街の喧騒から解き放たれる、京都の隠れ家レストラン

街なかにありながら、不思議と時間の流れがゆるやかになる場所がある。四条通から歩いて、西洞院通の路地奥に佇む『ikuta』は、古い民家を活かした空間、公園を望む窓辺、そして季節の恵みを丁寧に映した料理——。一皿のおいしさと美しさ、そしてこの場所だからこそ生まれる心地よさが、食事の時間をより豊かなものにしてくれる。

季節の恵みを丁寧に映した料理

オーナーシェフの安部大樹さんは京都生まれ。国内での有名店を経て、ヨーロッパへ渡り、アムステルダムなど現地のレストランで研鑽を積んだ。帰国後も自身の価値観と重なる場所を求めて、各地で料理をしながら辿り着いたのが京都のこの場所だった。

オープンキッチンで腕を振るう安部大樹さん。東京の有名店をスタートに、ヨーロッパへ渡り、『LURRA°』などを経て、2025年『ikuta』をオープン。
10

「ヨーロッパの料理を学びたかったというより、文化を見たかった」という言葉が印象に残る。

冷製「ウマズラハギ、メロン、胡瓜」2500円。ウマズラハギに薄くスライスした胡瓜を重ね、漉したメロンジュースとフレッシュなメロンジュース、ライムを合わせて。メロンの甘みとライムの酸味、胡瓜の瑞々しさが魚の旨みを引き立てる、涼やかな夏の一品。
10

食べることは、その土地の風土や歴史、暮らしと切り離せない。市場のあり方、農家との距離感、季節を楽しむ感覚。ヨーロッパで目にしたのは料理そのものだけではなく、食を支える文化の豊かさや食卓を囲む家族の姿だったのかもしれない。

メインの「スズキ、ズッキーニ、紫蘇」3800円。脂ののったスズキに、ズッキーニのピューレと薄くスライスしたズッキーニ、紫蘇を合わせて。魚の旨みを生かしながら、野菜の瑞々しさと香りを重ねた、彩りも美しい一皿。
10

イタリアンやフレンチなどいろいろな料理の経験を持ちながら、あえてコース仕立てではなく、アラカルトで味わうスタイルにしたのは「自分が行くなら、おまかせコースではなくて、食べたいものをチョイスできる自由度があったらいいな」という思いから。

「海老、スイカ、パプリカ」2200円。スイカを使ったチリソースで味わう、エビチリをイメージした一品。甘みと辛み、爽やかな香りを一皿に。親しみのある料理を、安部さんらしい発想で軽やかに再構成している。
10

食材の旬には敏感だ。春なら菜の花や山菜のほろ苦さを生かし、夏にはみずみずしい野菜の香りを引き出す。魚料理も肉料理も、ソースや技法が前に出るのではなく、素材が持つ個性をどう届けるかに重きが置かれている。

安部さんの思いが込められた『ikuta』の表札。ロゴデザインを手がけたのは、グラフィックデザイナー尾原史和氏と、彫刻家・髙山瑞氏によるもの。
10

目にも麗しく、素材の美味しさを引き出し、食べ終えた後にじんわりと残る余韻も心地良い。

10

時がゆっくりと流れる食空間

古民家の建物も古い欄間を残し、空間を活かしながら、“レストラン”という新しい価値を加えている。

料理も、生産者とのつながりや土地の恵みを受け取りながら、新しい表現へと変えていく。その姿勢は店づくりにも料理にも一貫していることが伝わってくる。

内装は、建築家の富田晨(とみた しん)氏が手がけ、安部さんと何度も話し合いを重ねて実現した空間。
10
2階の古い欄間を残し、採光の大きな窓に写し出される季節の移ろいという“借景”も『ikuta』のごちそうの一つ。
10

窓の外を見ると、目の前の公園で思い思いに過ごす人々の姿が。子どもたちが無邪気に遊び、かたわらで話し込む人、本を読む人、そんな何気ない日常がやさしく美しく見える。

『ikuta』があるのは、車の行き来が多い西洞院通りなのだが、気づかずに素通りしてしまう細い路地奥に入っただけで、不思議と空気や時の流れがかわる。観光客で賑わう京都でもなく、暮らしの延長線上にある場所にあって、隠れ家のような特別感がある。

10

季節が変われば、公園の景色も変わる。料理も変わる。その変化を求めて、またこの路地奥をふらりと訪ねたくなる。店を後にしても、じんわりと優しいオルガンの音色が流れ続けているような、そんな心地よい余韻を残してくれた。

10
10

writer

中野 弘子

Nakano Hiroko

京都コーディネーターⓇ&フリー編集者。京都の月刊情報誌「Leaf」編集長時代に「町家でごはん」を企画。京都の日常暮らしから全国の伝統文化、エンタメなどを多数取材。著書「よそさんが心地いい京都」(交通新聞社)、ペンネーム古瀬ヒロ著「京都謹製きもの和こもの」「京都いっぴん日用品」(淡交社)などがある。

recommend

読まれている記事

『あべのハルカス近鉄本店』お菓子売り場がリニューアル。百貨店初&関西初が続々!

兵庫・伊丹『KUROPURI』。フレンチのシェフが手がける「クロワッサン」と「プリン」の専門店

京都『和菓子&ワイン 養老軒』が届ける フルーツ大福とワインの楽しみ方

「りくろーおじさんのチーズケーキ」おいしい理由&並ばず買える方法も

安田淳一監督【前編】待ってました! 日本アカデミー賞「侍タイ」スピンオフドラマ放送。独占インタビュー

『資さんうどん』広報がこっそり教える!「実はコレも食べてほしい」隠れた名物

『粟玄』の和洋[大阪]老舗おこし屋のモダンな名品

絶対に失敗しない「くたくたブロッコリーのタラコスパゲッティ」『寺町コロンボ』のひと手間レシピ

【番外編】俳優・津田寛治さん絶賛の「おたべ」。進化系、変化球に驚き!

ギネスビールが生む深いコク。大阪・中津『IRISH CURRY』の名物ポークカレー