大阪・北新地にあってコース1万円台! 『慶喜』のいぶし銀の仕事

「作れるものは手作り」を徹底して四半世紀。60代店主・石橋慶喜(けいき)さんがいぶし銀の仕事で魅せる、大阪・北新地の『慶喜(よしのぶ)』。3つのコースは、いずれもなんと1万円台。そこには、ワンオペとは思えないほどの手間数が潜んでいる。

ほんの5口に、驚くほどの手間数あり

2002年に創業した『慶喜』は、北新地では古参の日本料理店。店主・石橋慶喜さんは還暦を超えた腕利きの料理人だ。北海道の函館で生まれ育ち、22歳で和食の道へ。北新地の和食店の店長を10年務め、39歳で独立。一時は35坪の割烹と天ぷら屋も営んでいたが、2015年からは奥様と二人でゆるりと店を切り盛りしている。

というワケで、現在、調理を担うのは石橋さん、ただ一人。にもかかわらず、コースにはすさまじい手間数が込められている。「作れるものは手作りしなさいと、師匠に教わったからね」。石橋さんは事も無げに笑う。

北新地『慶喜』の店内
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例えば、先付の菊芋すり流しならば、こんな風。青森の太ゴボウを柔らかく炊いて芯を型抜きし、茹でて裏漉しした碓井豌豆を射込んでいる。その上に、小鮎のコンフィ。生きているうちに波串を打ち、泳いでいるような形を留めて、まずは下焼き。120℃で1時間ほど油煮にし、「仕上げに140℃の油で15分加熱すると、油が抜けるんだよね」。唐揚げよりもさらに軽いカリッカリの歯触り。ワタのほろ苦さが際立っている。

菊芋は新玉ネギと炒め、さっと煮てからミキサーにかけて漉し、すり流しに。器に流し入れたら、さらにもうひと手間。「少し苦みを利かせたかったんで」、自家製のフキノトウ油を滴々とほんの5口ほどの一品に、これだけの手数が潜んでいる。

北新地『慶喜』の先付
料理は取材時の19800円のコース(全9品)から。美しくも、躍動感のある晩春から初夏の先付は、手のひらサイズの涼し気なガラス鉢にて。
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60代の庖丁人の柔軟なコース

『慶喜』には3つのコースがある。「毎朝故郷の北海道から旬のものを取り寄せたり、、梅田の百貨店を回って仕入して決めるから、品書きは決まってないんだけどね」。初来店か、常連か。はたまた、プライベートか、接待か。予約客の顔ぶれを鑑みて、コースを組み立てていく。

先付に続く前菜の盛合せもまた細やかだ。この日は和え物が3種。ホタルイカと一寸豆のニンジン味噌和え、鯛の昆布〆の桜花和えに、青柳とアスパラの共クリーム和え。そこに、蒸しアワビや酢ダコ、山ウド、桜鱒の串が付く。
鯛からは桜の花の塩漬け入りの梅酢がふわりと香り、青柳は酒煎りした汁を太白ゴマ油で乳化させた共ダレで。一口の蒸しアワビにも、肝ソース。手をかけた分だけ持ち味がぐぐっと深まって、前菜というより酒肴盛りと呼びたくなるほど日本酒がぐいぐい進む。

北新地『慶喜』の前菜盛合せ
前菜盛り合わせ。和え物3種にアワビや酢ダコの串。
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北新地『慶喜』のマグロの骨で作った串
実は前菜に使う串も石橋さんの手製。マグロの尾の骨を茹でて身と皮を取り除き、再び茹でてから乾燥させているのだそう。
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一転して、ハマグリのお椀は大胆かつシンプル。マグロ昆布だしにハマグリの蒸し汁を合わせた吸い地に、大きな真薯が浮いている。添えの青みも、吸い口もなしの潔さだ。

真薯のベースはすり身とメレンゲ。叩いたハマグリの身と筍の姫皮、木の芽をふわりとまとめている。そのふわふわを口に含めば、驚くほど儚い食感。見た目に反してするりと胃袋に収まっていく。

北新地『慶喜』のハマグリのお椀
筍が描かれたこのお椀は、石橋さんのデザイン。蓋裏には竹の絵柄が。
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作れるものは、何でも自家製

5種盛りの造り、焼物と続いて、煮物がまた大迫力だ。南大阪の朝掘り筍の焼煮と鯨うねす旨煮を、花山椒の香りでいただく。

コロのおでんにハリハリ鍋と、大阪人は昔から鯨が大好物。ウネスは鯨ベーコンでお馴染みだが、こんな大ぶりの煮物は珍しい。「1時間ほど蒸し煮にしてから柔らかく炊いてます」。その旨みが染み出た煮汁で、筍の焼煮を煮含めているのだそう。

北新地『慶喜』の筍と鯨うねすの煮物
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筍をガブリといけば、野趣ある味わいに思わず目を瞠(みは)る。なんと皮付きのままアクも抜かずに250℃のオーブンで50分焼いている。なるほどそれで、焼煮。香ばしさと深い旨みに圧倒される一品だ。

ちなみに、石橋さんは鯨ベーコンも手作り。「面倒やけど、その方がおいしいから」と、大徳寺麩も仕込めば、醤油麹などの調味料も自家製している。そのバリエーションたるや、半端ない。

北新地『慶喜』の自家製調味料
左の板は、米と酒盗を煮詰めて乾燥させたもの。これを削ると、酒盗粉に。白と茶色の粒は、塩麹と醤油麹。真ん中はトマトウォーターで、その奥が「あしらいに重宝する」というエノキ茸の乾煎り。右は柳松茸と、木ノ芽の粉末。
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「調理は一人だから、こういう工夫もしないとね」。聞けば、仕込みの間は休憩なし。思い付いたものは、何日かかっても自家製すると笑う。「食材じゃなくて、仕事を食べに来てほしい」。63歳の石橋さんの至言だ。

北新地『慶喜』店主・石橋慶喜さん
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「市販品は高いし、買うのアホらしいしから(笑)」。そのおかげで、北新地にあって、3種あるコースはどれも1万円台。高級食材に頼ることなく、手間をかけて、工夫を凝らして。60代のいぶし銀の仕事が光るコースは、流行りの日本料理とはまた違う愉しみに満ちている。