フレンチ×シノワの景──京都『Restaurant MOTOI』の「温かいサラダ」

中国料理を10年学んで、フレンチの世界へ。京都『Restaurant MOTOI』の前田 元(もとい)シェフは、異色の料理人です。あくまでフレンチに軸足を置いたコースは、コロナ禍を経て変貌を遂げ、中華のエッセンスが鮮やかに。今回のワンデッシュは、1年前から始めたランチ限定の「温かいサラダ」。フレンチ×シノワで、京都・大原の田園風景を描きます。

四季折々の大原の景を映す

「今日は40種類くらい使います」。京都『Restaurant MOTOI』の前田 元シェフの案内で厨房に入ると、バットの上に一口大の野菜たちが並んでいた。大根だけで実に8種。ニンジンは4種あり、間引きのミニサイズも。なんて可愛らしい! まるで花畑のようだ。

「温かいサラダ」40種の野菜
11月中旬の取材時の季節野菜。菊芋・カブ・日野菜と根菜を中心に、丹波の黒豆や祇園豆(インゲン)といった名残の豆類、キノコ、カツオ菜やアスパラ菜などの葉物まで40種が勢揃い。
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京都は北が山間部で、南は盆地。高低差があるので、多彩な野菜が揃うんですよ。今日は亀岡にクレソンを摘みに行き、直売所にも寄ってきました。昨日は八幡で名残の豆を買って。主となるのは大原の野菜で、ビニールハウスがないので路地ものばかりです。20年近く通っていますが、四季折々の里山の風景が素晴らしくて。あの景色を皿の上に描きたいと思ったのが、このサラダの始まりです。太陽光のもとで食べていただきたいから、ランチでお出ししています。

40種の野菜は、生のまま盛るものもあるが、大半はそれぞれに最適な火入れをする。それを一皿に盛り合わせるのだから、調理は同時並行だ。まったく想像が付かない。「じゃ、作りますよ」と前田シェフは、大小の鍋やフライパンを幾つもグリル台の上に並べ始めた。

「温かいサラダ」調理光景
ソテーするにも、完熟の万願寺唐辛子はオリーブ油、菊芋と長芋はバター、銀杏とバナーナッツは大豆油で。奥の小さな鍋で、海老芋、カブラ、堀川ゴボウをそれぞれ異なるスープで煮る。
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茹で野菜のバター煮
カボチャや大根類、カリフラワーやカツオ菜をさっと茹で、中国の金華ハムと共にたっぷりのバターで加熱して温める。
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走りの根菜は柔らかいので、さっと茹でて歯応えを楽しんでいただこうかな、と。名残の豆類は逆にくたっと茹でて、甘さと香りを立たせます。アワビ茸は酒を軽く振って、炭火焼きに。軽くソテーしてお出しする完熟の万願寺唐辛子は、赤い見た目とは裏腹にものすごく甘いんですよ。それぞれの野菜の、その時季だけの持ち味をきちんと引き出すことが、このサラダの真骨頂。厨房スタッフが一丸となって、チームプレーで仕上げてます。

中華の目線で仕立てるフレンチ

京都「Restaurant MOTOI」の「温かいサラダ」
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干し貝柱が薫る真っ白な泡。その下に、40種の野菜がひしめいている。少しずつ崩しながらいただけば、大根やカリフラワーから、ふわっと広がるのは金華ハムの旨み。左に並ぶのは、4つのコンディマン(薬味)で、手前から塩漬けして半発酵させた中国の干し魚・咸魚(ハムユイ)、干しエビ、豆豉(トウチ)、白腐乳のペースト。一皿にフレンチと中国料理が融合している。これぞ『MOTOI』ワールドだ。

僕は中国料理とフレンチの両方を学んで、2012年に『MOTOI』を開きました。もともとフレンチシェフに憧れてこの世界に入ったので、当初はフレンチをベースに、少しだけ中華のエッセンスを加えたコースをお出ししていました。フレンチと中華の折衷と思われるのはイヤだったんですよ(笑)。軸足はあくまでフレンチ、というスタンスでした。

京都「Restaurant MOTOI」
大正時代の邸宅をリノベーションした、京都らしい風情。
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前田シェフは高校卒業後、地元の京都のホテルに入社。配属されたのは中国料理部門だった。約10年、中華を学んだ後、夢を叶えるために渡仏。帰国後はホテルのフレンチを経て、大阪のイノベーティブレストラン『HAJIME』で米田 肇シェフの薫陶を受けた。今回のワンデッシュは、一大ブームを起こした100種の野菜から成る『HAJIME』のスペシャリテ「ミネラル(後に『地球Chikyu』に)」のオマージュだという。

米田シェフはフランスの『ミッシェル・ブラス』出身で。最適調理を施した数十種の野菜を絵画のように盛り合わせた「ガルグイユ」を会得し、スペシャリテとして昇華していました。それを中国料理の目線で仕立てたら面白いと思って、1年前から始めたのが「温かいサラダ」です。もともと僕は「ガルグイユ」の発想で、ランチの肉料理に凝ったガルニチュール(付合せ)を添えていて。中華の要素は一切入れていなかったのですが、オープンから10年以上経って、「フレンチの枠にこだわりすぎていた」と気が付いたんですよ。

京都「Restaurant MOTOI」前田 元シェフ
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規格外の伸びやかな野菜たち

実は、前田シェフの心が動いたきっかけの一つに、『菊乃井』の村田吉弘さんのこんな言葉がある。「料理は自分の履歴書や」。フレンチの枠に縛られず、中華を学んだ強みを生かせという、さりげない助言だったのだろう。その言葉は数年かけて前田シェフの中で醸成していく。

オープンから7年後に、カトラリーにお箸を加えました。すると、器遣いが自由になって、骨付きの魚もお出しできるようになったんです。フレンチの枠に収まっていては、僕の個性は生きないのでは?と思い始めて…。完全に吹っ切れたのは、コロナ禍の中。愛娘の喜ぶ顔が見たくて、大好物の餃子を無添加で作ったことがきっかけになりました。それを「モトイシェフのパパ餃子」として販売し、出店もして。中華は僕の強みの一つ。今は素直にそう思えるようになったので、今夏は店名を「MOTOI CHINOIS(モトイ シノワ)」に変えて、2カ月だけ中国料理店として営業したんですよ。

「Restaurant MOTOI」店内
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今回のワンデッシュは、まさに前田シェフの履歴書だ。干し帆立の泡が消えゆけば、オリーブ油とシェリービネガーをまとったハーブがフレンチの趣きを呈する。白腐乳や咸魚で味変すると、再び中華に。前田シェフにしか作れない、フレンチ×シノワの世界観。金時草のとろみや菊芋の独特の風味。しっとりとした火入れの大根。個別の調理で持ち味を率直に引き出した季節の野菜が、一口ごとに力強い印象を放つ。

「Restaurant MOTOI」の欲し帆立貝の泡
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今の地球環境や食材の高騰を考えると、これからは野菜料理に注力すべきやと思うんです。それも規格野菜ではなくて。大原では、筋が入ったり、薹(とう)が立ったりした野菜が普通に売られています。間引き菜もあるし、虫食い野菜もある。味の面でなんらそん色ないし、のびのび育てているのでおいしいんですよ! その時季にしかない野菜の味わいを、素直に引き出していきたい。大原の野菜との出合いも、僕の履歴書の大事な一部ですから(笑)。

1月になれば、根菜がいよいよ甘みを増し、寒さに耐えた青菜の持ち味が冴える。春には芽吹きのものが、初夏から豆類が豊富になり、夏は生りものの季節。太陽光の差し込む昼間の『MOTOI』で、ランチを楽しむお客に、このワンデッシュは四季折々の大原の景色を届けている。

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writer

中本 由美子

nakamoto yumiko

青山学院大学を卒業し、料理と食の本を手掛ける東京の「旭屋出版」に入社。4年在籍した後、「あまから手帖」に憧れて関西へ。編集者として勤務し、フリーランスを経て、2010年から12年間、編集長を務める。21年、和食専門ウェブ・マガジン「和食の扉〜WA・TO・BI」を立ち上げ、25年に独立。フリーの食の編集者&記者に。産経新聞の夕刊にて「気さくな和食といいお酒」を連載中。