めていった。そうして10年が経った頃、杉原シェフの中に「独自のスタイルを築きたい」という想いが芽生え始めたという。

ナポリの代表的な漁師料理に「アクアパッツァ」があります。現地では鮮度はあまり重視されていなかったし、魚の身質もそれほど詰まっていないんですよ。だからスープで煮る調理法が適しているのですが、これを明石の鮮魚でやってもおいしくないんです(笑)。目の前の海に素晴らしい魚介があるのだから、その持ち味を生かす調理をすべきやと気が付いて。兵庫でイタリアンを営む僕にしかできないスタイルがあるはず。それで新たなテーマとして、“瀬戸内ナポリ料理”を掲げました。

兵庫・芦屋「オステリア・オ・ジラソーレ」杉原一禎シェフ
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明石と淡路島の魚にフォーカス

“瀬戸内ナポリ料理”を磨くため、杉原シェフは毎週のように明石浦漁港に通い続けている。セリを見学したり、近くの図書館で漁業の本を読み漁ったり。興味を持つと、深みに入る探究者気質。そして、運命を引き寄せるように、仲買『明石つる一』の鶴谷真宜(まさのり)さんと出会った。

鶴谷さんとは飲みの席で出会って、お付き合いで一度だけ魚を買わせてもらったんですが、これが抜群によくて。「今日の鯛、めっちゃ良かった!」と連絡すると、漁師の名前から漁場の水深、その魚のエサまでがスラスラーっと出てくる。その上、料理人に合わせて締め方を変えてくれるんです。 淡路や徳島の魚は淡路島の『漁場うお匠』からずっと買わせていただいていたのですが、「残りの料理人人生にこの2軒の魚は欠かせない!」と、瀬戸内の魚介に特化しようと決意。当時、50代を目前にしていた僕の転機になりました。

瀬戸内の鮮魚
『明石つる一』から届いたガシラ、足赤エビ、ハリイカ、カワハギなど、「瀬戸内グラティナ―ト」用のピカピカの魚介。
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杉原シェフのコースは7~8皿構成で、パスタを除く魚介料理は5種。その皿の上に描かれているのは、短い旬を捉えた“今の瀬戸内海”だ。当然、料理はどんどん変わる。今回のワンデッシュは、2025年、杉原シェフが最も手ごたえを感じた渾身の一作だという。

「瀬戸内グラティナート」は10月下旬から約1カ月お出ししていた一品です。瀬戸内海の平均水深って、たったの38mなんですよ。太平洋は4300m、日本海でも1500mくらいですから、どれほど浅いか分かりますよね。マグマが吹き出したら海ごと沸騰するんじゃないかなって。そしたら、いろんな魚介のごった煮みたいになって旨そうだなーと(笑)。そんな想像から生まれたのが、このワンデッシュです。

芦屋「オステリア・オ・ジラソーレ」の「瀬戸内グラティナート」
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“この時季だけの海”を皿の上に描く

厚手のココットの中、グツグツと煮えたぎっているのは、晩秋の瀬戸内の魚介たち。ハリイカに赤足エビ、カワハギは身だけでなく肝も入っている。一口食べて、思わず目を見開いた。旨みが爆発している! 食べ進めると味がどんどん変わって、さらに瞠目。実は、ココットの中は何層にも魚介の旨みが重ねてあるのだ。

「瀬戸内グラティナ―ト」の手順
左/底にはタコのミートソースとハリイカの墨煮。その上にタコの煮込みを重ねる。右/揚げパンをのせ、ガシラなどで取った魚のスープを。その上にベシャメルソース、川津エビのフリット、生のカワハギの肝をのせ、グツグツ煮立たせる。
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炭火で魚介を網焼きに
ハリイカと足赤エビ、カワハギの身はオリーブ油を絡め、熾った炭で「宮崎地鶏みたいに表面がちょっと黒くなるまで」網焼きに。これを最後にのせ、パプリカパウダーをかけて。
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グラティナートは、イタリア語で「グラタン風」みたいな意味で、熱々を味わっていただく料理。瀬戸内を丸ごと煮立たせるイメージで名付けました。この一品は、晩秋の魚介でなければおいしくならないんです。2024年から始めて、最初は底ものから浅瀬の魚まで順に盛っていたのですが、重ねる順で味が変わると気づいて。昨年はかなり完成度が上がりました!

杉原シェフは、調理をほぼワンオペでこなしている。イカを墨煮にし、タコを煮込み…と、小さなココットの中には驚くほどの手間数が詰まっている。食感に変化を持たせるため、川津エビはフリットにし、パンも揚げている。ベシャメルソースにミートソース、ガシラなどのアラから取るだし。旨みが後から追いかけてくるようなワンデッシュには、杉原シェフの瀬戸内愛がマグマのようにたぎっている。

「瀬戸内グラティナ―ト」の調理
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かつて僕は「何を作ろうか?」と考えていたのですが、今は「なぜ作るのか?」が大事だと思っています。例えば今月から3月までは明石の鯛が禁漁なので、底引き網で獲った魚がわんさと届きます。『明石つる一』はどんな小魚でも一尾ずつ血抜きして、最高の状態で送ってくれる。これぞ、ご馳走ですよ。それを洗練された漁師鍋のような料理に仕立てて、イタリア語で底引き網船という意味の「明石浦パランツァ」と名付けました。身近な海の今を皿の上に映す。それが僕の“瀬戸内ナポリ料理”です。

瀬戸内では獲れないからと、ノドグロやマグロを使わなくなって料理が変わったと杉原シェフは言う。ナポリで培った技術と感性で、2軒の魚屋から届く幸を使って“この時季だけの海の景”を描く。その皿の上で、杉原さんの大好きな二つの海が繋がっている。

兵庫・芦屋「オステリア・オ・ジラソーレ」店内
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writer

中本 由美子

nakamoto yumiko

青山学院大学を卒業し、料理と食の本を手掛ける東京の「旭屋出版」に入社。4年在籍した後、「あまから手帖」に憧れて関西へ。編集者として勤務し、フリーランスを経て、2010年から12年間、編集長を務める。21年、和食専門ウェブ・マガジン「和食の扉〜WA・TO・BI」を立ち上げ、25年に独立。フリーの食の編集者&記者に。産経新聞の夕刊にて「気さくな和食といいお酒」を連載中。