折り紙という名の交響曲──神戸『entre nous』の「シャルトリューズ」

シャルトリューズは、型に詰めて蒸し焼きにした古典的フランス料理。2019年の国際大会で、高山英紀シェフは折り紙をモチーフに仕立て、世界7位を獲得。ムース、シート、ソースなど、帆立貝とニンジンを様々な形にして組み合わせたワンデッシュは、シェフ曰く「交響曲のイメージです」。神戸に『entre nous(アントルヌー)』を開店して3年、スペシャリテは進化し続けています。

世界に挑んだワンデッシュ

三つ葉を描いた皿に、1ピースの“温かい野菜のケーキ”。黄色とオレンジが織りなす側面は、折り紙の「くすだま」を模して立体的に。断面は和柄の青海波(せいがいは)が描かれている。雪のようなメレンゲには、ハーブ。その傍らに小さなタルトレットがある。思わず見入ってしまうほど可憐で、緻密で、美しい。

ベースはディル風味の帆立貝のムースで、サフランと柚子が香るニンジンのソースを射込んでいます。表面の幾何学模様も、帆立貝と2色のニンジン。要素はとてもシンプルでしょう。ですが、メレンゲとその下の土台には温度差があって、一皿の香りも多彩。タルトレットは丹波の枝豆「紫ずきん」とリンゴ。三つ葉は抹茶入りの白味噌で一枚ずつ描いています。6年間ずっと磨き上げてきた、僕のスペシャリテです。

「entre nous」シャルトリューズ手順1
帆立貝のムースと2色のニンジンのピュレで幾何学模様のシートを作り、特注の型に貼り付ける。その中に帆立貝のムースを詰め、凍らせたサフラン&柚子風味のニンジンソースの玉を射込む。
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「entre nous」シャルトリューズ手順2
帆立貝のムースで表面を美しく覆って、スチコンへ。蒸し上げて型を外すと、この美しさ!
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神戸・三宮の『entre nous』オーナーシェフ・高山英紀さんは、フランス・リヨンで開催される「ボキューズ・ドール国際料理コンクール」に2015年から2度出場。予選のアジアパシフィックス大会で、両年とも優勝している。2度目の19年は1年かけてコンクールと向き合い、アジア勢最高の7位を獲得。その時のお題が「貝類を使ったシャルトリューズ」だった。

コンクールでは8人分を用意するので、ホールケーキを8等分した形に仕立てました。24カ国のシェフが集まる国際大会ですから、日本人としての独自性も必要。デザインとして折り紙に着目し、柚子で和のテイストも利かせています。「スペシャリテを作ろう」という気概で、細部まで一切の妥協をせずに作り上げました。

「entre nous」オーナーシェフ・高山英紀さん
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新しいレストランのカタチ

高山シェフは、東京の『シェ・イノ』で8年腕を磨き、2004年に渡仏。『レジス・エ・ジャック マルコン』など名店で研鑽し、07年、ノルマンディーの『ジル』海外唯一の支店シェフに就任した。芦屋随一の邸宅レストランとして人気を誇った『メゾン・ド・ジル 芦屋』を、16年に『メゾン・ド・タカ 芦屋』としてリニューアル。その数年後、コロナ禍によって、独立を余儀なくされた。

スタッフのほとんどが付いてきてくれたのは、嬉しかったですね。ジルさんが「今までのお客様を大切に、近くで開業した方がいい」と助言してくださったので、2022年10月、三宮に店を開きました。「秘密の場所」という仏語の店名は、レジス・マルコンさんが付けてくれたもの。僕の弟が大工なので、内装を一緒に考えて。左官職人の江口征一さんに依頼し、故郷の福岡と兵庫の土でエントランスを造り、フロアにはU字カウンターを配しました。ビル中であってもラグジュアリーなひと時を過ごしていただける空間になっていると思います!

神戸「entre nous」店内
両面の壁は、片側が明石の海をイメージした漆喰壁、対面は六甲山をモチーフに弟が手掛けた木工作品。辻村史郎氏など名だたる作家のオブジェや花器が空間を彩る。
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『entre nous』のコースは、カウンターならではのプレゼンテーションが冴えている。信楽の大皿に人数分盛り合わせた3つの小さな料理を、特注の飾り皿に移すと一枚の絵のようになる前菜の演出。サイフォンを使った火入れ。高山シェフを筆頭に、料理人が自分の作った料理を運んで、客席へ。生きた言葉で解説をする彼らは楽しそうで、いきいきとしている。そこにあるのは、レストランの新しいカタチだ。

スタッフ全員参加型のサービスです(笑)。うちは2か月に一度コースの料理を変えますが、数日は店を閉じて、スタッフと何度も試食します。その時に、どこで、どんなサービスをするか意見を募って、五感で愉しんでいただけるもてなしを毎月、真剣に考えています。

スペシャリテを磨き続ける

シャルトリューズのサーブ
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「シャルトリューズ」は、白いクローシュ(ドーム型の蓋)を被せて登場する。白一色から一転して、目に飛び込んでくるのは色彩の世界。ブール・ブランをスーッと垂らし、さらに真ん中にナイフを入れる。開けば、とろ~っと流れ出るのは、中に射込んだニンジンのソース。サフランと柚子が匂い立つ。

シャルトリューズのソース
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クローシュで提供するのはフランスの伝統的スタイルで、料理が冷めない利点だけでなく、ワクワク感の演出にも繋がるでしょう。最近始めたナイフを入れるサービスは、カウンターならでは。ワァ~っと歓声が上がる一幕が、レストランの時間を豊かにしてくれます。

温かい帆立貝のムースは、貝の旨みが優美だ。フェンネルの青さが絶妙なアクセントになっている。そこに重なるニンジンのソース。サフランと柚子が段階的に香り、エレガントな酸味が舌を包む。ブール・ブランにはレモングラスの風味。タルトレットは箸休め的存在で、リンゴの甘酸っぱさが潜んでいる。

シャルトリューズ真俯瞰
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イメージは“交響曲”です。帆立貝とニンジンを様々な形に仕立て、白・黄色・オレンジ・緑の4色の世界で仕上げています。いろんな食材や色を使うと、舌も目も忙しくて、多層的な味わいを感受しにくいと思うんです。要素はシンプルに、仕立ては多彩に。温度差もあって、食べ進めると変化に富んでいる。これは僕にしかできない一皿です。よくできたなぁ、と自分でも思いますよ(笑)。でも、まだまだ磨き続けたい。スペシャリテは、店と共に育っていくものだと思うので。

「シャルトリューズ」は一年を通して、Menu Specialite(スペシャリテ)と謳うコースで、初来店のお客様のみに供される。2回目以降の場合は、ぜひリクエストを。エネルギッシュで、進化に貪欲な高山シェフのことだから、きっと何か一つ、新しさが吹き込まれているはずだ。

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writer

中本 由美子

nakamoto yumiko

青山学院大学を卒業し、料理と食の本を手掛ける東京の「旭屋出版」に入社。4年在籍した後、「あまから手帖」に憧れて関西へ。編集者として勤務し、フリーランスを経て、2010年から12年間、編集長を務める。21年、和食専門ウェブ・マガジン「和食の扉〜WA・TO・BI」を立ち上げ、25年に独立。フリーの食の編集者&記者に。産経新聞の夕刊にて「気さくな和食といいお酒」を連載中。