炭火で野趣を炙り出す──大阪『懐食 清水』の「焼きフグ」

皮やカマなど5つの部位を炭床で最適に火入れして一皿に。各々の個性と野趣を楽しませる「焼きフグ」は、大阪・北新地『懐食(かいしょく)清水』の冬の定番焼物です。1998年の開店から約30年、フレキシブルなコース展開と真っすぐな旬味の表現は、今や円熟の域に。その背景には、店主・清水俊宏さんの卓抜したコミュ力がありました。

フレキシブルな“懐食”のカタチ

懐石でなく、会席でもない“懐食”。店主・清水俊宏さんの造語だそうだ。懐は心中という意味があり、「心から食を楽しんでほしい」という想いが込められている。その言葉通り、清水さんの日本料理は、型にはまらず、自由度が高い。例えば今回のワンデッシュ。焼きフグと聞いていたけれど、清水さんが仕立て始めたのはフグの糸造り。白子で和えて…。ん? 焼きもせずに、グラスで登場。

フグを焼いている間に、召し上がっていただこうかなと(笑)。うちは天然フグも仕入れるけれど、身が締まっていて食べにくいし、味も強すぎるので、焼物にはあえて2.5キロの養殖フグを使っています。焼いておいしいのは、皮とかカマ。身が余るので、こんな風に小鉢にして焼物の“おまけ”みたいな感じでお出しするんですよ。養殖なんで味が淡泊やから、白菜と一緒に白子で和えて。ポン酢をかけてお出ししてます。

大阪「懐食 清水」のフグ白子和え
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なんともキレイな味わいで、口開けの一品によさそうな…。身が余るのであれば、先付として出せばいいところを、“おまけ”に出してしまうとは、何ともフレキシブル。聞けば、先付からお椀、お造り、焼物…と続く日本料理のコースの流れを、今はまったく意識していないと清水さんは快活に笑う。

僕は食べ歩きが好きなんですけど、旬を大事にする日本料理はどうしても献立が似通ってくるでしょう。それなら、うちは型通りでなくていいかなーと思って。春やったら、常連さんのお目当てが筍やから、小さいのをいきなり焼いて、先付の後に筍粥をお出ししたり。サクラエビの季節なら、早く食べたいやろうから、2品目をかき揚げにしたり。ここ数年は蕎麦もよくお出ししてます。コロナ禍中、ヒマやったんで、手打ちを練習したんですよ。僕は蕎麦が大好物なんで(笑)。

フグの部位
焼きフグに使う部位は、手前から時計回りに身皮、皮、カマ先、トオトウミ(外側の皮と身皮の間にあるゼラチン質の部分)、カマの身。
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コミュ力と吸収力で独自性を磨く

清水さんは大阪の下町育ちで、実家は魚屋。大学を出て、かつて心斎橋にあった料亭『鶴林(かくりん)』や有馬の料理旅館『中の坊瑞苑』で計5年の修業を積み、1998年に島之内に店を開いた。日本料理人としては異例といえるスピード独立だが、その短い修業期間をカバーしたのは、清水さんのずば抜けたコミュ力だ。どんな老舗であっても、多ジャンルの料理人に対しても、臆することなく教えを請う。驚くほどポジティブで、気負いのない人なのだ。

『鶴林』料理長の吉田靖彦さんは、とても創作意欲に富んだ方で。基本的な調理も教わりましたが、その発想にものすごく刺激を受けました。僕の原点になっていると思います。なんとかやっていけるかなーと開業したはいいものの…、お客さん、来なかったですねー(笑)。4年半くらいは閑古鳥が鳴いてました。その頃から、いろんなお店に食べに行ったり、産地や古美術商をめぐったり。老舗のご主人でも、聞いたら何でも快く教えてくれたんですよ。

大阪・北新地「懐食 清水」店主・清水俊宏さん
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食べ歩きによって同業者の知り合いも増え、メディアの目に止まったのは5年目。いいと思えば何でもすぐに取り入れる柔軟性で、コースは日々変化していた。2008年に改装して炭床を設えると、焼物の表現もぐっと進化。2016年、満を持して北新地に移転。広い厨房を得てスタッフも増え、コースの内容はさらに充実していく。より手をかけた八寸などが献立を彩ったが、ここ数年は食材の持ち味を率直に引き出す仕事へとシフトしているようだ。

カウンターでお客さんの表情を見ていると、分かりやすいシンプルな料理ほど「旨い!」って顔しはるんですよ。焼物やったら、食材や仕立てをいろいろ試すより、ベストな火入れを追求するべきやと今は思ってて。その方が絶対、喜ばれるから。春は岸和田や水間(みずま)の筍、早春から12月の半ばまでは岡山県児島の天然鰻、12月から2月まではトラフグ。うちは毎月、コースの品書きを変えていますが、焼物はこの3つが定番になってます。

部位ごとに炭火で最適な火入れを

大阪「懐食 清水」の「焼きフグ」
焼きフグの器は、なんと江戸時代中期、六代・左入(さにゅう)の赤樂。
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焼きフグは5つの部位の盛合せだ。カマ先に噛り付くと、ブリンッと強靭な食感。鮮烈な炭火の香ばしさが鼻に抜けていく。身皮は鶏肉のセセリのような弾力がある。ねっとりと歯に絡みつくのは、皮とトオトウミ。コラーゲンがとろけ、醤油ダレとあいまってコク深い。ポン酢の加減がほどよく、白髪ネギの香味と黒七味の刺激がフグの旨みを底上げている。部位ごとの持ち味の違いに一驚しながら、夢中で完食。この焼きフグは怪作だ!

炭火で焼くと、フグって肉みたいな野趣が感じられて旨いんですよ。濃口醤油とみりん、酒を同割で合わせたタレに8分間漬けて、太白ゴマ油を塗って、まずはカマ先から焼いていきます。続いて、カマの身やトオトウミ。皮は湯引きしてから焼き色を付けるイメージで。最後に身皮。それぞれ最適に火入れして一皿に盛り合わせてます。

フグを醤油ダレに漬ける
フグの各部位を醤油ダレに漬けること8分。うっすら茶色に色付いてる。
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フグのカマ先の炭火焼き
まずはカマ先を。焼き色が付くまで、じっくりと全面を焼いていく。
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焼くフグ
奥が湯引きした皮、手前がトオトウミ、右がカマの身。
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ここ数年、2月のコースでは必ずこの焼きフグを供すという。他はどんな献立?と聞くと、お椀はクエ、お造りは寒ビラメ。ノドグロはフキノトウとご飯にしてお凌ぎに…と、1月初旬の取材ながら、構想はほぼできあがっていた。「その時季の旨いもんってある程度、決まってるでしょう。僕やったら、それを食べに行きたいから」。清水さんはケロリと言う。

自分やったらどんな店に行きたいか、どんな料理を食べたいか。今は、それが僕の基準です。うちは多くの食材を産地から取り寄せているのですが、「今、何が獲れてます?」と連絡して、旬に正直に献立を組んでいます。長い付き合いの方ばかりやし、市場を通さず直で送ってもらえるから、カニやウニ、アワビをお出ししながらも、コースは3年間据え置きで23500円。これ以上、値を上げたら、僕がお客さんやったらしんどいから(笑)。

大阪・北新地「懐食 清水」店内
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清水さんは客としてカウンターに座る時も、その内側に店主として立つ時も、自然体で飄々としている。お客の反応が気になれば、抜群のコミュ力で感想を引き出す。清水流“懐食”は食べ手目線で形作られてきたのだ。自分と、お客。二つの目が見極めたからこそ、「焼きフグ」は冬の焼物の定番として揺るぎない。

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writer

中本 由美子

nakamoto yumiko

青山学院大学を卒業し、料理と食の本を手掛ける東京の「旭屋出版」に入社。4年在籍した後、「あまから手帖」に憧れて関西へ。編集者として勤務し、フリーランスを経て、2010年から12年間、編集長を務める。21年、和食専門ウェブ・マガジン「和食の扉〜WA・TO・BI」を立ち上げ、25年に独立。フリーの食の編集者&記者に。産経新聞の夕刊にて「気さくな和食といいお酒」を連載中。