“運盛り”の白和え──大阪『西心斎橋 ゆうの』の「節分“ん”和え」

“ん”が2つ付く食材を供える「運盛り」。冬至の風習として知られますが、立春の前日の節分もまた大事な節目。大阪の割烹『西心斎橋 ゆうの』では、この時季、「運盛り」を白和えにして供すのが恒例です。2倍の運(ん)を盛って、お客の幸福を願う。店主の柚野克幸さんが、2008年の開店以来、師からの学びと初心をもって作り続けるワンデッシュです。

“ん”が2つ付く食材を盛る

にんじん、きんかん、ぎんなん、なんきん、れんこん、いんげん。

その共通点は“ん”が2つ付くこと。ん=運で、2つ付くと“運が倍になる”と縁起を担ぎ、日本では昔から冬至に「運盛り」を供えたり、食したりしてきた。『西心斎橋 ゆうの』店主の柚野克幸さんは、この風習にちなんだ「節分“ん”和え」を、1月半ばから1カ月、節分の時季に毎年必ず供すという。

運盛りの食材など
「節分“ん”和え」の食材。カボチャ(南瓜)、レンコンに金時ニンジンなどの“ん”が2つ付く食材に、コンニャク、ヒジキ、切り干し大根、節分にちなんだ大豆も。
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修業させていただいた『浪速割烹 㐂川(きがわ)』では、節分の時季に“ん”の付く食材の料理をよくお出ししていたので。私は白和えにして、開店以来ずーっと変わらず、この時季のコースに組み込ませていただいてます。節分の伝統的な厄除け行事「かわらけ割り」にちなんで、素焼きの陶器に盛り、魔除けのヒイラギをのせてお出しするスタイルも定番です。

「西心斎橋 ゆうの」の「ん和え」のうつわ
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「運盛り」を「ん盛り」「ん和え」など大阪らしい遊び心持って表現したのは、『浪速割烹 㐂川』初代の上野修三さん。冬至は夜が一番長い日で、節分は立春の前日。いずれも節目の日で、邪気を払い、福を呼び込む風習にちなんで料理屋で“ん”の料理を供すのは、お客の健康や幸福を願ってのことだ。「和食の料理人は日本古来の風習を大切にすべき」。この上野さんの教えを、柚野さんは忠実に守り続けている。

『㐂川』さんには約10年お世話になりました。5年ほど経った頃、大親父さん(上野修三さん)が『天神坂 上野』を始められて、二代目のおやっさん(上野 修さん)の下でも仕事させていただきました。私はフレンチが好きで、独立後も食べに行くのですが、おやっさんはフレンチ出身でしたので、その技や発想も学ぶことができたのはとても有難かったです。最後の約1年は『天神坂 上野』で、なにわの伝統野菜の勉強会のお手伝いなど、いろんな経験もさせてもらって。無駄なく食材を使い切る“始末の心”や、節句を大切にすることなどの教えは私の礎になっています。

『浪速割烹 㐂川』で学んだこと

柚野さんは大阪の城東区で生まれ育った。祖父は寿司屋、両親は仕出しも宴会もこなす町の和食店を営んでおり、幼い頃から『たん熊』や『𠮷兆』に外食に行く一家だったという。自然と和食の道を志すようになり、調理師学校に1年通い、遠縁のつてで『浪速割烹 㐂川』に入店。煮方まで務めたというが、「できの悪い方やったと思います…」と柚野さんは当時を振り返る。

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実は私、『天神坂 上野』をクビになったんです…。大親父さんの想いをくみ取った仕事ができていなかったんやと思います。ですが、しばらく経ってご挨拶に伺ったら、こんな私に座布団をお出ししてくれて、「ありがとうな」と仰られて…。今、思い出しても涙が出ます。行き場がなかった私を、『㐂川』時代の先輩である『和洋遊膳 中村』の中村(正明)さんがアルバイトで雇ってくれて、二代目のおやっさんもすごく気にかけてくれました。それを知った大親父さんが『八百屋の飯や びわとも』の料理長に推薦してくれて。おやっさんと大親父さん、再びお二人とのお繋がりができたことが何より嬉しかったです。

当時、上野修三さんは、なにわの伝統野菜の普及に尽力していた。その同志の一人が、『八百屋の飯や びわとも』のオーナーだった。野菜が主役の定食を楽しませる気さくな和食店ではあったが、料理長を任せられると思うほど、上野さんは柚野さんの腕を認めていたのだろう。3年間しっかりと務めた後、2008年に独立。『西心斎橋 ゆうの』は、開店当初から野菜使いに特徴のある割烹として評判を得ていく。

『西心斎橋 ゆうの』店内
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独立して18年目になりますが、今でも私の料理は、『㐂川』で教わったことがベースです。大親父さんはサービス精神が旺盛な人ですから、これもあれも食べてほしい!と盛りだくさんな“足し算”の料理でした。なにわの伝統野菜に造詣が深く、多くの野菜を使って、それぞれにしっかりと手間をかけておられたので、私の料理も“野菜多めの足し算”です。二代目のおやっさんから学んだ洋風の仕事も、うちの特徴になっていると思います。

毎年の節目に、初心に返る

「節分の“ん”和え」は、10種もの食材に白和え衣をかけたものだ。「運盛り」は、レンコン、南瓜、ニンジン、キンカン、ギンナンに、寒天と饂飩(うんどん=うどん)の“冬至の七種”が基本だが、柚野さんは味や食感のバランスを考え、最初の5つにヒジキ、コンニャク、インゲン、切り干し大根と、節分らしく大豆を合わせている。

節分“ん”和えの野菜
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カボチャとレンコンは色を付けないよう塩で味を決めた淡いだし、コンニャクやニンジンは薄口醤油で味付けして煮ています。インゲンはお浸し、大根は切り干しにしてから煮上げ、ギンナンは米と一緒にコトコト炊いて、もちっとした餅銀杏に。大豆は一晩水に浸けて戻し、その戻し汁で甘めの含め煮。ヒジキは鶏皮とゴマ油で炒めてから旨煮に。キンカンだけはそのまま使います。彩りを生かして、白和え衣で和えてしまわず、とろっとかけてお出ししています。

「節分“ん”盛り」の手順
具材を“空和え”にして器に盛り、白和え衣を。木綿豆腐に白味噌・練りゴマ・塩・砂糖・淡口醤油を合わせ、カツオ昆布だしで濃度を調整している。
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全体をしっかり混ぜて味わえば、白和え衣の滑らかさが舌を包む。それゆえ際立つのは、インゲンやレンコンのシャキシャキ感や、コンニャクのぷにっとした食感、餅銀杏のもちもち感。カボチャはほんのり甘く、切り干し大根は旨みが深く、ヒジキは鶏皮の脂でコクが増している。名脇役は、フレッシュのキンカン。その爽やかさが、まったりとした白和え衣に軽快さを与えている。品がよく、完成度の高い白和えだ。

1月半ばからのコースは、サエズリと青菜のハリハリ、フグ白子の醤油焼きを添えた飯蒸しと、温かい2種の先付から。その次の小菜として“ん”和えをお出しし、お椀はクエ、割鮮(かっせん=お造り)はフグや答志島(とうしじま)のサワラ、主菜に肉料理。西京焼とご飯で締めくくります。うちのコースは量が多いですし、この時季は冬のご馳走が続くので、白和えのような素朴な一品を間に挟んで、ほっこりと和んでいただけたらと思っています。

「西心斎橋 ゆうの」の節分“ん”和え
仕上げに煎り松の実を天盛りに。
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2008年の開店から18年、当初は3種あったコースを1種に絞り、『西心斎橋 ゆうの』の料理は洗練を重ねてきた。その中で、「これだけは変えようと思ったことがないんです」と柚野さんは言う。二人の師の教えを忘れず、慢心せず。毎年の節目に仕立てる“ん”和えには、変わらぬ“初心”が込められている。

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writer

中本 由美子

nakamoto yumiko

青山学院大学を卒業し、料理と食の本を手掛ける東京の「旭屋出版」に入社。4年在籍した後、「あまから手帖」に憧れて関西へ。編集者として勤務し、フリーランスを経て、2010年から12年間、編集長を務める。21年、和食専門ウェブ・マガジン「和食の扉〜WA・TO・BI」を立ち上げ、25年に独立。フリーの食の編集者&記者に。産経新聞の夕刊にて「気さくな和食といいお酒」を連載中。