京都イタリアンのデザイン──『イル・ギオットーネ』の「舞茸の炭フリット 秋刀魚のバーニャカウダ」
季節を映すシグネチャーディッシュ
初夏のコースでは、稚鮎だった。笹の輪の中に、真っ黒な衣のフリットが数尾。ソースは、お馴染みのバーニャカウダの稚鮎バージョンだ。インパクトあるビジュアルからも、一体感ある味わいからも、『イル・ギオットーネ』の“京都発信のイタリアン”という洗練された世界観が力強く伝わってくる。
うちのコースの一皿目で必ずお出しするシグネチャーディッシュです。実は、初めはデザインから入ったんですよ。10年くらい前に、食用の竹炭を衣に混ぜて真っ黒なフリットを作ったら面白いなと、ふと閃いて。シンプルな揚げ物って美味しいじゃないですか。でも、コースの中盤だと重たく感じてしまう。それで最初にお出しすることにしたんです。“掴みはOK”じゃないけど、一皿目で盛り上がると、その後のコースの期待感が高まるでしょう。
口開けの1杯といえば、ビールかスプマンテ。泡と相性がいいのも計算の内だ。食材は季節の移ろいに応じて、次々と変わる。魚介ならアワビにサザエ、冬は白子にも。野菜は賀茂茄子にキノコや筍。旬の食材を使って一年中供することができる。だからこそ、名刺がわりの一皿=シグネチャーディッシュになり得るのだ。さすが関西イタリアンの雄・笹島保弘シェフ!と脱帽…するのは、まだ早い。このワンディッシュの真価は、脇に添えたバーニャカウダにあり、だ。
“イタめし”ブームの時に、いろんな野菜をバーニャカウダで食べるスタイルが流行ったでしょう。バーニャはお風呂、カウダは熱いというイタリア語で、ニンニクとアンチョビ、オリーブ油やクリームで作るピエモンテ州の温かいソースのこと。めちゃ美味しいけど、そのままではリストランテの前菜にはならないから、ここにも一工夫。稚鮎には、アンチョビの代わりに稚鮎のコンフィを加えています。サザエやアワビにその肝を合わせたり、野菜のフリットなら白味噌でコクを深めたり。アレンジは自在なんですよ!
もしイタリアに京都という州があったら?
笹島シェフはデザイナー志望だったという。イタリアという国に興味を持ちながらも、アルバイトからレストランに就職。「料理人を目指すなら専門店で働いた方がいい」と勧められ、“イタめし”ブーム前夜のイタリアンへ。ところが80年代の料理は、あまりにも素朴だった。これが、ランボルギーニやフェラーリ、グッチにブルガリを生んだ国の料理なのか…。デザイン性のギャップに驚き、逆に猛烈な興味が沸いたと笑う。
20代半ばで、東京のシェフが心斎橋に開いた『スエジェ』に出合ったことが転機になりました。当時としては高級で、“ヌォーヴォ・クッチーナ”の流れを汲んだ最先端イタリアンだったんですよ。仕事終わりに毎晩通って、ようやくホール係として採用されて。サービスの合間に厨房を観察して、どこに何があるか、パスタはどう作るか、頭に叩き込みましたよ。そしたら最終日にシェフが12名のパスタを任せてくれたんです。「お客さんが喜んでるよ」と言われて挨拶に行ったら、全員がイタリア人だった! あの光景は忘れられません。
イタリアンを突き詰めようと心に決め、関西で数軒、リゾートホテルの料理長も歴任。1996年、京都で伝説のトラットリア『イル・パッパラルド』を立ち上げ、関西イタリアン界の風雲児に。「接待で行ける店を」という常連の声に応える形で、5年後、37歳でリストランテ『イル・ギオットーネ』を開業。コンセプトは「もしイタリアに京都という州があったら?」。地産地食、十里四方という京料理の教えは、イタリアのスローフード精神に重なる。昆布だしや漬物など発酵食材も取り入れた京都発信のイタリアンは一世を風靡した。
京都は縁をとても大事にする街です。この場所は空き家でしたが、すぐさま貸してもらえるわけではなくて。地主さんのもとに通い詰めて、思いを伝えて、ようやくお許しが出ました。『菊乃井』さんに農家さんをご紹介いただいても、いきなり門は開かない。通い倒して初めて野菜を譲っていただける。でも、一度信頼してもらえたら、その後はすごく良くしてくださるんですよ。希少な間引き菜や、自家製のすぐきの漬け汁を分けてくださったりして、僕のイタリアンはどんどん深みを増していきました。
60代の妙手が描く、イタリアンのカタチ
今回のワンディッシュは、冒頭のシグネチャーディッシュの秋バージョン。「舞茸の炭フリット 秋刀魚のバーニャカウダ」だ。『イル・ギオットーネ』を深化させて四半世紀。笹島シェフのデザインは、ここまで来た。朴葉に天然舞茸の真っ黒なフリットを盛り、京番茶の茶葉で秋の侘びた風情を描く。バーニャカウダは、旬のサンマを丸ごとコンフィにし、ペーストにし加えて、骨も頭もワタも余すところなく堪能させる。
現地ではあり得ない一皿です(笑)。でも、イタリア人が「これは違う」という仕事はしていないんですよ。ドライイーストの発酵力とビールなどの炭酸で、カリッとした食感に揚げるフリットの基本は守っているし、バーニャカウダも必ず温かくしてお出しします。もしイタリアに京都という州があったら、こういう皿が生まれてもおかしくない。そんな感覚で、僕は料理を作り続けてきたので。
『イル・ギオットーネ』がオープンした2000年代初頭は、イタリアンに鱧や鮎を使うだけで斬新だった。パスタを昆布だしで茹で、堀川ゴボウや九条ネギの根っこまで巧く活用した笹島流のコースは、京都の季の表現を常に進化させ、その新味で話題をさらっていく。一時は、東京にも大阪にも姉妹店があり、多忙を極めたシェフも60代。今は毎日、本店の厨房で腕を振るう日々だ。
京都の食材に軸足を置いて25年やってきて、今、イタリアンの原点に回帰しつつあります。おまかせコースばかりの世の中になって、僕らシェフのクリエイションを押し付けすぎているような気がして。お客様に選ぶ自由がないのは、どうなのかな…と。ゆくゆくは、食べたいものを食べてもらえるようなアラカルトのイタリアンをやりたいと思っています。僕が自分で鍋を振って料理をお出ししますよ! トマトソースのパスタからこのシグネチャーディッシュまで楽しめる小さなレストラン。それが今の僕の夢です。
ここ10数年で“ローカルガストロノミー”の潮流が生まれ、全国に地産地消のレストランができた。そんな時流に「少しは貢献できたかな」と笹島シェフは笑い、そろそろ次代にバトンを渡す時期だと穏やかに語る。『イル・ギオットーネ』の卒業生は、ほぼ全都道府県にいるのだそう。孫弟子も活躍する中で、笹島シェフは“これから求められるイタリアンのカタチ”を見据えている。小さなレストランで嬉々として腕を振るいながら、60代からのシェフの生き方を、その背中で見せてくれるはずだ。
data
- 店名
- IL GHIOTTONE
- 住所
- 京都市東山区下河原通塔ノ前下ル 八坂上町388-1
- 電話番号
- 075-532-2550
- 営業時間
- 12:00〜14:00、18:00〜20:00LO
- 定休日
- 火・水曜
- 交通
- 京都市営バス清水道バス停から徒歩4分、東山安井バス停から徒歩5分、京阪本線祇園四条駅から徒歩20分
- 席数
- テーブル45席
- メニュー
- 昼/コース6930円(平日限定)、その他のコースは9240円〜、夜/コース14520円〜。グラスワイン1848円〜。※「炭フリット」はすべてのコースの一品目として提供。
- 公式サイト
- https://ilghiottone.com
- 備考
- オンラインショップはコチラ(https://ilghi075.thebase.in)。

writer

中本 由美子
nakamoto yumiko
青山学院大学を卒業し、料理と食の本を手掛ける東京の「旭屋出版」に入社。4年在籍した後、「あまから手帖」に憧れて関西へ。編集者として勤務し、フリーランスを経て、2010年から12年間、編集長を務める。21年、和食専門ウェブ・マガジン「和食の扉〜WA・TO・BI」を立ち上げ、25年に独立。フリーの食の編集者&記者に。産経新聞の夕刊にて「気さくな和食といいお酒」を連載中。
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