茶の湯とともに受け継ぐ京都・紫野『松屋藤兵衛』の菓子づくり

創業は約250年前と伝わる京都・紫野の老舗和菓子店『松屋藤兵衛』。茶の湯文化とともに歩みながら、代表銘菓の「紫野松風」をはじめ、代々受け継いできた製法を守り続けてきた。「あえて変えない」という九代目店主の信念が、一つひとつの菓子に息づいている。

茶の湯文化と歩む約250年

京都・紫野で暖簾を掲げる『松屋藤兵衛』は、茶の湯と深い関わりを持ちながら菓子を作り続けてきた。創業年については諸説あるものの、初代から数えると約250年の歴史を持つという。
当家には、武家から商いの道へ移り、大徳寺や三千家、相国寺、大覚寺など茶の湯ゆかりの寺院や家元へ菓子を納めるようになったことが始まりと伝わる。こうした歴史を背景に、現在も茶会の菓子を手掛ける機会は多く、初釜や秋の茶会は一年の中でも忙しい時季となる。

店内には、長い年月を物語る扁額や木型、茶道具、書画などが今も残されている。年代が分からないほど使い込まれた木型や古い扁額は、この店が積み重ねてきた時間を静かに伝えている。

松屋藤兵衛内観
落ち着いた佇まいの店内。年代の分からないほど使い込まれた品々が、昔懐かしい雰囲気を醸し出している。
10
松屋藤兵衛書画
田能村竹田や富岡鉄斎が書いた書画が店内に並ぶ。
10

変えないために守り続ける

九代目の前野恒治さんが何より大切にしているのは「あえて変えない」という考え方だ。
「紫野松風」も「珠玉織姫(たまおりひめ)」も、菓子の中身や製法の根幹は変えず、原材料の仕入れ先もできる限り受け継いでいる。時代とともに好みが変わり、原材料も少しずつ変化するなかで、同じ味を守ることは決して容易ではない。それでも「変えるなら新しい菓子を作ればいい。看板商品は変えない」という姿勢を貫いてきた。

現在は家族三人で菓子づくりを担い、量産や販路拡大を目的とした百貨店への出店やオンラインでの販売も行っていない。ホームページやSNSもあえて設けず、口コミや紹介を通じて店を訪れる人とのつながりを大切にしてきた。
また、前野さん自身も茶道を学び、菓子がどのような場面で供されるのかまで理解した上で提案することを心掛けている。味だけでなく、茶席での役割まで考えながら菓子を作る姿勢も、この店ならではの特色といえる。

松屋藤兵衛外観
大徳寺前、紫野の地に暖簾を掲げる『松屋藤兵衛』の店構え。
10

受け継ぐのは技だけではない

先代から受け継いだのは、菓子づくりの技術だけではない。
材料や分量、つくり方の基本を守り続けることも、その大切な役目だ。時代とともに人々の嗜好が変化するなかで、昔から愛される味を貫く。その揺るがない姿勢には、目には見えない苦心があるのだろう。

一方で、十代目を継ぐ息子の友彬さんには「言葉で教えるというより、お店の流れを感じ取ってほしい」と前野さんは話す。技術だけでなく、店の空気やものづくりに向き合う姿勢まで受け継いでほしいという思いが込められているのだ。

前野さんは「私と息子の代で一つは新しい店の定番をつくりたい」と考えている。ただし、それは看板商品を変えるという意味ではない。守るべきものを守りながら、新たな価値を加え、次の世代へ渡していく。その積み重ねが、長く暖簾を守ることにつながると考えている。

松屋藤兵衛前野さま
菓子づくりを受け継ぐ、九代目・前野恒治さんと、十代目を継ぐ息子の友彬さん。
10

手間を重ねる代表銘菓「紫野松風」

同店の代名詞ともいえる「紫野松風」は、松風三家の一つとして知られる銘菓。
材料は白味噌や小麦粉を使った生地に、大徳寺納豆と白胡麻を合わせるというシンプルな構成。しかし、その味を左右するのは、生地を寝かせる時間や発酵の見極めだ。季節や気温、湿度によって状態は日々変わるため、人間の目で見極めるしか方法がないのだそう。

また甘味の中で存在感を放つのが、自家製の大徳寺納豆。ほどよい塩味が甘さを引き立て、ごまの香ばしさが食感に変化を添える。賞味期限は夏で約3日、冬でも約5日と短く、大量生産には向かない。その日の状態を見ながら焼き上げ、店頭で届けることを大切にしているからこそ、この味が受け継がれてきたのだろう。

松屋藤兵衛松風
大徳寺納豆と白胡麻が散らされている「紫野松風」。
10

西陣の彩りを映す干菓子

もう一つの代表銘菓が、先々代の時代に生まれた「珠玉織姫」だ。西陣織の糸玉をモチーフに考案された干菓子で、カラフルな五色が美しく並ぶ。

一見すると愛らしい姿だが、目指したのは一般的な干菓子とは異なる口当たり。乾燥させながらも、ほろりとほどける柔らかさを残すため、仕上がりは天候や湿度に大きく左右される。乾燥具合を見極める工程は、こちらも職人の経験が頼りだ。

風味づけには、京都・水尾産の柚子を使用した青をはじめ、白は黒ゴマ、赤は和歌山産梅干しの梅肉、黄は高知産ショウガ、茶は肉桂など、素材ごとに天然の風味を生かしている。効率を考えれば香料を使う方法もあるが、それでは表現できない香りがある。先代から受け継いだ「面倒なことを省いては守れないものがある」という教えは、この菓子にも根付いている。

木箱には糸巻きを模した小皿を添え、掛け紙には万葉集の歌を採用するなど、意匠にも物語が込められている。菓子だけでなく、包みを開く時間まで楽しんでもらいたいという想いが感じられる。

松屋藤兵衛珠玉織姫
「珠玉織姫」の化粧箱。糸巻きを模した小皿に菓子を添えて。万葉集の歌をあしらった掛け紙も素晴らしい。
10
松屋藤兵衛珠玉織姫2
西陣織の糸玉をイメージした五色の「珠玉織姫」。色によって素材は異なり、天然の風味を生かしている。
10
松屋藤兵衛暖簾
「珠玉織姫」の五色をあしらった暖簾が、掲げられている。
10

記憶に残る一菓を目指して

「小さい頃に食べたウチのお菓子を、大人になってまた食べたいと思っていただけたらうれしいですね」と前野さん。
実際に、親子三代や五代にまでわたって通う人や「何十年ぶりに来ました」と店を訪れる人も少なくないという。菓子を買うだけではなく、茶道や素材のことや、日常のさまざまを店主と語り合う時間も、この店の魅力の一つになっている。

一方で、伝統を守る環境は年々厳しさを増している。長年木箱を製作してきた職人が廃業し、原材料の確保も以前より難しくなった。それでも「素材は代えられない」と言い切るのは、ずっと親しまれてきた菓子を守る責任があるからだ。

「あえて変えない」という言葉は、昔のままでいることではない。同じ味を届け続けるために、日々手をかけ、素材と向き合い、時代の変化も受け止めること。その積み重ねが、約250年にわたって暖簾を守ってきた理由なのだろう。そして、その思いは十代目へと受け継がれていく。

松屋藤兵衛看板
軒先に掲げられた年代物の看板。長い歴史を刻んだ意匠が、通りを行く人の目を引く。
10

recommend

読まれている記事

『あべのハルカス近鉄本店』お菓子売り場がリニューアル。百貨店初&関西初が続々!

兵庫・伊丹『KUROPURI』。フレンチのシェフが手がける「クロワッサン」と「プリン」の専門店

京都『和菓子&ワイン 養老軒』が届ける フルーツ大福とワインの楽しみ方

「りくろーおじさんのチーズケーキ」おいしい理由&並ばず買える方法も

安田淳一監督【前編】待ってました! 日本アカデミー賞「侍タイ」スピンオフドラマ放送。独占インタビュー

『資さんうどん』広報がこっそり教える!「実はコレも食べてほしい」隠れた名物

『粟玄』の和洋[大阪]老舗おこし屋のモダンな名品

絶対に失敗しない「くたくたブロッコリーのタラコスパゲッティ」『寺町コロンボ』のひと手間レシピ

【番外編】俳優・津田寛治さん絶賛の「おたべ」。進化系、変化球に驚き!

ギネスビールが生む深いコク。大阪・中津『IRISH CURRY』の名物ポークカレー