『吉野寿司』の箱寿司。自慢したい!これぞ、大阪発祥の目にも綾な名物
握りはファストフード、箱寿司はスローフード
一辺7.9㎝の正方形の押し型で、鯛、穴子、厚焼き玉子と海老のこけら寿司を別々に押して6等分する。そのうち2切れずつ合わせたものが1枚と呼ばれる。酢物、蒸物、焼物、煮物の五味五色がこの1枚に凝縮していて、これはもうコース料理を1つにしたとも言えそう。ゆえに、“二寸六分の懐石”とも呼ばれる。
江戸時代、東ではせっかちな江戸っ子相手に、さっと握って出す握り寿司が流行り、寿司の屋台がたくさん出来た。江戸のファストフードだったわけだ。
対して西の大阪で、箱寿司が人気を得たのはどんな背景があったのか。
「箱寿司は天下の台所・大阪の、中でも船場だから生まれたものです」とは、『吉野寿司』7代目・橋本卓児さん。
創業は天保12年(1841年)。旅籠屋を営んでいた吉野屋嘉助が、当時の江戸幕府・老中、水野忠邦による倹約を旨とした天保の改革で家業が苦しくなって寿司屋に転身したと伝わっている。
看板商品の箱寿司は明治初期、3代目・寅蔵が考案したそうな。
当時、店があった船場は豪商が並び、口の肥えた人が住まうリッチな街だった。その頃の大阪寿司は、いわゆる下魚と呼ばれる雑魚を1種だけ使った押し寿司で、決してご馳走ではなかったのを、寅蔵さんが船場の土地柄に合わせて、海老や鯛など高級魚を用いて、見た目も美しく工夫した。
瀬戸内の新鮮な魚介、近隣からの農産物、北前船で運ばれてくる全国からの乾物と、天下の台所と呼ばれた大阪には、食材が多種多様に揃っていた。さらに船場の粋な商人たちの財力があったからこそ、生まれた箱寿司なのだ。
具材の仕込みは1日掛かり
戦後、多くの寿司屋が江戸前に転向する中、頑として伝統の箱寿司・大阪寿司にこだわり続け、100数十年の間愛され続けてきた『吉野寿司』。
こんなに美しくおいしいのに、何故大阪寿司の店が激減したのだろう。それは、その調理の手間の多さを見れば、残念ながら致し方なしと思える。
穴子は活けを毎朝1本1本捌いて串を打ち、脂のりを見つつ焼く。宮崎産の巨大な高級干し椎茸は1日掛かりで炊き、小鯛は塩をして酢で〆て一晩寝かして。鯛やタラなどを用いた自家製すり身を練りこんで厚焼き玉子をふんわり焼く。具材の仕込みは本当に手間と時間が掛かる。
すし飯は、硬質米の近江の日本晴と軟質の奈良のひのひかりをブレンド。ちょっぴり甘めの味付けは、糖分が米を保湿するから。その場ですぐ食べる握りと異なり、時間が経ってもおいしいようにと考えられている。「大阪寿司は、飯に六分の味」と言われる所以だ。
手間暇惜しまず作る現場を知れば、お値段にも納得。
作る姿も美しい、箱寿司のできるまで
丁寧に仕込んだ小鯛、穴子、厚焼き玉子、海老、キクラゲ、椎茸に海苔などの具材は、木枠の寸法に合わせて切り揃えておく。木型にすし飯とネタを詰め、木のフタでギュギュッと押しては、クルッと90度回転させてまた押す。流れるような所作は見ていて惚れ惚れするほど美しい。
すし飯は出来上がりよりかなり多めに見える。「大体大きめのおにぎり2つ分くらい」というから、食べ応えがある。
しっかり押したら、木枠を垂直に引き抜く。横から見ると、間に挟んだ椎茸や海苔がまっすぐに入って、きれいな層を作っている。
穴子には焼きダレを、小鯛とこけら鮨には淡口醤油と酒のタレを刷毛で塗り、刃が緩くラウンドした独特の寿司切り包丁で6等分に切り分ける。2切れずつを折箱に詰めれば完成だ。
「召し上がるときは、醤油などつけず、ぜひそのままで」。翌日までおいしくいただける。
箱寿司が買える場所は
2024年から、百貨店への出店も止め、新大阪駅構内の店も、駅ビル改修工事が始まると共に撤退。今や本店かオンラインでしか買えなくなった。
「材料も希少になり、職人も多くない今、少量で、しっかりと良いものを作っていきたいと方向を決めまして」と、7代目は穏やかに話す。仕込みの手間の多さ、時間の掛かりように、大阪寿司の店が激減した昨今だ。「文化の継承が務めかなと思っています」という真摯な言葉に胸を打たれた。
data
- 店名
- 吉野寿司
- 住所
- 大阪府大阪市中央区淡路町3-4-14
- 電話番号
- 06-6231-7181
- 営業時間
- 10:00~14:00
- 定休日
- 土・日曜、祝日
- 交通
- 地下鉄淀屋橋駅から徒歩5分
- メニュー
- 箱寿司8切れ2592円、おいなりさん5個840円、箱巻取り合わせ1815円。

writer

団田 芳子
danda yoshiko
食・旅・大阪を愛するフリーのフードライター。その地の歴史や物語を感じる食べ物・気質・酒が好物。料理人さんに“姐さん”と呼ばれると、己の年齢を感じつつもちょっとウレシイ。著書に『私がホレた旨し店 大阪』(西日本出版社)、 『ポケット版大阪名物』(新潮文庫・共著)ほか。
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