
褐色の甘露、滴々──大阪・南森町『La Kanro』の「Syumai」
30品のプレゼンテーション
アミューズからデザートまで、コースを彩るのは実に30品。草花を敷き詰めたプレートに9つの小さな料理が配されていたり、8つの小菓子が箱詰めのアソートになっていたり。ほんの一口の料理から、食べ応えのある皿まで、どれもが美しく、細やかだ。
手をかけるのが好きなのもあるんですが…、手を尽くさないと不安なんですよ。うちはランチをやっていないので、時間はありますから。草花の中に料理を配したプレゼンテーションのヒントは、2~3人分を大皿に盛り合せる日本料理の八寸。でも、それを銘々皿に一つずつ取って1人前盛りにすると、僕は寂しく感じてしまうんです。ワゴンデザートもそうでしょう。それで、華やかで喜んでもらえる一人盛りを考えました。レストランは“非日常のラグジュアリー”を愉しむ場所だと僕は思うので。
9月半ばから10月10日までのコースで供すこのワンデッシュは、肉料理の位置づけだ。シンプルなメニューには、「Syumai イベリコ豚 フォアグラ」とだけ記されている。フレンチでシュウマイ⁉ ビジュアルも味も、まったく想像が付かない。すると、恭(うやうや)しくせいろが登場。エスプリの利いたプレゼンテーションだ。蓋を開けると、あっキレイ。4色のもち米をまとった点心が、ころんと一つ。
去年、台湾のイベントに呼んでいただいたんですよ。観光や食べ歩きする時間はなかったのですが、ガイドブックにカラフルなもち米シュウマイを見つけて、直感的に作ってみたいと思いました。僕の料理は、こんな風に生まれることが多いですね。カレーや寿司のキュウリ巻、ブリ大根とか(笑)、親しみのある料理を分解再構築していく。見た目はまったく違うものになるんですけど、食べたらどこかに共通点がある。元になる料理が分かっていると、比較しやすいですし、劇的な変化を楽しんでもらえると思います。
4色のもち米と、フランス的ファルス
20代でフランスに渡り、3軒の個性的なレストランで腕を磨いた仲嶺シェフは、「感性で料理を作ること」を学んで帰国。イノベーティブな料理を展開する『Kamoshiya Kusumono』を経て、2013年に独立し、20年、現在の地に移転した。50代を迎えて自由度と表現力が増す中で、比例するように手間数も増えたと笑う。「Syumai」の4色のもち米は1人前10数粒。そこには、驚くべき創意が凝らされている。
赤はビーツ、黄色はターメリック、紫は紫キャベツ。それぞれの色素を抽出して液体を作り、もち米を浸水して真空をかけ、一晩以上おいています。僕は色を作るのが得意なんです。いろいろ試して、色素の強い食材が分かったので、ピュレだったら12色作れますよ。
イベリコ豚と鶏のミンチに、ネギの代わりのリーキ(ポロネギ)。玉ネギ、フォアグラとトリュフを合わせたファルス(あん)に4色のもち米をまとわせて、95℃のスチコンへ。14分蒸し上げて出来上がり。実にリッチなもち米シュウマイだ。
台湾料理として作っているワケではないので(笑)、ファルスに使ったのはフランスにある食材ばかりです。点心に欠かせないショウガやニンニク、ゴマ油は加えていません。特にゴマ油は、韓国や中国のテイストが強く出てしまうので、僕は絶対に使わないですね。といって、元の料理から乖離しすぎていてもダメなんですよね。その加減が大事だと思います。
ラストピースは、自家製の鶏醤油
蒸し上げたカラフルな「Syumai」には、茶色の液体が添えられている。滴々と垂らして一口。え? もしや醤油? 香ばしく旨みたっぷりな中に、日本人のDNAに訴えかけるような、親しみのあるフレーバーがある。
僕流のもち米シュウマイを作ろうと決めた時点で、まず取り組んだのが、この鶏の醤油でした。ムネ肉のミンチに塩と塩麹。真空瓶で1年ほど発酵させてから加熱して、上澄みを取っています。そこにフォン・ブラン(鶏ガラ・香味野菜・ハーブなどから取る白いだし)とトリュフオイルを合わせました。醤油の製法とは全く違いますが、風味はかなり近いでしょう? このタレができたことで、僕の「Syumai」は完成しました。
二口、三口と食べ進めると、イベリコ豚の強靭な旨みの中からフォアグラやトリュフが顔を出す。第一印象は醤油だったソースも、鶏の芳醇な旨みとトリュフのリッチな香味が勝っていく。食べ終わって残るのは、点心とは似て非なる余韻。といっても、これがフレンチか、と聞かれれば、もはや分からない。仲嶺シェフのオリジナリティだけが鮮烈に感じられる、そんなワンデッシュだ。
フランス人のジャーナリストに「あなたの料理はフレンチですか?」と聞かれたことがあって。「あなたが判断してください」と返したら、「フレンチではないかな…」と(笑)。それで、いいんです。仏教用語の「甘露」を店名にしたのも、いつフレンチを辞めるか分からないと思ったから。今の自分の料理は、フランス料理の技法や考え方をベースに、自由に表現したもの。ジャンルには、こだわっていません。お客様に楽しんでいただけたら、それでいいと思っています。
“甘露”は天が降らせた甘い露で、不老不死の霊薬という宗教的な意味もあるが、日本ではその昔、おいしいものを口にした時、「あぁ、甘露、甘露」と感嘆の表現に使った。「Syumai」のラストピース・自家製の鶏醤油は、実に甘露だった。自由で、楽しくて、そして、おいしい。
data
- 店名
- La Kanro
- 住所
- 大阪府大阪市北区天神西町3-9 NUI 南森町南側
- 電話番号
- なし ※予約はhttps://omakase.in/ja/r/cm148961から
- 営業時間
- 17:30~21:00LO ※要予約
- 定休日
- 不定休
- 交通
- 大阪メトロ南森町駅から徒歩8分
- 席数
- カウンター6席、個室2室(4~6名)
- メニュー
- おまかせコース27600円。ペアリング8000円~、ティーペアリング8000円、Gシャンパーニュ2500円~、グラスワイン2000円~。
- 外国語メニュー
- あり
- https://www.instagram.com/jun_lakanro/
- https://www.facebook.com/LaKanro/

writer

中本 由美子
nakamoto yumiko
青山学院大学を卒業し、料理と食の本を手掛ける東京の「旭屋出版」に入社。4年在籍した後、「あまから手帖」に憧れて関西へ。編集者として勤務し、フリーランスを経て、2010年から12年間、編集長を務める。21年、和食専門ウェブ・マガジン「和食の扉〜WA・TO・BI」を立ち上げ、25年に独立。フリーの食の編集者&記者に。産経新聞の夕刊にて「気さくな和食といいお酒」を連載中。
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