薪火と、島と、韓国と──淡路島『薪火 全』の「八種の神宝 薪焼きピビンバ」

大阪の焼肉シーンをけん引してきた南船場『肉料理とワイン 遊山(ゆざん)』の安田宰英(ただよし)さんが、2024年、淡路島に開いた『薪火 全』。得意の牛肉だけでなく、魚介や野菜など島の幸を薪焼きで。その渾身のコースを締めくくるのが、今回のワンデッシュです。“八種のおいしい神宝”と味わう「薪焼きピビンバ」で表現した、不思議な縁の繋がりとは。

韓国と淡路島が繋がる場所

「祖先に招かれて、由良(ゆら)に来たんやね」。 『薪火 全』店主の安田宰英さんは、淡路島の国立公園内で開業するにあたっての説明会で、地元の人に言われたそうだ。大阪の南船場で焼肉店『肉料理とワイン 遊山』も営む、生野区出身の在日三世。安田さんはこの時、由良が新羅(しらぎ)の王子ゆかりの地だと知り、自身との結びつきに感じ入ったという。

10年くらい前から、田舎暮らしがしたいと思っていて。もともと国内外を問わず産地を訪ねるのが好きで、バイクにも乗るんで、いろんな土地を見に行ったんですけどね。初めてこの場所に来た時、妻が「ここがいいよ」って言うたんですよ。高台で景色もいいけれど国立公園の中なんで、一つ一つの申請や手続きに時間がかかって。オープンまでに6年を要しました。大変やったのに、別の場所にしようとは思わなかったんですよ。やっぱり縁があったんでしょうね。

淡路島『薪火 全』の外観
10

地元の生野に焼肉店を開いたのは1992年。28歳の時だった。「韓国風カルパッチョ」が大ブレイクし、南船場に進出。一時は市内に串揚げや鍋の専門店など数店舗を展開していた。ワインの輸入も手掛けた安田さんは、“焼肉とワイン”を大阪に根付かせた立役者でもある。好奇心旺盛で、超アクティブ。持ち前のオープンマインドで、生産者や精肉店とのパイプを築き、熟成肉でも人気を博した。焼肉道をひた走る日々の中でも、アウトドアな趣味を楽しむアグレッシブな人でもある。

趣味はヨットとカヌーで、キャンプも大好き。実はそれで薪火にはまったんですよ。ずっと炭火で肉を焼いてきたけど、薪の火入れは全然違う。やり始めたら凝るタイプなんで(笑)、キャンプで薪焼きの腕を磨いて、本格的に取り組みたくなったんです。でも、南船場では薪ストーブさえ「煙たい」とクレームが来てしまう。近くに民家もなく、高台のこの場所は、薪焼きレストランをやるのにも最適な場所だったんですよ!

淡路島「薪火 全」の店内
10

『全』の屋号に込めた想い

かくして2024年4月、由良に『薪火 全』はオープンした。レストランには2人1組の宿泊施設を併設。内外装のデザインを考え、照明、椅子に至るまで、すべてを安田さんが奥様と共に吟味したという。フロアには念願のカウンターを配し、客席の後ろには大きなワインセラー。食後のひと時を過ごせるようにテラス席も造った。淡路島の幸を主としたコースを作りたいと、島内の生産者を訪ね、なんと漁業組合員にもなったというから、安田さんの情熱はすさまじい。

還暦を過ぎてオープンした店なんで、今までの経験や想いの“すべて”を注ごうと、『全』と名付けました。“淡路島のすべて”を味わっていただきたい、という気持ちも込めています。想いが強すぎて、あれもこれも食べてほしいと盛りだくさんなコースなんですけど(笑)、メインは長いお付き合いの滋賀・南草津『サカエヤ』さんが手当てしてくれた熟成肉の薪焼き。魚介と野菜は、ほぼすべて淡路島産です。

淡路島の野菜
淡路島の元気な野菜たち。有機無農薬で育てた紫キャベツや椎茸、自然栽培のニンジン、5カ月熟成のジャガイモ、ルッコラ、カーボネロ(黒キャベツ)など。聖護院大根は海風で切り干しにして使う。
10

安田さんは今回のワンディッシュに、薪焼きピビンバを選んだ。淡路島が誇る魚介でもなければ、得意の牛肉でもない。メニュー名に冠したのは「八種の神宝」。 冒頭の話に戻るが、『古事記』によると新羅の王子は「八種(やくさ)の神宝(かんだから)」を手に日本へやって来たという。その一つ「出石(いづし)の刀子(とうす)」伝承の地が、『薪火 全』のある由良なのだ。

開店当初はコースの締めに、伊勢海老の薪焼きパエリアをお出ししていたのですが、この伝説を知って、自分のルーツである韓国と淡路島の繋がりを表現したいと思ったんです。八種の“おいしい”神宝は、島の野菜のナムルと、『サカエヤ』さんの近江牛の佃煮。地元の魚介と野菜、島の名水「薬師の水」でだしを引いて、洲本(すもと)市の『花岡農園』が合鴨農法で育てた米を炊き上げています。

「薪火 全」の薪焼きピビンバのナムル
この日のナムルは、コリアンダー風味の紫キャベツに、リンゴ酢と梅シロップで味付けした切り干し大根、ニンニク油や魚醤で炒めたルッコラなど。ジャガイモとカーボネロ、クミン風味のニンジンにはニンニク麹、椎茸には醤油麹が使われるが、すべて自家製だ。
10
「薪火 全」のだし素材
淡路島の煮干しに干しエビ、椎茸や赤カブ、赤玉ネギ、菜の花など野菜も島のもの。昆布と共に一晩水に浸け、薪焼き場で15分ほど煮出す。コースの最初に「お出汁」として供し、最後にピビンバを炊くストーリー性のある流れ。
10

不思議な縁を混ぜて、合わせて

薪焼き場にパエリアパンをセットし、まずは米をゴマ油で炒める。“淡路島のだし”と薬師の水を注ぎ入れ、韓国産唐辛子と青大豆を加えたら、薪焼き場の奥へ。

「薪火 全」の薪焼きピビンバ工程
10

何度もレンガを組み替えて、いろんな火入れができるよう工夫したんですよ。薪火は700℃くらいになるので、オーブンのような加熱ができる箇所を奥に作って。約200℃で優しく火入れして、米をふっくらと炊き上げます。その間に薪を真っ赤に熾(おこ)し、その熾火(おきび)で最後に底を熱して、おこげを作ります!

「薪火 全」の薪焼きピビンバのおこげ
炊き上げたご飯にナムルをせたら、客席へ。目の前で豪快に混ぜると、見事なおこげが!
10
「薪火 全」の薪焼きピビンバ
10

ガリッとしたおこげの食感がたまらない。米一粒ずつに豊かなだしの味を感じ、スパイスや麹で旨みを増した野菜たちが一口ごとに個性を放つ。『サカエヤ』の近江牛の佃煮がリッチな味わいを添え、自家製コチュジャンで味変すれば、深みのあるコリアンテイストに。何層も重ねたおいしさから、安田さんの熱量が伝わってくるようだ。

せっかく淡路島まで来てくださるのだから、全力でおもてなしをしたいんですよ。その日、コースでお出しする素材をお見せしながらお話しさせてもらったり、目の前で料理を仕上げたりして、カウンターを存分に楽しんでいただきたい。何より、薪火を眺めながらの食事っていいでしょう! オープンしてもうすぐ2年ですけど、やりたいことが増える一方で(笑)。島内で料理人仲間と完全放牧牛の肥育に取り組んでいますし、熟成魚にも挑戦したい。僕ができる“すべて”のことを、淡路島で実現したいと思っています!

「薪火 全」店主・安田宰英さん
10

島で暮らす安田さんは、とっても幸せそうだ。「挑戦しながら、遊んでる感じ」と笑いながら、カウンターに立つ日々を心から楽しんでいる。ピビンバの“ピビン”は韓国語で混ぜ合わせるという意味。薪火と、淡路島と、韓国と。不思議な縁を混ぜて、合わせて。唯一無二のコースは充実の一途をたどっていく。

「amakaraレストランセレクション One Dish! -名店の一皿-」その他の記事

名店の料理人がこれぞ!と選んだ「どこにもないその店だけの一皿」の美味しいハナシが読める!!

詳しくはこちら

writer

中本 由美子

nakamoto yumiko

青山学院大学を卒業し、料理と食の本を手掛ける東京の「旭屋出版」に入社。4年在籍した後、「あまから手帖」に憧れて関西へ。編集者として勤務し、フリーランスを経て、2010年から12年間、編集長を務める。21年、和食専門ウェブ・マガジン「和食の扉〜WA・TO・BI」を立ち上げ、25年に独立。フリーの食の編集者&記者に。産経新聞の夕刊にて「気さくな和食といいお酒」を連載中。