薪火と、島と、韓国と──淡路島『薪火 全』の「八種の神宝 薪焼きピビンバ」
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韓国と淡路島が繋がる場所
「祖先に招かれて、由良(ゆら)に来たんやね」。
『薪火 全』店主の安田宰英さんは、淡路島の国立公園内で開業するにあたっての説明会で、地元の人に言われたそうだ。大阪の南船場で焼肉店『肉料理とワイン 遊山』も営む、生野区出身の在日三世。安田さんはこの時、由良が新羅(しらぎ)の王子ゆかりの地だと知り、自身との結びつきに感じ入ったという。
10年くらい前から、田舎暮らしがしたいと思っていて。もともと国内外を問わず産地を訪ねるのが好きで、バイクにも乗るんで、いろんな土地を見に行ったんですけどね。初めてこの場所に来た時、妻が「ここがいいよ」って言うたんですよ。高台で景色もいいけれど国立公園の中なんで、一つ一つの申請や手続きに時間がかかって。オープンまでに6年を要しました。大変やったのに、別の場所にしようとは思わなかったんですよ。やっぱり縁があったんでしょうね。
地元の生野に焼肉店を開いたのは1992年。28歳の時だった。「韓国風カルパッチョ」が大ブレイクし、南船場に進出。一時は市内に串揚げや鍋の専門店など数店舗を展開していた。ワインの輸入も手掛けた安田さんは、“焼肉とワイン”を大阪に根付かせた立役者でもある。好奇心旺盛で、超アクティブ。持ち前のオープンマインドで、生産者や精肉店とのパイプを築き、熟成肉でも人気を博した。焼肉道をひた走る日々の中でも、アウトドアな趣味を楽しむアグレッシブな人でもある。
趣味はヨットとカヌーで、キャンプも大好き。実はそれで薪火にはまったんですよ。ずっと炭火で肉を焼いてきたけど、薪の火入れは全然違う。やり始めたら凝るタイプなんで(笑)、キャンプで薪焼きの腕を磨いて、本格的に取り組みたくなったんです。でも、南船場では薪ストーブさえ「煙たい」とクレームが来てしまう。近くに民家もなく、高台のこの場所は、薪焼きレストランをやるのにも最適な場所だったんですよ!
『全』の屋号に込めた想い
かくして2024年4月、由良に『薪火 全』はオープンした。レストランには2人1組の宿泊施設を併設。内外装のデザインを考え、照明、椅子に至るまで、すべてを安田さんが奥様と共に吟味したという。フロアには念願のカウンターを配し、客席の後ろには大きなワインセラー。食後のひと時を過ごせるようにテラス席も造った。淡路島の幸を主としたコースを作りたいと、島内の生産者を訪ね、なんと漁業組合員にもなったというから、安田さんの情熱はすさまじい。
還暦を過ぎてオープンした店なんで、今までの経験や想いの“すべて”を注ごうと、『全』と名付けました。“淡路島のすべて”を味わっていただきたい、という気持ちも込めています。想いが強すぎて、あれもこれも食べてほしいと盛りだくさんなコースなんですけど(笑)、メインは長いお付き合いの滋賀・南草津『サカエヤ』さんが手当てしてくれた熟成肉の薪焼き。魚介と野菜は、ほぼすべて淡路島産です。
安田さんは今回のワンディッシュに、薪焼きピビンバを選んだ。淡路島が誇る魚介でもなければ、得意の牛肉でもない。メニュー名に冠したのは「八種の神宝」。 冒頭の話に戻るが、『古事記』によると新羅の王子は「八種(やくさ)の神宝(かんだから)」を手に日本へやって来たという。その一つ「出石(いづし)の刀子(とうす)」伝承の地が、『薪火 全』のある由良なのだ。
開店当初はコースの締めに、伊勢海老の薪焼きパエリアをお出ししていたのですが、この伝説を知って、自分のルーツである韓国と淡路島の繋がりを表現したいと思ったんです。八種の“おいしい”神宝は、島の野菜のナムルと、『サカエヤ』さんの近江牛の佃煮。地元の魚介と野菜、島の名水「薬師の水」でだしを引いて、洲本(すもと)市の『花岡農園』が合鴨農法で育てた米を炊き上げています。
不思議な縁を混ぜて、合わせて
薪焼き場にパエリアパンをセットし、まずは米をゴマ油で炒める。“淡路島のだし”と薬師の水を注ぎ入れ、韓国産唐辛子と青大豆を加えたら、薪焼き場の奥へ。
何度もレンガを組み替えて、いろんな火入れができるよう工夫したんですよ。薪火は700℃くらいになるので、オーブンのような加熱ができる箇所を奥に作って。約200℃で優しく火入れして、米をふっくらと炊き上げます。その間に薪を真っ赤に熾(おこ)し、その熾火(おきび)で最後に底を熱して、おこげを作ります!
ガリッとしたおこげの食感がたまらない。米一粒ずつに豊かなだしの味を感じ、スパイスや麹で旨みを増した野菜たちが一口ごとに個性を放つ。『サカエヤ』の近江牛の佃煮がリッチな味わいを添え、自家製コチュジャンで味変すれば、深みのあるコリアンテイストに。何層も重ねたおいしさから、安田さんの熱量が伝わってくるようだ。
せっかく淡路島まで来てくださるのだから、全力でおもてなしをしたいんですよ。その日、コースでお出しする素材をお見せしながらお話しさせてもらったり、目の前で料理を仕上げたりして、カウンターを存分に楽しんでいただきたい。何より、薪火を眺めながらの食事っていいでしょう! オープンしてもうすぐ2年ですけど、やりたいことが増える一方で(笑)。島内で料理人仲間と完全放牧牛の肥育に取り組んでいますし、熟成魚にも挑戦したい。僕ができる“すべて”のことを、淡路島で実現したいと思っています!
島で暮らす安田さんは、とっても幸せそうだ。「挑戦しながら、遊んでる感じ」と笑いながら、カウンターに立つ日々を心から楽しんでいる。ピビンバの“ピビン”は韓国語で混ぜ合わせるという意味。薪火と、淡路島と、韓国と。不思議な縁を混ぜて、合わせて。唯一無二のコースは充実の一途をたどっていく。
data
- 店名
- 薪火 全
- 住所
- 兵庫県洲本市由良町由良2856-11
- 電話番号
- 090-1592-1472
- 営業時間
- 18:00または18:30~(最初の予約客に合わせて一斉スタート) ※5名以上で13:00~の予約も可(貸し切りは6名以上)
- 定休日
- 月・火・水・木曜
- 交通
- 洲本中央スマートインターから約30分(公共交通機関利用の場合は、最寄りのバス停までの送迎応相談)
- 席数
- カウンター8席
- メニュー
- コース22000円~のみ。ワインペアリング11000円~。※サービス料10%別。宿泊は2名1組のみで1室22000円(チェックイン16:00~、チャックアウト~11:00)。
- 外国語メニュー
- あり
- https://www.instagram.com/makibi_zen/

writer

中本 由美子
nakamoto yumiko
青山学院大学を卒業し、料理と食の本を手掛ける東京の「旭屋出版」に入社。4年在籍した後、「あまから手帖」に憧れて関西へ。編集者として勤務し、フリーランスを経て、2010年から12年間、編集長を務める。21年、和食専門ウェブ・マガジン「和食の扉〜WA・TO・BI」を立ち上げ、25年に独立。フリーの食の編集者&記者に。産経新聞の夕刊にて「気さくな和食といいお酒」を連載中。
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