初志貫徹のスペシャリテ──大阪『カランドリエ』の「仔鳩のパートフィロ包み焼」

1997年のオープンから28年。伝統的なフランス料理を味わえるレストランとして愛され続ける大阪・本町の『カランドリエ』が、2026年3月末で幕を閉じます。屋号を変え、席数も絞って、6月を目途に新たなレストランを同じ場所で開業予定ですが、「この一皿は残します」とオーナーシェフの門口良三さん。スペシャリテ「仔鳩のパートフィロ包み焼」は、さらなる刻を重ねていきます。

伝統的なフランス料理を

門口良三シェフは、20代の7年半を東京の『オテル ド ミクニ』で過ごした。時は、日本のフレンチ最盛期の1980年代。三國清三シェフのもとで研鑽を積みながらも、初心が変わることはなかったという。「独立するなら、生まれ育った大阪で」。フランスに渡り、ブルゴーニュとアルザスで1年半働き、帰阪。1997年に念願を叶えた。

東京で働いていた時も、ずーっと大阪弁を貫きました(笑)。僕は、大阪が好きなんですよ。やるならど真ん中で、と本町を選んだのですが、ビジネス街ですから、当時、休日は閑散としてましたね。でも、フランス料理店ですから、ガチャガチャした繁華街ではやりたくなかったんですよ。

仔鳩のパートフィロ包み
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「仔鳩のパートフィロ包み焼」は、開業時から変わらない門口シェフのスペシャリテだ。仔鳩1尾で2人前。モモと手羽の肉に肝や心臓を合わせてミンチにし、タイムなどの香草やエシャロットで風味を添えて、フォアグラと共に胸肉に重ねる。チリメンキャベツ、パートフィロの順で包んでオーブンへ。残った骨でソースを作る。

フランスで出合った仔鳩のパイ包み焼を、自分なりに昇華させました。1羽丸ごと使って、一皿に凝縮させることで完成度を高めています。これは、フランス料理の伝統的な手法。パイをパートフィロにして軽さを持たせながら、チリメンキャベツで肉の旨みをしっかり閉じ込めています。スペシャリテですから、この一皿は必ず僕が作ります。こればかりは、教えてできるものでもないんですよ。マデラ酒をどこまで煮詰めるか。赤ワインも同じで、加減を見極めることが大事。入れては煮詰める作業を繰り返すことで、仔鳩の味を引き出しながら、アルコールの甘みを旨みに変えていきます。

仔鳩の骨を炒め、香味野菜を加える
仔鳩の骨を叩き、油で炒める。エシャロットやニンニク、タイムの軸などで香味を加える。
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仔鳩の骨にマデラ酒・赤ワインを加える
マデラ酒、赤ワインを注ぎ入れてはじっくり煮詰める作業を繰り返し、最後にフォン・ド・ボライユ(鶏のだし)を。1時間かけてソースを仕上げる。
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肉のフォンは欠かせない

しっとりとした胸肉にフォアグラの旨みが重なり、内臓の鉄分が深みを与えている。ソースの豊かなコクが際立たせる仔鳩の野性味に圧倒される。重厚さは、説得力だ。フランス料理のトラディショナルな味わいが、舌に、心に大音響でとどろく。

味の要はフォン・ド・ボライユ(鶏だし)です。伝統的なフランス料理には、グランバースと総称される、こうした肉のだしが欠かせません。骨と香味野菜を長時間煮出して取るフォンを、底味に利かせるかどうかで、フランス料理の厚みは変わります。この10数年で、フレンチは軽さが求められるようになりました。肉を加熱した時に出るジュや、野菜のピュレを主体とすれば、確かに軽くなります。それが現代的といえば、そうなのでしょう。でも、僕はその時代の流れに乗らずにここまで来ました。

仔鳩の骨にフォン・ド・ボライユを加える
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『カランドリエ』とはフランス語でカレンダーの意味だそう。日本の食材を用い、伝統的なフランス料理の技術で仕立てる季節感あるコースは、ランチ3品、ディナー4品にデザートと小菓子というクラシックな構成。肉料理はスペシャリテ「仔鳩のパートフィロ包み焼」など数種から選ばせてくれる。計算すると、門口シェフは28年間で1500近くの料理を考案したことになる。

僕は忘れっぽいので、去年の料理を覚えていないんですよ(笑)。ですが不思議なもので、毎年、その時々の食材を見ながらメニューを考えても、同じ料理にはならない。食材も変わってきているし、僕自身も少しずつ変化しています。30代や40代の頃は、アイデアが次々と浮かんできたんですけどね。でも、想いを込めすぎて、「どうだ!」という料理も作ってましたよ。今は少し肩の力を抜いた表現できるようになりました。

『カランドリエ』オーナーシェフ・門口良三さん
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スペシャリテは、続く

今や、大阪で伝統的なフランス料理を味わえるレストランは希少だ。『カランドリエ』が来春、約30年の歴史に幕を下ろす。その報せに多くのファンが落胆したが、数か月後、同じ場所で、屋号を変えて再スタートするという。しかし、門口シェフは、なぜ『カランドリエ』の看板を外すのだろうか。

今の店は30席ありますが、次はおそらく10席ちょっと。そうなると、仕入れから仕込みまで、何もかもが変わります。厨房のスタッフも減りますし、どこまで手をかけられるのか未知数。グランバースは、フランス料理の神髄であり、伝統的な味わいの土台となるもの。でも、少ない人数でできるのか。現段階では分かりません。残したいな、とは思うんですけど。

大阪・本町『カランドリエ』内観
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門口シェフは今年、還暦を迎えた。あと10年、いやそれ以上、厨房に立つための再スタートなのだと笑う。長年、厨房で若手を育ててきたシェフは、静かに言葉を続ける。

今の若者と僕では価値観が違うけど…。長く料理人を続けるなら、厳しさやしんどさを経験しておいた方がいいと思うんです。僕は支配人でありソムリエの森松義和という相棒に恵まれて幸せですし、この先も共にやっていきますが、それでもオーナーシェフは孤独ですよ。修業時代は、技術だけでなく、精神も鍛えられました。しんどかったけど、いい時代でしたね。フランスの名シェフたちが現役で、その料理を体感できましたから。今、振り返って、32歳の自分を褒めてあげたいですよ。勢いとはいえ(笑)、よくぞこのレストランを作ったなって。

『カランドリエ』の「仔鳩のパートフィロ包み焼」
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「仔鳩のパートフィロ包み焼」は新装開店した後も「残します!」と力強く門口シェフは言った。でも、来春まではまだ5カ月近くある。『カランドリエ』で味わう門口シェフのスペシャリテを、ぜひ記憶に刻んでいただきたい。

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writer

中本 由美子

nakamoto yumiko

青山学院大学を卒業し、料理と食の本を手掛ける東京の「旭屋出版」に入社。4年在籍した後、「あまから手帖」に憧れて関西へ。編集者として勤務し、フリーランスを経て、2010年から12年間、編集長を務める。21年、和食専門ウェブ・マガジン「和食の扉〜WA・TO・BI」を立ち上げ、25年に独立。フリーの食の編集者&記者に。産経新聞の夕刊にて「気さくな和食といいお酒」を連載中。