大阪『御菓子司 廣井堂』の「栗むし羊羹」栗を口いっぱいに感じる老舗の秋の風物詩

洒落たカフェや飲食店が次々開店して、新陳代謝激しい街・大阪、新町。その中に明治10年創業、長く歴史を繋いできた菓子司があるのをご存知だろうか。ここに常連客も秋になるのを待ち焦れる名物の「栗むし羊羹」がある。

間も無く150年を迎える街の老舗

店主の小澤康雄さんは5代目。再来年の2027年に創業150周年を迎える。「ずっと順風満帆だった訳ではないんです。この辺りは空襲で焼けていますし、バブル崩壊後の景気の悪い時代もありました」。界隈は戦前より大阪随一の花街で、舞妓・芸妓さんも大勢いたという。3代目の小澤さんのお祖父さんの時分は抱えの職人さんが何人も、という環境だった。
4代目の父の店を継ぐ前にしっかりとお菓子の基礎を学んでおかねばと小澤さんは府内の他店に修業に出たという。
街は変わり続けた中で、代々守り継がれてきた、貴重な一軒である。

大阪・新町『御菓子司 廣井堂』店主の小澤さんと妻のゆう子さん
店主の小澤さんと妻のゆう子さん。2人で切り盛りする仲の良いご夫妻。
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剥きたて炊きたてのホクホク栗が主役

大阪・新町『御菓子司 廣井堂』密煮、持ち上げ
店で生栗を剥くところから始め、都度密煮にするからこそ、栗の香りや質感が生きた『廣井堂』の味が保たれる。
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毎年9月ごろ製造を開始する「栗むし羊羹」は、その年の栗の入荷によって始まりの時期は変動する。
まず主役の栗だが、こちらで使うのは3Lサイズの銀寄栗。産地は愛媛または熊本が中心。夏のうちに栗の入荷時期とその年の相場を市場の青果商に確認して、羊羹の売値を決める。
19年前は1本3675円だったが、今年は5900円。原材料費の高騰に伴っての値付けである。それでも大きな栗が詰まっているのが『廣井堂』の「栗むし羊羹」で、常連客も皆楽しみにしているため、仕入れは変えられない。大きな栗を自店で密煮にして、金太郎飴のようにどこを切っても栗が出るよう惜しまずたっぷり詰めるのが小澤さんの「栗むし羊羹」だから。
終売は12月頃。シーズン中使う銀寄栗を旬の時期に仕入れ、青果商の冷蔵庫で皮つきのまま保管してもらう。それを使い切るまでが販売期間だ。

大阪・新町『御菓子司 廣井堂』密煮
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翌日使う分の栗を家族総出で鬼皮・渋皮を剥き、2回茹でこぼしてアクを取り、さらに1時間以上柔らかくなるまでコトコト煮ていく。栗のホクホク感を損なわないよう細心の注意が必要だ。その後、ざらめと水で蜜煮にして味を入れる。ここまでが前日の作業だ。

翌朝は5時から始業。北海道産の十勝あずきを炊き、こし餡を作り、浮き粉、小麦粉と米粉を少し。また栗を炊いた蜜も僅かに加えて甘味と栗の風味を羊羹生地に加える。型に流し込んで、栗を入る限りびっしり並べて、蒸していく。その間も栗と羊羹の状態を見つつの加減が必要で、付きっきり。ようやく完成して冷まし、切り分けてお客さんに渡せるのは早くて11時ごろという、何とも手が掛かる作業なのだ。ゆえに一日に最大で作れるのは24本。
予約は購入希望日の1カ月前から受け付けている。

大阪・新町『御菓子司 廣井堂』「栗むし羊羹」パッケージ
戦後には販売していたと伝え聞くが、正確な資料は残っていないそう。竹の皮に包んだ「栗むし羊羹」1本5900円、ハーフサイズ3000円。化粧箱入りは6200円。
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9月の声が聞こえる頃には「酷暑で栗の出来が不十分とニュースで言っていたけど大丈夫かなあ」、「今年の『栗むし羊羹』はいつから?」など、毎年この味を楽しみにしているお客さんが一緒に心配してくれたり、そわそわ電話が入ったり。心待ちにしているお客の期待に、小澤さんもシーズンが始まる前には武者震いすると笑う。

大阪・新町『御菓子司 廣井堂』「栗むし羊羹」断面
面積に対してほぼ栗。栗自体の大きさがよく分かる断面。心ゆくまで栗を堪能できる贅沢な一本。一般的な蒸し羊羹よりもきめが細かく滑らかな質感も特徴。
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主役の栗とそれを支える羊羹。余分なものを添加していないので、賞味期限は冷蔵4日。食べる前に少し常温に戻して味わえば、ひと口目から栗そのものの旨さが伝わってくる。羊羹部分も品の良い甘さで、むっちり滑らか。どこを切っても大栗が顔を覗かせるサービス精神が大阪らしくてとてもいい。

竹の皮に包まれ、持っただけでずっしりと重みのある1本は、お持たせにして、その味わいの凄さや小澤さんのこだわりも一緒に土産話として、先様に話して聞かせたくなる。大阪・新町の秋の街の風物詩だ。

大阪・新町『御菓子司 廣井堂』外観
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